第十話 彼女は近づいた

 映画鑑賞中、翠川は時おり『あっ』とか『おおっ』とか言いながら、それなりに『プールシャーク』を楽しんでいるようだった。

 内容的には予想どおり非常に満足度の高いクソだった。

 とくにプール監視員が遊泳客を逃すために囮として飛び込むシーンなんて、台詞の棒読み具合も含めて本当に最高だった。


「ごめんね、変な映画につき合わせちゃって」


 念のため、いちおう謝っておく。

 翠川は不思議そうな顔で僕を見つめたあと、こくんと首を傾げた。


「何で謝るの? 映画、楽しかった」


 ほほう。翠川にはB級映画好きのセンスがあるな。

 今度、『三匹のシャーク』のDVDでも貸してやるか……。


 映画館を出て隣接しているファッションビルを何とはなしに歩いていると、横からズイッと翠川が顔を覗き込んできた。


「アッ……サキ、くんは、いつも一人でフラフラしてるの?」

「まあ、そうかな」

「ふーん。友達、いないの?」


 けっこうガッツリ抉ってくるな。


「わたしも、あんまり友達いなくて」


 えー、意外だ。

 いやでも、そこがまた良いのかもしれないな。孤高の美少女って感じでさ。


「翠川さんは、今日は何してたの?」


 訊くだけ愚問かとも思ったが、いちおう訊いてみた。

 少なくともこの繁華街を訪れた目的くらいはあるはずだ。


「ん……暇だから、本屋で立ち読みでもしようかなと思って」


 わあ、こいつ、思考がボッチの僕と一緒だ。

 でも、何だろうな。

 やっぱり翠川くらいオーラがあると本屋で立ち読みというワードですら有意義な時間の使いかたに聞こえてくるな。

 例えばファッション雑誌のチェックとかさ。


「そしたら、アサキくんを見かけて、何となく着いてきちゃった」


 何となくで着いてこられていたのか。

 ナチュラルにストーカー気質だったりするのかな。


「もっと早く声をかければよかった。そしたら、本屋とかゲーセンとか、一緒に回れた」


 ぽつりと、俯きながら言う。

 おいおい、そんなこと言われたら僕のハートがブレイクしちまうじゃねぇか……。

 今のこの瞬間を音声つきで録画して飯塚に送りつけてやりたい。

 ああでも、さすがにそんなことしたら飯塚も良い気分はしないかな。

 やっぱりやめておこう。あいつ、たまにマジで人を殺す目をすることがあるからな。


「じゃあさ、今からもっかいやりなおそうよ」


 僕は下から翠川の顔を覗き込みながらそう提案した。


「今から……?」


 翠川が目を丸くする。


「うん。一緒に本屋に行って、ゲーセンに行って、モックを食べよう」


 今からならまだ時間は十分にある。

 それに、いつもは見られる側の僕が翠川を観察させてもらえる絶好の機会だ。


「……うん、行こう」


 翠川はこくんと頷いて、それからほんの少しだけ笑った。

 すごいぜ! 翠川のスマイルだ!

 くそ、何故、このタイミングで僕のスマホはポケットの中に収まっているのか!

 この瞬間を収めて生写真として売り出せば、ぼろ儲けは確実だったのに……!

 まあいい。今は僕の心のファインダーにそっとしまっておこう。


 それから僕たちはファッションビルの2Fにある本屋に立ち寄った。

 翠川は僕をファッション系の雑誌のおかれている一角に連れてくると、一冊の雑誌を手に取って渡してきた。


「この号、わたしが載ってる」


 えっ!? マジで!?


「姉さんが勝手に応募して、中三のころから読者モデルやってるの」


 おいおい、そんな情報初耳だぜ……。

 モデルなみの美貌とは思っていたが、まさかガチのモデルだったとは。

 というか、お姉さんがいるのか。

 翠川の姉ともなれば、それはもうとんでもなく美人で巨乳なんだろうなぁ……。


「ガチではないよ。読者モデルだから。ただのアマチュア」


 というか、そもそも読者と普通のモデルに何か違いがあるのか?

 雑誌に載っている時点で僕からすれば大差はないが……。

 まあ、そのあたりの差はよく分からないが、翠川が言うならそうなのだろう。


 ――と、表紙の隅に何処かで見たことあるような人物が写っていることに気づいた。


 多少の加工もあるのかもしれないが、めっちゃ綺麗な顔をしている。おっぱいもデカい。

 ただ、名前がまったく出てこない。

 何処かで見たことがある気がするんだけどなぁ……。

 まあ、テレビか何かで見たのかな。

 思い出せないということは、それほど大した記憶ではないのだろう。


 そのあと、僕たちは3Fに移ってゲームセンターにやってきた。


「アサキくん、音ゲーは何かやる?」


 意外にも翠川は音ゲープレイヤーのようだった。


「最近のなら、ニュウリズムとかかな」


 だいぶ腕は鈍っているだろうが、このゲームセンターにおいてある音ゲーでまともに遊べそうなのはそれくらいだった。

 もう半年以上プレイしていないから、ちゃんと指が動くかどうか。


「わたしもニュウリズムやってるよ。一緒にやろ?」


 そう言って、翠川が財布の中から小銭とIDカードを取り出した。

 何度も出し入れしているからか、けっこうボロボロだ。

 エンジョイ勢かと思ったが、ひょっとしたらガチ勢かもしれない。


 順番が回ってきたので、二人で隣同士の筐体に着いてコインを入れる。

 カードを認識させると、久々のログインということもあってバージョンアップ情報がずらずらっと出てきた。

 ええい、スキップさせろ。翠川を待たせてしまうではないか。


「最初の曲、選んでいいよ」


 翠川が言うので、最初は軽めにボカロの曲などをやってみた。

 久々だったがそれなりに指も動いて無事にSSランククリアとなった。

 さて、翠川は――フルパーフェクト……だと……?


「アサキくん、けっこう可愛い曲が好きなんだね」


 あ、あはは、僕、オタクなんで……。


「二曲目、わたしが選ぶね」


 次に翠川が選んだ曲は、高難易度のオリジナル曲だった。

 最新の曲というわけではないので、いちおう僕もクリアマークはついている。

 無様な姿は見せるまいと何とか降り注ぐノーツに対応し、無事にSランクでクリアした。

 さて、翠川は――フルパフェ……だと……?


 おいおい、難易度13の曲を赤まじりとはいえフルパフェとかバケモノか!?

 よく見るとレートも虹じゃないか! まずい、ガチ勢だ!


「この曲、好きなんだ。激しい感じが」


 あ、あはは、激しいのが好きなのね……。


 変に見得をはっても恥をかくだけだ。三曲目も無難な曲を選ぼう。

 翠川の選ぶ四曲目は――エンドロールに絶望と涙を添えて……だと!?

 しかも、最新機種では難易度が15になっているではないか。

 僕がプレイしていた時期はまだ最高難易度が13だったから、この曲も13だった。

 つまり、当時から限界突破した難易度の曲だったということだ。

 いちおう僕もクリアマークはついている。ついてはいるが……。


「あ、ひょっとして嫌いな曲だった? ゴリラ譜面だもんね……」


 翠川の口からまさか『ゴリラ譜面』という単語が出てこようとは……。


 いやしかし、実際にゴリラなみにウホウホする必要がある曲には違いないのだ。

 そもそもノーツ数が尋常じゃない上に曲時間が異様に長い。

 一方、このゲームはノーツ数が多ければ多いほどクリアまでに許されるミスの数も増える仕様なので、実はクリアマークをつけるだけなら難しくないのだ。

 涼しい顔で腕を動かす翠川を横に感じながら、僕は息も絶え絶えに腕と指を振り回した。

 何とかB判定で切り抜けられた……翠川は――フルコン……だと!?


「最近、やっと繋がるようになったんだよね。いつかフルパフェしたいな」


 目指す次元が高すぎる。まさか翠川が音ゲーガチ勢だったとは……。


 そのとき、スマホがブルッと震えた。飯塚からメッセージだ。


『やっとS取ったぞ!』 


 うわ、飯塚のやつ、エンドロールS取ってやがる。何の偶然?

 あいつ、最近はやってないって言ってたくせに、コソ練してたのかよ。

 僕も再開しようかなぁ……。

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