第九話 彼女は近づきたい
楽しい土曜日のあとは孤独な日曜日が待っている。
飯塚は家族でお出かけ、妹は学校の友達と遊びに行ってしまったので、他に友達のいない僕はその時点で孤独に過ごすことが確約されていたのだ。
あ、でも、よく見たら飯塚から謎の自撮りが送られてきていたな。
これは何処か大型ショッピングモールのフードコートか……?
いつものクソダサ眼鏡お下げではなく、真っ赤なオシャレフレームの眼鏡にツーサイドアップという萌えキュンな髪型をしている。
しかも、ノースリーブのニットを着た上でわざと腕をあげるポーズをとり、これでもかと美しい脇の下を見せつけていた。僕を殺す気か。
『孤独に耐えられなくなったら、さいカワなわたしでシコってくれ』
既読スルーすることにする。
僕は母上に出かけることを伝えると、自転車でぶらりと繁華街まで足を伸ばした。
孤独な時間の過ごしかたは心得ている。
伊達に三年間も陰キャぼっちをやっているわけではない。
まあつまり、小学生のころはもうちょっとちゃんと友達いたんだよなぁ……。
……ダメダメ! 感傷に浸ってはダメ!
まずは本屋で立ち読みだ。
コミック雑誌は立ち読みできないが、ラノベは読み放題だからな。
僕はこれまでの稽古のおかげもあって立つだけなら一日中でも立っていられる。
ふふふ、今日は何を読破してやろうか……。
――と、視界の端で何か奇妙な動きをする影が見えた。
何だろう。何か胸騒ぎのようなものを感じる。
まあいい。ひとまずは立ち読みだ。
今日は『勝ちヒロインが多すぎる!』の最新刊でも読むとするか。
奇妙な影などきっと気のせい――いや、気のせいではないぞ。
本棚の向こう、今は頭の天辺しか見えていないが……。
「……っ!?」
今、めっちゃ目があったな。
背伸びをしながら本棚越しにこちらを見ていたのは、なんと翠川だった。
まさかこんなところで遭遇するとは。
というか、用があるなら話しかけてくればいいのに……。
『勝ちイン』の最新刊を本棚に戻しながらぐるっと回り込んでみる。
しかし、すでに翠川はその場から姿を消していた。
慌てて周囲を見やると、少し離れたところの本棚の上に先ほどみた頭が見えている。
あいつ、隠れきれてないの分かってないな……?
仕方なく、僕は立ち読みしているふりをしながら翠川の様子を窺った。
たまに背伸びで僕の位置を確認しながら、少しずつ近づいてきている。
ううむ、これはもしかして……監視されている?
そう、翠川の監視はまだ終わっていなかったのだ。
まさか、プライベートまで監視してさらなる弱みを握ろうとは。
というか、こんな孤独なソロ活を目撃されている時点で十分に弱みなのでは……?
いや、そうは言ってもそれはあくまで世間一般での話だ。
僕は実際にソロ活を楽しんでいる。何故なら僕は真の陰キャボッチだからだ。
ソロ活を弱みと捉えてしまうのは心の弱いキョロ充くらいだろう。
確かにこれでは弱みとは言えない……。
まあいい。今日は休日だ。
監視するなら大いにするがいい。僕は負けんぞ。
というわけで、ひとしきり立ち読みに満足した僕は、その後、近くのモックに入って孤独にチーズバーガーとベーコンポテトパイを食した。
ちょうど期間限定でベーコンポテトパイにチーズが入っていたのだ。
なかなか美味であった。チーズ&チーズで贅沢三昧だ。
翠川は何処からとりだしたのか大きめのキャスケットと眼鏡をかけて、どうやら変装しているつもりのようだった。
腰が絞れているタイプのグレーのワンピースを着ていて、しっかりとおっぱいのデカさが強調されている。
そういえば、私服姿を見るのは初めてだな。
隅のほうの席に座ってスマホを弄りながらポテトをつまんでいる。
うーん、これだけ綺麗だとポテトを食べているだけでも絵になるなぁ。
……はっ!? 監視されている側の僕がじっくり観察してしまった。
まったく、罪な女だぜ。
おっぱいがデカくて顔も良いとか、そりゃ見ちゃうって。
――あ、ナンパされてる。どうするんだろう?
電話……? おお、なんか知らんが男たちが逃げていく。
何処に電話したんだろう。何かこう、魔法の電話番号があるんだろうか。
まあいい。食べ終わったので次に行くとしよう。
今度はゲーセンだ。
昔は飯塚とよく音ゲーをしたのものだが、受験シーズンはさすがにまったくプレイできなかったから、久々にやるとだいぶ衰えを感じて萎えちゃうんだよなぁ……。
UFOキャッチャーでも適当に眺めて次に行くとしよう。
ゲーセンを出るときに翠川がついてきているか確認してみると、何やら大きなぬいぐるみが景品になっているUFOキャッチャーに果敢に挑戦しているところだった。
しっかり着いてきてるな……。
ともあれ、最後に訪れたのは映画館である。
もともと今日の本命はここだった。
僕には密かな趣味としてB級映画鑑賞というものがある。C級でもいい。
とにかくクソみたいな映画が好きなのだ。
ちなみに今日見る予定の映画は『プールシャーク』というサメ映画である。
B級映画といえばやはりサメ映画は外せない。
突如としてレジャープールに現れたサメが遊泳客を食いまくるという頭のおかしな粗筋を見るだけでテンションがぶち上がるというものだ。
僕はワクワクしながらチケットカウンターに向かって――足をとめた。
翠川はどうするのだろう。
さすがに僕がどの映画を見るかまでは分かるまい。
仮に映画は見るとして、うっかり別の映画のチケットを買ってしまったら、彼女は一人で孤独にそれを見ることになる。
そういう趣味の人なら問題ないだろうが、翠川がどうかは分からない。
映画も決して安い娯楽ではないし、貴重な休日の二時間を見たくもない映画鑑賞に使わせるのは忍びなかった。
いや、本来であれば僕の監視なんかにも使うべきではないのだが……。
僕は翠川が柱の影に隠れてるのを確認すると、意を決して言った。
「あ、間違ってチケット二枚買っちゃったー。払い戻しもできないし、誰か一緒に見てくれる人いないかなー」
頼む、翠川、察してくれ……!
これで変なおっさんに絡まれたら僕は舌を噛んで死ぬ……!
両手を合わせて俯きながら念じていると、足元に人影が差した。
顔を上げると、翠川が立っていた。
彼女にしては珍しく、何とも言えない微妙な表情をしていた。
「ち、チケットが余ってるなら、一緒に見てもいい」
マジかよ、神様。ありがとう。
はからずも学年一の美少女と映画を見ることになってしまった。
まあ、見る映画は『プールシャーク』だがな……。
僕は改めてチケットカウンターまで行くと、二枚分のチケットを注文した。
「座席、どの辺が良いとか希望ある?」
「えっ……あ、通路が近いほうがいい、かな……」
戸惑うように、翠川が視線を泳がせる。
何だかこうやってキョドってる翠川を見るのは新鮮でいいなぁ。
「あの……」
希望通り通路に近い席を二席確保していると、翠川が横から覗き込んでくる。
「チケット、余ってたんじゃないの?」
ああ、その話か。
確かに翠川からすれば今になってチケット購入してるのは違和感あるよな。
今さら変に誤魔化すのも気が引けたので、僕は正直に話すことにした。
「あれは、翠川さんを誘い出すための嘘だよ」
「ウソ……」
「ごめんね。どうせなら翠川さんと一緒に見たくてさ」
「あっ……」
それは嘘ではない。
僕のことを監視したいなら、どうせなら近くで監視してほしいだけだ。
どのみち、翠川さんはこれから地獄を見ることになる。
普通の人にとって『プールシャーク』なんて映画が面白いはずがない。
「そ、それなら、別にいい……」
しかし、翠川さんはしどろもどろになりながら、照れくさそうにそう言った。
えー、めっちゃ可愛い。
最初はぜんぜん表情が変わらない女子だと思っていたが、こうしてみるとけっこう表情も豊かかもしれない。
変化が小さいから気づきにくいだけだったのだ。
そう考えると、マジで天使かもしれない。
こんな可愛い子をこれからクソ映画鑑賞に巻き込もうとする僕は、地獄の業火に焼かれても文句は言えないだろう。
こんなとき、陽キャイケメンなら同じ時間に上映している恋愛映画とかを見るはずだ。
しかし、たとえ翠川に心の底からドン引きされようとも『プールシャーク』は外せない。
だって、レジャープールでサメが大暴れするんだぜ!?
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