第八話 彼女のいない休日
明けて土曜日。休日である。
我が家は古くから代々続く古流武術の家系なのだそうで、家の敷地内には道場がある。
毎週土曜は朝から道場の掃除をするのが我が家の習わしで、僕はいつもより早く起きて鴨居についた埃を落としたり畳や板の間を雑巾がけしたりと駆けずり回っていた。
そして、それが終わったら道場の一番奥に安置されているご本尊とかいう巨大な木像の前に正座し、黙想する。
今週はちょっと色々とありすぎた。
線香の匂いでも嗅ぎながら、疲弊した精神をリフレッシュさせよう。
――ギシッ……。
不意に背後で板の間の軋む音がする。愚か者め。
「……甘いわぁ!」
「うおわぁ!」
首許まで迫った腕を掴みながら素早く足払いをし、背後からの襲撃を未然にいなす。
ドシーンと派手に尻餅をついて倒れたのは、妹のアユミだった。
「ふふふ、まだまだ未熟よ」
「いてて……おにい、稽古サボってるわりにはやるじゃん」
馬鹿め。お兄ちゃんはおまえより二年も長く稽古してるんだ。
一ヶ月やそこら稽古をサボった程度でおまえなんかに負けるものか。
「ちぇ、まあいいけど。それより、もう掃除終わったの?」
アユミが道場の様子を見渡しながら言う。
本来、掃除はアユミと一緒に二人でやることになっているのだが、今日は少し早く起きてしまったので僕一人でさっさと片づけてしまったのだ。
「終わったよ」
「へええ、さすがはおにい!」
アユミがニカッと笑いながら立ち上がり、上から僕の頭をポンポンと叩いてくる。
「でも、それならわざわざジャージ着なくてもよかったなー」
そう言いながら、アユミが腕を広げる。
アユミが着ているのは紺地に白のラインが入ったちょっとこじゃれたジャージだ。
胸に『浅樹』と刺繍が入っているので学校指定のジャージなのだろうが――。
「僕がいたころとデザイン違うくない?」
「ああ、今年から変わったみたいだよ? シャレオツでしょ?」
腕を広げたまま、くるりと回る。
結わえたポニーテールの尻尾がそれに合わせてふわりと舞った。
我が妹ながら萌えるぜ! ポニーテールは良いものだなぁ。
「やだぁ! おにいがオスの目でアユを見てるぅ!」
アユミがにんまりとしながら前かがみになってポーズを取ってくれる。
ううむ、眼福眼福。早起きすると良いことあるなぁ。
「君たち、相変わらず仲いいねぇ」
道場の入口からまた別の声がした。
親父殿だ。
いつもは胴着を着ているイメージだが、今日は道場が休みなので作務衣を着ている。
親父は背が高く、手足もすらっと長い。おまけに筋肉質でガタイもいい。
息子の僕から見てもかなりイケオジだと思うのだが、どうしてこの遺伝子が僕に引き継がれなかったのだろう。
「おとうの遺伝子はアユが引き継いだから!」
ビシッと横ピースを決めながらアユミが言う。
そうなのだ。アユミはしっかり親父の優秀な遺伝子を受け継いでいる。
中学二年生ながら身長は167cmと僕より高く、おっぱいも順調に成長中だ。
「アッくんにはアッくんのいいところがあるよ。アキエさんによく似ているからねぇ」
アキエさんというのは、母上殿の名前である。
ちなみに身長は140cmとマジで低い。
僕は明らかに母上似なので、きっと身長はもうあんまり伸びないと思う。
まあ、母上は別に小さくてもいいのだ。
おっぱいがマジでデカいのでチビ巨乳という素晴らしい属性を持っておられる。
しかし、僕はどうだ。
おちんちんがデカかったとしても、ちょっとなんていうか、逆に恥ずかしい。
だって、チビ巨根だぜ?
「もうお参りは済んだのかい?」
そんな邪なことばかり考えている僕の思考を親父の声が遮る。
「アユはまだー」
「そうか。じゃあ、一緒にお参りしようか」
「僕ももう一回する」
親父を挟んでご本尊の前にもう一回座りなおし、黙想する。
翠川と絡むようになってから、どうにも頭が邪な思いに支配されがちな気がする。
ご本尊様、どうにかこうにか僕の心に安寧をもたらしてください……。
「そういえば、おにいは今日なんか予定あるの?」
「ん? 飯塚んちにスマブラやりに行く」
「アユも行っていい?」
「訊いてみようか」
お参りを済ませると、僕たちは連れだって母屋のほうに戻った。
居間では母上がみんなの朝食を準備してくれていた。
僕はトーストを齧りながらスマホで飯塚にメッセージを送る。
『アユミも連れて行っていい?』
『いいよ。兄妹丼だね』
『おまえが食べるのか?』
『それ以外に誰が?』
『いや……』
『コントローラー持ってきて。うちのも混ぜて四人でやろう』
『姉妹丼か?』
『ミキにはよく歯磨きしてアソコを綺麗に洗っとくよう言っとく』
『やめろ』
「アッくん、食事中にスマホはダメよ」
母上に叱られてしまった。
優しい顔立ちの小柄な女性である。そして、おっぱいがマジでデカい。
僕はきっと、こんなおっぱいのデカい母上と萌え萌えキュンキュンな妹に囲まれているから陰キャのくせに理想ばかり高くなって彼女ができないんだと思う。
このまま僕がクソデブヒキニートになったら母上とアユミに責任をとってもらおう。
「アユにお任せあれ!」
優しい妹にめぐまれて、お兄ちゃんは嬉しいよ。
それから朝食を食べ終わった僕らは兄妹で飯塚の家に押しかけ、スマブラしたりマリカしたり映画のDVDを見たりして過ごした。
こうやって思い返してみると女の子には囲まれてるし、陰キャなりにリア充っぽくはあるよな?
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