第六話 彼女は弱みを握りたい

 けっきょく、翌日も翠川の監視行動はなくならなかった。

 さすがに他のクラスメイトが気にするほどの露骨さはなくなったが、それでもふとした瞬間に視線を感じることがある。


「まァじで恋がはじたっちゃった感じ?」


 飯塚がニヤニヤしている。絶対にそれはないから……。

 

「ちょっと今日も屋上行ってみる」

「おー、もし翠川さんが来たら電話だけ繋いどいてよ。その音声をオカズにご飯食べるから」


 こいつ、いちいち発想が上級者すぎんか。


 ともあれ、僕は再び弁当を持って屋上に向かった。

 やはり翠川はついてきているようで、僕が昨日と同じ場所で弁当を広げるころにはすでに彼女も扉を開けて屋上へと足を踏み入れていた。

 どうやら今日はいきなり直接対決ができるらしい。


 ——というか、手に持ってるそれはなんだ?


「お弁当、持ってきた」


 な、なんだと? 一緒にここで食べようと言うのか?


「うん」


 マジかよ。とんでもないサプライズイベントとエンカウントしてしまったぞ。

 学年一の美少女と屋上で二人きりでお弁当だと?

 そんなラノベみたいな展開が許されるのは、可愛い幼馴染がいる鈍感系無自覚主人公くらいなのでは……。

 と、とりあえず、飯塚と通話を——いや、ダメだ。

 うっかり通話中に翠川の口からおちんちんが飛び出す可能性は否定できない。

 すまん、飯塚、おまえのオカズはなしだ……。


 翠川は鉄柵にもたれるように座り、膝の上に自分の弁当を広げている。

 そらなりに量を食うのか、男子の弁当みたいな大きなタッパーのニ段組だ。

 まあ、これだけ背が高くておっぱいもデカければ必要な栄養も多かろう。


「あ、あのさ……」


 僕も自分の弁当を広げながら、翠川の横顔に言う。


「何でまだ僕を……その、監視みたいなことしてるの?」


 翠川はすぐには答えず、お弁当のおかずを口の中に入れてモグモグしている。一口がデカいな。


「わたしだけ……」


 ごくりと口の中のものを飲み込んで、ぽつりと翠川が口を開いた。

 嚥下するときの喉の動きってエロいよね。


「わたしだけ、恥ずかしいところ見られてるのは癪だから」


 すーっと、ロボットみたいな動きで翠川の首がこちらを向く。

 相変わらず綺麗な顔だ。

 中学生のときからこのレベルなんだとしたら、周りの男子が放っておかないだろうに、彼氏とかいないのかな。

 まあ、おちんちんを見たことないってことは、少なくともそこまで深い関係の相手はいないのだろうが……。


 というか、こんなレベルの女子が僕に執心してるとか、冷静に考えたらヤバくないか?

 上級生に知られたらヤキを入れられたりしないかな……。


「わたし、あなたの恥ずかしいところが見たいの」


 ……この子は、自分が何を言ってるのか理解しているのだろうか。


 くそ、通話は無理でもせめて録音しておけば良かった!

 これはもう立派なAMSRですよ!

 僕の恥ずかしいところがみたい……だって?

 僕の粗末なモノでよければいくらでも見せてあげるよ!


 ……って、そういうことではないよな。


 たぶん、翠川は僕にも自分と同じような辱めを受けてほしいのだ。

 現状、僕だけが彼女の弱みを握っている。

 そして、それを拡散しないのは単に僕が陰キャの皮をかぶったジェントルマンだからだ。

 翠川から本人からすれば、いつ拡散されるか分からないという恐怖はいつまで経ってもつきまとう。

 だから、僕の弱みを握ることで対等になりたいのだろう。


 め、めんどくせえ……。


「だ、大丈夫だよ。そんな心配しなくても、僕は周りに言ったりなんかしないよ」


 無駄かもしれないが、いちおう伝えておく。

 しかし、翠川さんから返事はなく、彼女は無言でお弁当を食べ続けていた。

 仕方ない。昨日みたいなことになってもあれだし、僕もまずは自分の弁当を片づけることにするか。


 弁当箱を開けると、中にはオムライスが入っていた。

 ケチャップで『おにいLove❤︎ChuChu』と書いてある。

 こういうイタズラをするのはだいたい妹だ。

 飯塚に見られなくて良かった。あいつはたまに妹相手でもヤキモチを妬く。


「…………」


 ——と、翠川がじっとこちらを見ていることに気づいた。

 相変わらずまったく表情は読めないが、その視線がお弁当箱にそそがれていることだけは分かる。


「ああ、これ? たぶん妹のイタズラだと思うよ」


 僕は苦笑いして見せながら答える。

 それでも翠川さんはしばらくじっと僕の弁当箱を見つめたあと、何を思ったのか自分のお弁当から唐揚げを一つ抓んで僕の弁当箱に入れてきた。


「おかずがないから、あげる」


 ま、マジかよ……。

 学年一の美少女から唐揚げ貰っちまったぜ……。

 これ、食べちゃっていいのかな?

 こっそり持って帰って家宝にすべきか……?


「食べて。味の感想、聞かせてほしい」


 ……は? 手作りってこと?


「昨日の残りものだけど」


 え? 大丈夫? 僕、死なない?

 いや、食中毒とかの話では決してなくて……。


 ひょっとして、知らぬ間にギャルゲーの世界にでも転移してしまったのだろうか。

 例えば、教室に戻ったら飯塚が超絶ウルトラ美少女幼馴染に変貌しているとか……いや、もともと素体自体は悪くないが……。


 まあいい。とりあえず、食べろと言われたから食べよう。

 ……おお、普通にうまい。家庭の味って感じだ。


「そう……」


 翠川の反応は薄い。もっと大袈裟に反応したほうが良かったかな。

 まあでも、変に翠川の好感度上げてもあとが怖そうだしな。

 何事もほどほどが肝要だ。僕は陰キャぼっちとしての立場をわきまえているからな。


 それから僕らはとくに会話らしい会話もなく昼食を終えた。

 先に戻るという翠川の背中を眺めながら、急にやってきた疲労感にぐったりと肩を落とす。


 ——と、ほどなくして再び屋上の扉が開いた。

 翠川が戻ってきたのかと思ったが、奥から出てきたのは意外な人物だった。

 いつぞや廊下で肩をぶつけてしまったインナーカラーのヤンキー女子——八鳥真琴である。


 八鳥は大股でツカツカと僕のそばまで歩いてくると、思いっきりメンチを切りながら言った。


「テメェ、いよいよハル……翠川と仲良くなったみてぇだが、もし翠川を泣かすようなことしたらタダじゃすまさねぇからな」


 そして、そのままクルリと踵を返し、足早に屋上を出て行った。

 僕は呆気にとられてしまって、しばらくその場で弁当箱を持ったまま放心していた。


 おい、誰か今のがなんだったのか説明してくれ。

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