第五話 彼女は追及する
その夜、僕はスマホで飯塚にメッセージを送った。
『ちょっと相談があるんだが……』
『なんだい、アイボー、おねぃにーの見せ合いっこでもご希望なのかい?』
こいつ、会話と違ってスマホのやりとりは記録が残るって分かってるのか……?
『真面目な話でさ』
『おっと、わたしはいつだって真面目だぜ?』
うわ、マジでビデオ電話かかってきた。拒否、拒否。
『何で拒否するの?』
『相談っていうのは、翠川さんのことでさ』
相手をしていても仕方ないので、こちらから本題を切り出す。
『あー、何かずっと見られてたね』
『うん。正直、このまま続くとちょっとしんどい』
『なんか心あたりないの?』
『あるにはある』
『何したの』
『それは言えない』
『ヤヴァーイこと?』
『それなりに』
『おねぃにーの見せ合いっこより?』
『おんなじくらい』
『それはヤヴァーイね』
こいつ、ヤバいと分かってんなら実践しようとすんなよ……。
『じゃあ、もう本人と直接話するしかないんじゃない?』
むう、やはり、それしか方法はないのか。
そうは言っても、これまで翠川と話したことなんてないしな。
『どうやって?』
『んー、誘い出すとか?』
また怪しそうなワードが出てきた。
『例えば、お昼休みに一人で屋上に行ってみるとか』
あ、意外とまともなアイディアだ。すまん、飯塚。
『今「あ、意外とまともなアイディアだ。すまん、飯塚」と思ったな?』
くそ、バレてやがる。飯塚のほうが一枚上手か。
『うまくいったら何か奢って』
なるほど、それが狙いか。したたかなやつめ。
『マックとか?』
『テンガとか』
『女子がどうやって使うんだよ』
『使用済みちょうだい。もちろん洗わないでね』
それって奢るの範疇に入るのか……?
というか、このやりとりの履歴を親が見たら泣くぞ。
※
翌日、さっそく僕は飯塚の作戦を採用することにした。
普段は飯塚と一緒に教室で弁当を食べているが、今日は一人で屋上に向かう。
翠川が後ろからつけてきているのは、何となく気配で分かっていた。
三階から続く階段を上がり、屋上への扉を押し開ける。
とくに立ち入りは禁止されていないが、パッと見るかぎりでは他の生徒の姿はなさそうだ。
わざわざこんなところで昼食を摂るなど、偏差値低めの行為と見なされているのだろう。
僕は適当なところに腰を落ち着けると、弁当を開いた。
敢えて扉から見えるところに陣取るのがポイントだ。
ほら、よく見ると扉がうっすらと開いている。
しかし、それ以上はとくに踏み込んでくる様子もなさそうだ。
さて、どうしたものか。
こちらから攻めすぎると逃げられてしまうかもしれない。
それでは本末転倒だ。
僕の目的はあくまで翠川との対話なのだ。
何か、彼女をこの場におびき寄せる方策はないものか……。
「あー、どうやらここには誰もいないみたいだなー。二人っきりで話をするには絶好の場所なんだけどなー」
とりあえず、そんなことを言ってみる。
まあ、さすがにこんな幼稚すぎる方法では釣れないか……?
――と、思いきや、ギィと扉が開いて奥から翠川が姿を見せた。いや、チョロすぎんか?
ともあれ、翠川がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
吹きつける風に艶めく髪がなびき、膝丈でカットされたスカートのプリーツが揺れる。
パンツが見えそうで見えない絶妙なラインだ。白い太腿が目に眩しい。
あと、やっぱりおっぱいデカいな。見てるだけで好きになってしまいそうだ。
「あのこと、誰かに話した?」
翠川は開口一番にそう訊いてきた。
僕は慌てて首を振る。
「そう……」
信用しているのかしていないのか、翠川はじっと僕の顔を見つめている。
ドキドキするからそんなにまっすぐ見つめないでほしい。
「だ、誰にも言わないよ」
とりあえず、僕は僕で申し開きをしておくことにする。
「だいたい、僕がそんなこと言ったって、誰も信じてくれない」
「……どういうこと?」
「その、翠川さんがあんなことするなんて、誰も思わないってこと」
翠川は僕の顔をしばらく見つめたあと、ふいっと顔をそむけた。
機嫌を損ねたのだろうか。
鉄面皮かと思うくらいに表情が変わらないので、その心情までは量れない。
しかし、横顔も綺麗だな。掛け値なしの美少女というやつだな。
「……そうかな」
ぽつりと翠川が呟いた。
何だか自信なさげな感じだ。
僕の言っていることが信じられないということだろうか。
というか、それだと逆に翠川は自分のことを『ちんちんをナデナデしてそうな女』というふうに自認しているということにならないか。
「……おちんちんに興味がない女子なんて、いるの?」
……あれ? 今、翠川、何て言った?
聞き間違いか? それとも、目の前にいるのは翠川の姿をした飯塚か?
まて、冷静になれ。
翠川の口から『おちんちん』だと?
マジで言ってんのか?
おっぱいからちんちんが飛び出したってことだぞ?
そんなことが現実にありえるのか?
「…………」
翠川は視線を逸らしたまま何も言わない。
その横顔から表情を読み解くこともできない。
無理だって。難易度高すぎるって。
こんな状況、学生ヒエラルキー最底辺の僕にどうしろっていうんだ。
興味があるなら僕のおちんちんはどうかな……とでも言えばいいのか?
言えるわけないだろ! 下手すりゃ捕まるわ!
「み、翠川は……」
とりあえず、会話だけでも前に進めよう。
「おちんちんに、興味があるの?」
いけるか……!?
「…………」
ダメか……!? やっぱり、直球すぎたか……!?
「……子どものころ、なんで自分におちんちんがないか不思議だった……」
ぽつりと、うつむきながら翠川が口を開いた。
視線は相変わらず合わないが、顔はこちらに向きなおっている。
いけた……のか?
なに言ってんのかはさっぱり理解できんが……。
「……うち、女家族で……」
とりあえず今は聞き手に回ろう。
女子は自分の話を遮られるのが嫌いなのだ。
妹が何かにつけてよく言っていたから間違いない。
「……美術室で、ダヴィデ像を見るまで、大人のおちんちんは見たことなくて……」
くっ……それにしても、これはこれで危険な状況だ。
翠川の口からおちんちんというワードが出るたびに僕のおちんちんも反応しそうになる。
――そうだ、飯塚だ! 目の前の女子をクソダサ眼鏡お下げの飯塚だと思うんだ!
「……それで、ついつい興味がわいちゃったの……」
そう言って翠川――いや、飯塚が少しだけ頬を赤らめた。
お、飯塚だと思って見てみてもわりと可愛いな。
まあ、あいつもクソダサ眼鏡お下げでさえなければ見てくれは良いからな。
最近はすっかりおっぱいもデカくなったし、僕が己の価値をわきまえた陰キャじゃなければ今ごろとっくに一線を超えていたことだろう。
というか、どちらかというと貞操を狙われているのは僕のほうだ。
あいつはヤベエ女だからな。
――ん?
ぼんやりと物思いに耽っていたら、いつの間にか翠川の姿が消えていた。
あるいは最初からすべてゆめまぼろしだった……?
そのとき、予鈴が鳴った。
マズい。まだほとんど弁当が手つかずだ。急いで喰らわねば。
僕は超特急で弁当を胃袋に詰め込むと、大慌てで教室に戻った。
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