第三話 彼女は触れていた
高校入学後、僕は美術部に入部した。
別に帰宅部でも良かったのだが、帰っても家の道場の手伝いをさせられるだけなので、それならなにか部活でもしたほうが人生が豊かになると思ったのだ。
美術部を選んだのは、単に僕も絵を描きたくなったからである。
中学では水泳部だったのだが、我らが天能寺高校には残念ながら水泳部がなかった。
クラスメイトだけでなく上級生や下級生のおっぱいも眺められる最高の部活だっただけに、非常に残念である。
それはそれとして、代々の美術教諭はミケランジェロのファンなのか、美術室にはバッコス、アポロ、ダヴィデなどの各種彫像のレプリカがおかれていた。
美術部員の中にはそれらを見ながらデッサンの練習をする部員もいるし、それらをモデルに粘土細工を作る部員もいる。
もちろん、好き勝手に写生やデッサン、彫刻をする部員や、何だったら同人誌制作に精を出す部員までいる。
わりとカオスな空間なのだが、そもそも部員数もそこまで多くはないし、集団でなにかをするような部でもないので、そこまで居心地は悪くなかった。
敢えて文句をつけるとしたら、男子部員が僕しかいなかったことくらいだろう。
体験入部のときは僕以外にもいたはずなんだけどな……。
――と、午後六時を告げるチャイムが鳴った。今日の部活も終わりだ。
「はーい、それじゃみんな帰るわよー」
顧問の水附先生が部員の退室を促す。
先生もさっさと帰りたいのだろう。
顧問と言ってもとくに何かをするわけでもなく、いつも教卓に座って漫画を読んでいるかスマホを読んでいるだけだから楽な仕事である。
「先生、もう少しで描き終わるので、少し残ってもいいですか」
皆が帰り支度をはじめる中、画板に向かったままの翠川が言った。
翠川が描いているのはダヴィデ像のようだった。
――よかった、ちゃんと全身を描いている。
ここでもおちんちんワールドだったらどうしようかと思ったぜ。
まあ、全身ということはもちろんおちんちん自体は描かれているのだが……。
「あら、別にいいけど……それじゃ、鍵はここにおいておくから、終わったら職員室まで持ってきてくれる?」
「分かりました」
「七時までには帰りなさいよー」
そう言って先生は教卓に鍵をおき、ひらひらと手を振りながら教室を出ていく。
僕も行こう。もたもたしていて翠川と二人きりになったら気まずい。
カバンに筆記用具や画材をしまって背負うと、僕はそそくさと美術室をあとにした。
西日が差し込んで、廊下を美しい茜色に染め上げている。
我らが天能寺高校は第一校舎と第二校舎に分かれており、その間をわたり廊下が繋ぐ梯子のような形状をしていた。
廊下の窓はすべて西向きで、最近は午後六時くらいでもまだ夕日を拝むことができる。
GWも終わったし、そろそろ夏がくるなぁ……。
そんなことを思いながら歩いていると、思いきり前からくる人とぶつかってしまった。
前方不注意だ。うっかりうっかり。
「テメェ、ちゃんと前見て歩けよ」
ドスの効いた声で怒られる。す、すみません……。
ぶつかった相手は、いちおう知っている顔だった。
クラスメイトの八鳥真琴だ。
前髪が少し長めのショートボブで、髪の内側だけ真っ赤に染めている。
いわゆるインナーカラーというやつだ。オシャレさんめ。
天能寺高校は公立ながら偏差値がかなり高めで、服装関連の校則はかなり緩い。
頭髪に関してはもちろん、服装に関してもほとんど自由である。
いちおう制服はあるのだが、ほとんどの生徒は何かしら着崩していて、僕のように真面目に詰襟を着ている生徒は稀だろう。
八鳥がはいているスカートは我が校の指定のものだが、やたら短く切り詰められていた。
上は赤いボックスロゴのパーカー、耳にはイヤーカフスをつけて、もう見るからにヤンキー丸出しである。
ただ、それでも天能寺高校の生徒である以上はそこそこ頭は良いはずで、高校デビューでもしたのか、たまたまめっちゃ頭の良いヤンキーだったのか、いずれにしても癖の強そうな女子であることには違いない。
僕はとりあえずペコペコと頭を下げて、その場をあとにした。
八鳥はチッと舌打ちをするだけで、それ以上は絡んでこなかった。
よかった。まだ良識のあるマイルドヤンキーだった。
今のは明らかによそ見していた僕が悪いからな。
ガチヤンキーだったらそのままカツアゲコースだったことだろう。
昔からヤンキーとはあまり相性がよくないのだ。
中学のころに喧嘩に巻き込まれて一週間の出席停止処分になった挙句、親父からリアルに死ぬほど詰められたことが今でもトラウマである。こわやこわや……。
それから僕は下駄箱で靴を履き替え、自転車置き場に向かった。
今は何時かな、とスマホをとり出そうとして――あれ、スマホがないぞ。
……美術室におき忘れたか?
僕は急いで来た道を引き返した。
翠川はまだ美術室にいるだろうか。
あるいはもう鍵を返しに行ってしまった可能性もある。
先に職員室に寄るという手もあったが、ここからは美術室のほうが近い。
僕はダッシュした。
美術室にはまだ明かりがついていた。
よかった、まだ翠川は中にいるようだ。
僕はひと安心すると、美術室の扉を開いた。
――そして、目撃した。
真剣な面持ちで、ダヴィデ像のおちんちんを撫でまわす翠川の姿を。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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