第二話 彼女は見ている

「おっはよー、アサキくゥん! 昨日のオカズはなんだったのかなァ?」


 朝礼前のことである。

 自分の席に座ってぼんやりしていると、教室に入ってくるなり周りの目も気にせず大声で卑猥なことをのたまう女子に絡まれた。

 飯塚沙希である。

 中学校からずーっと同じクラスで、高校まで同じクラスというなかなかの腐れ縁だ。

 実際に中身も腐っていて、趣味はゲームとアニメ、それからBL系の漫画――これでVtuberか声優の推し活でもしていたら数え役満なのだが、さすがにそこまでは手を出していないらしい。

 中学二年生くらいから急に背が伸びて、今では僕よりも背が高い。

 たぶん170cm以上はあると思う。

 目鼻立ちも整っていて、クソダサ黒縁眼鏡と陰キャ丸出しの三つ編みお下げさえなければ普通に学生ヒエラルキーの上位にいけそうなポテンシャルは感じる。

 ただ、不思議なことに本人はそういったことに関心がないらしい。


「昨日はレンコンの肉詰めだったよ」

「レ、レンコンの肉詰めェ!? つまり、穴に肉を詰めたってェことかい!? まったく、朝っぱらからやってくれるなァ、アイボォ!」


 こいつ本当に女子か? 無理やり下ネタに持って行くにしても上級者すぎる。 

 飯塚はぐるっと後ろに回り込み、背中をバシバシと叩いていた。

 この学校は男女混合出席簿を採用しているので、飯塚の席は僕の真後ろになる。

 中学のときもそうで、要するに僕らが仲良くなったのは趣味が合うというよりは単に席が近かったからである。

 まあ、飯塚がこの性格だから、同性の友達ができづらいというのもあるかもしれない。


 ――そうだ、飯塚に聞いてみようか。


「なあ、飯塚、ちょっと真面目に訊きたいことがあるんだけど……」


 僕は周りの目――とくに翠川に聞かれていないかに注意をしつつ、飯塚に声をかける。

 翠川もすでに登校して席についているが、離れているので小声であれば聞こえないはずだ。


「んー? 今日のパンツの色でも知りたいの? ピンクだけど」


 ピンクか! いいね!

 いや、真面目にって言ってんのに、この女は……。


「冗談だって。なになに? 恋愛相談? わたし、まだ処女だからそういうの疎いよ?」


 もう本当に話が前に進まないから許してください。


「分かったって。それで、なに?」


 実はかくかくシカジカこしたんたんで……と、飯塚に昨日のことを説明する。

 いちおう翠川の名前は伏せて――。


「え? ちんちんスケッチ? 先にシモネタやめろって言ったのはアッくんじゃないの?」


 どうやら飯塚は僕の話を創作か何かだと思っているようだ。

 アホを見るような目で僕を見ている。ゾクゾクするぜ。

 というか、そうだよなぁ……いや、分かってはいるんですよ。

 確かに現実味のない話ではある。

 しかし、困ったことに純然たる事実なのだ。


 できることなら忘れてしまったほうが良いとすら思う。

 だが、忘れられようか。

 あんな絶世の美少女がおちんちんまみれのスケッチブックを持っていただなんて。

 しかも、ひょっとしたら翠川自身が描いたものかもしれないのだ。

 あるいはあれほどの美少女でも、おちんちんへの興味は捨てきれないのだろうか……。


「そりゃオメェ、あったりめェだろうよ!」


 またバシーンと背中を叩かれた。逆にそっちの掌が痛くないか?


「思春期の女子がちんちんに興味持たずにナニに興味持てってんだよ! オメェさんだって頭ン中はおっぱいでいっぱいだろうが!」


 まあ、それは否定できない。


「たまたま絵心があったばっかりに、リビドーが溢れちまったんだろうなァ……ま、わたしもその力でちょこっとBLを嗜ませてもらってるから、気持ちは分かるゼ!」


 そういえば、こいつもたまに自分でBL漫画を自炊してるんだったな。

 何度か見せられたことがあるが、確かにおちんちんワールドだった。


「アッくんも溢れるリビドーを抑えられなくなったら遠慮なく言いなよ! いつも言ってるが、わたしは常にウェルカム! 準備万端だゼ! なんなら今からひとっ走りトイレに行くかい!?」


 気持ちはありがたく受けとっておくので、そういうことを大声で言うのは本当にやめてほしい。

 GWが終わったあたりから、女子はおろか男子ですら僕らに話しかけてくるクラスメイトはいなくなってしまった。

 この高校生活で僕に友達や彼女ができなかったら、間違いなくその責任は飯塚にある。

 卒業するまで本当にできなかったマジで責任とってもらうからな……。


「望むところだぜ! むしろそれがわたしの狙いだからなァ!」


 やぶ蛇だった。こいつはそういう女だったわ。

 思わずため息を漏らす僕の思いなど知らず、ケラケラと笑いながら飯田は僕の背中を叩き続ける。

 そんな飯塚を放置しながらふと窓側を見やると、いつからか翠川がじっとこちら見ていることに気がついた。

 しばし目が合ったあと、急に興味を失ったように顔を背けられる。


 なんだ……? ひょっとして、今までの会話、聞かれていたのか……?


 急に背筋がぞわっとするのを感じた。

 飯塚にバシバシ叩かれているにも関わらず感じるくらいだから、この怖気は本物だ。

 どうしよう、僕の高校生活、いきなり不安なんですけど……。


      ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 お読みいただきありがとうございます!

 新作学園ラブコメ『彼女たちは爛れたい』公開中です。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093083735769316

 よろしければこちらも合わせてお読みいただけると嬉しいです!


 ブクマ、☆、応援コメントもいただけると励みになります!

 どうぞよろしくお願いいたします! m(_ _)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る