第23話 お前ならできる
光月達が舞台を降りても拍手も歓声も鳴りやまない。
光月が作り上げた熱の余韻が残るステージに、隼と由宇は立った。
今のままではアウェーだ。
余計な言葉はいらないだろうと由宇に目配せすると、彼女も同意して頷いた。
熱の残る空を裂く気合を込めて、ギターを鳴らした。観客の注意が少しはこっちに向く。でも駄目だ、まだ駄目だ。まだ彼らの心は光月の元にある!
由宇が隼のギターソロを下から支えるベースをシンセサイザーで弾く。それは既に録音を兼ねていた。成功する。そしてドラムを完成させた。いつもなら観客を沸かせる早技だ。
だが、光月のライブは素晴らし過ぎた。
隼は歯を食いしばる。ならせめて叫ぶしかない!
『お前なんか知らねえー!』
腹から出た隼の吼えるような歌声に、観客の心が少しだけこっちに来たのを、肌に感じた。
光月がいくら凄くても、今は俺達のステージだ!
演奏しながらルーパーに記録させていく。サイドギターと、ストリングスも揃った。
観客の手拍子がだんだん大きくなっていく。少しずつだが、今ステージにいるのは隼と由宇なのだと、分かっていく。
『お前なんか知らねえ』を歌い終えると、大きな拍手が巻き起こった。
だが盛り上がりが足りない!
隼は由宇を見た。
すると、由宇は私に任せてくださいとばかりに頷いた。一体、何ができるのか。だけど隼は由宇を信じる。
次は『ここに来てよかった』を演奏する。
しかし、由宇がキーボードに手をかけ弾いたのは、違う曲だった。
驚いたのは隼だけでない。観客がざわつき始める。
それは、さっき光月達が演奏した『旅』だった。一度だけ聴いた曲を見事に演奏する。由宇は一度光月達と組んだが、在籍したタイミングのためにこの曲は初見だ。
だが観客の中には、由宇がこの作曲に関わったのだろうと決めつけて考えた人もいるらしい。一発の耳コピを感嘆する人と、半々に分かれた。
しかし、始まりはこれからだった。
『旅』がいきなり、『ここに来てよかった』に変化した。隼は驚き、ピックを握りしめた。観客もしんとした。
『旅』の間奏の途中から『ここに来てよかった』のサビ部分に移り、また途中から『旅』のサビになる。ただ交互に弾いているのではない。繋ぎ目がなくもう一方の曲に映るのだ。それぞれを分解して再構築したみたいだった。
観客の関心が由宇に寄せられる。盛り上がりとはまた違ったが、静かに惹きつけられている。
隼はようやく気が付いた。この二曲は一部のコード進行が同じだったのだ。だからこそこんなに違和感がない。まるで、遠く離れていたけど続く大地の上にあったような感じだ。
弾き終えると、大きな拍手が巻き起こった。
由宇がこちらを見た。
弧を描いて三日月のようになった彼女の瞳が、さあやりましょうと、隼を手招きする。
同じように笑い返し、隼はピックを握り直し、ギターを六弦とも一気に鳴らした。
『ここに来てよかった』の演奏を開始する。
だけどそれだけでなく、イントロに『旅』のフレーズを混ぜた。観客が面白がる。
『会いたかった人は一人だけ』
光月の事だ。
そうだ、いい考えが浮かんだ。
光月といえば『今夜は深い夜』だ。咄嗟に、隼は『今夜は深い夜』のリフを弾いた。観客の拍手が大きくなった。
『会えたのはたくさんの人』
一曲目で拓也と玲央が歌った『月に会いたい』のフレーズを入れた。皆が気が付く。にやりとする人もいるくらいだ。
『海を見ながら出会った人はこの街一番のよく分からない人』
観客が、今度はどんなフレーズを入れるのかと隼を見ている。ゆっくり考えている暇はない。
『本来の場所に帰ってください』
歌詞に合わせて一旦は元のリフを弾く。
『その場所に私もついていく』
隼は初めてこの歌詞を聞き取れた。
由宇がこちらにアイコンタクトした。ついていくと。隼ははっきりと頷いた。
由宇はコードからコードへワープするように違う曲へ移動する。隼はそれに続いてギターを弾いたが、このままじゃ駄目だ。由宇がついてきてくれるなら、こちらが先に行かなければならない。
隼は拓也と玲央達の『月に会いたい』のギターソロを弾いた。それに合わせて由宇がオルガンの音で弾く。
さあ、ここからが勝負だ。
隼は二組目のバンドのサビのメロディを、楽譜は知らないが耳で聴いたのを頼りに弾いた。絶対音感が無くても目立つ部分だけなら耳コピできる。
絶対音感を待つ由宇が、初めて聴いたその曲の複雑な伴奏を耳コピで弾いてくれる。さすがだ。目立たない部分まで音を拾っている。
そして三組目のバンドのサビを弾く。そして、盛り上がりの最中で光月達の『街に出る』を弾く。
大成功が続いた今夜のライブの全てを凝縮して打ち出す。隣の由宇の絶対音感のなせる技だ。
前のバンド達のせいで盛り上がらないのなら、その盛り上がりを貰ってしまえばいい!
観客は大きく手を叩き、誰かが口笛吹く。
隼と由宇は顔を見合わせ、笑う。
「さて、ここからは俺達の曲です」
最後の勝負だ。
二人が初めて小箱で演奏した曲だ。
「『ウェーブ』です」
隼が初めて作曲し、光月が初めて作詞した曲でもある。
「はい、ウェーブー!」
隼が煽ると、観客は腕を組み、ウェーブする。
由宇がドラムの録音の一発勝負をする。
「成功ー!」
わーっと、観客が沸く。
「次はベースだ!」
シンセサイザーの音とはいえ、いいベースだ。
「成功ー!」
わぁーっと観客が沸く。
「いくぞ!」
隼の左手が指板を滑るようにして、音を鳴らした。
あの時の実力に見合う、簡単なパワーコードだけで成立する曲だ。
だけど、今の力はあの時とは比べ物にならない。
二人で顔を見合わせて、タイミングを取り一緒に歌う。
『できるって思って』
繰り返すリフが特徴だ。
『やっぱりできない』
また、繰り返す。
『できるって思って』
毎回繰り返すからこそ、毎回違うアレンジができる。今回は本来の楽譜にないアレンジでチョーキングを大胆に入れた。
『やっぱりできない』
この街に来たばかりの光月の作詞だ。今思えば、その時はまだいじめられっ子を引きずっていたのかもしれない。
『できるって思って』
今度はタッピングをして賑やかに音を鳴らす。由宇も毎回楽器を変えている。音で遊んでいる。星を溶かし込んだ海の音、光を内包した音、星を弾く音……惜しげもなく今まで作り上げた音を使った。
隼も、うねるビブラート、歯切れのいいカット、綺麗なミュートと……毎回色を変える。
観客も、二人が遊んでいると気が付いて、盛り上がりが大きくなった。音楽が好きな人達の街だ。
『やっぱりできない』
転調する。
『できるって思って』
また転調する。
隼は、ふっと息を整えた。
『お前ならできるー!』
いきなり、繰り返しのリフをやめて、ギターを大きく掻き鳴らした。由宇もついてきて、繊細なタッチをやめて激しく鍵盤を打ち鳴らす。
『お前ならできる!』
力を全て、ギターの神経が通った指先に込めた。
『お前ならできる!』
由宇もそれは同じだろう。
由宇の指が激しく鍵盤を叩く。それなのに上品なくらい繊細なタッチも同時にできる。
由宇ならできる。
『お前ならできるー!』
隼はコード弾きに変えた。その意図を察してすぐに由宇がソロに入った。
音楽の家に生まれて音楽と育った人なのだから、由宇ならこのくらいできる。
光を追いかけ回すくらい激しいソロの後は、二人一緒にめちゃくちゃに弾いた。
顔を見合わせる。
もうこれ、適当ですよねと由宇が笑っている。
そうだよと笑い返す。
アイコンタクトして、タイミングを合わせた。最後は二人で歌う。
『お前ならできる!』
大きな歓声は、やはり光月達には勝てなかったかもしれないが、それはどうだっていいのだ。
光月達を見に来た人達のことも楽しませたのだから上出来だ。
だけど、そう思っているのは隼だけだった。
まだ拍手が鳴りやまない。
「よかったぞー!」
「いいぞいいぞー!」
「やるじゃーん!」
声がいくつも聞こえる。
「今夜は最高だ!」
誰かの言葉に誰もが同意して、拍手が起こる。それが波のように全体に広がっていき、この街を飲み込んだ。
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