第20話「もう大丈夫なんじゃないの?」

「由宇もお前の事好きなんじゃねーの?」



 と、拓也がにやにやしても、


「バンド内で恋愛かー。青春だね」


 と、玲央が冷かしても、隼は歌詞を作るのに必死でテーブルに齧り付き、二人に目も向けなかった。その隼の様子に拓也と玲央は顔を見合わせ、軽く笑う。

 隼と玲央は二層の拓也の散らかっているアパートに来ている。拓也の部屋には英和や和英、類語等、各種辞書があり――床に転がっており――作詞するのにいい環境だった。

 玲央は目に付いたゴミをゴミ箱に入れようとして、既に満タンだと気づく。


「ゴミくらい捨てろよ馬鹿」


「お前の家が綺麗なだけなんだよ」


「そんな事ねえって、なあ隼」


 隼は二人をガン無視して黙々と歌詞を書く。隼の没頭する様子を見て、二人は口をつぐむ。

 隼は真剣な顔で紙に鉛筆を走らせては、消しゴムで何度も消す。書いては消す。繰り返す。

 だけど瞳は輝いていた。



 二層の練習場で三人は基礎練習を終えると、それぞれ由宇の作った曲の確認をした。


「はい、1、2、3、4!」


 拓也が掲げていたスティックを勢いよくドラムに叩き落とす。玲央のピックがベースの弦を震わす。

 隼は綺麗な音を意識した。由宇が言っていた、雑みの無い綺麗な音を極めよう。腕の振り、ピックの角度、弦への触れ方……全てを綺麗にしよう。

 ギターに真っ直ぐに訴えかけると、返ってくる。隼は柔らかい表情で自分のギターの『応え』を聴いている。由宇の星を溶かし込んだ海の音と一緒になれば、どうなるだろうか。



 十六時に一層のカフェで由宇と待ち合わせた。

 隼はテーブル席に座って、アメリカンコーヒーをちびちび飲みながら由宇を待つ。待っている時間が苦痛ではない。

 カフェのドアチャイムに、勢いよく振り向くと、由宇もまた勢いよく隼の向かいに座った。


「歌詞できた?」


「歌詞できましたか?」


 二人が喋ったのが同時で、顔を見合わせて笑う。笑う度に肩が揺れて体の無駄な力が抜けていく。


「できたよ」


「できましたよ」


 二人ともテーブルの上に歌詞を書いた紙を出す。

 由宇の歌詞も何度も消しゴムをかけた跡があった。



「衣装だけどさ」


 隼と由宇は、拓也と玲央が待っていた二層のカフェに到着した。すると真っ先に玲央が切り出した。


「俺ら三人が赤いティーシャツは手抜き感がある」


「まあ、大箱を狙うならもうちょいなんとかしたいよな」


 拓也も同意する。

 由宇だけが手作りのチャイナ風衣装で、他三人はただの赤いティーシャツで今までやってきたが、そろそろ気分的に苦しくなってきたのだ。


「よし、行くか」


 珍しく、隼が先頭に立った。



 やって来たのは三層の衣装屋だ。


「こんな所があったなんて! 私は手作りしたのに……」


 ぶつぶつ言う由宇をさておき、三人は奥にいる店主の女性に声をかけた。


「イメージはあるの?」


 朗らかに声をかけてきた店主に、由宇の手作りチャイナ風衣装を見せようとしたのだが、由宇が止めた。


「どうした?」


「ちょっと恥ずかしくなってきました……」


 狭い店内の四方の壁には見本がずらりと掛けられている。由宇は完成度の違いを恥じているようだ。


「何を今更。あれでライブやって来ただろ」


「そうですけどー」


「そんな事ないよ、とっても上手じゃない?」


「え? そうですか?」


 店主がナイスな助け舟を出してくれた。由宇に笑顔が戻る。


「初めて作った時の事を思い出すわぁ」


 初めて。その言葉に由宇の笑顔はやや微妙になる。助け舟なら助け舟らしくしてくれと隼は思った。

 結局、観念した由宇が、えいやと衣装を店主に差し出した。


「あら、可愛い」


 ふと、店主の目がほつれにロックオンした。


「……ふふ、可愛い」


 だからこの人はフォローしたいのかしたくないのかどっちなんだよと、隼は思ったのだった。

 気を取り直して、店主は仕事を開始する。


「で、この衣装に合わせてあなた達三人のも作ればいいの?」


「はい」


「あの……できれば私のも新しく作ってください……」


「ふふ、いいわよ。三日間待ってね」


「三日! 早いですね」


「だっていつ大箱にと運営から声が掛かってもおかしくないでしょう? 早く作るから、待っててね」


 さっきまでの、自作の衣装を恥じていた様子から一転して、由宇は新衣装にわくわくしている様子だ。隼は由宇のテンションが次々変わる様を好ましく眺めていた。


「あいつ、由宇への態度変わってね?」


「だよなぁ……」


 そんな隼も、拓也と玲央に眺められていたのだった。



 三日後。新衣装を着て四人で中箱に出場する。

 更衣室は爆笑に包まれていた。

 確かにイメージ通りなのだ。かつてのYMOを彷彿とさせる、とある時代のアジア風の赤い衣装だ。それを多少今風にして、すっきりした印象に変えている。


 だが、三人が着ると、笑わないのは無理だった。

 玲央はカンフー映画に出て来る三下にしか見えず、拓也に至ってはその映画の序盤に戦闘で破壊されるラーメン屋の店主にしか見えなかった。隼は一番まともだったが、それでも映画開始四十分くらいに出て来る中ボスにしか見えない。


「着替えましたか!」


 由宇が男子更衣室のドアを勢いよくノックする。由宇の声は弾んでいて、きっと彼女にはよく似合っていたのだろう。


「おぅ……」


 渋々、ドアノブを回す。

 やはり爆笑された。辛い。


 同じ赤い色と素材なのに、由宇にはよく似合っていた。三人に合わせてズボンスタイルになっている。上は真ん中をボタンで留めるジャケットで、下はふくらはぎ丈で裾が絞られたデザインになっている。


「由宇は可愛いな」


「えっ?」


 ぽつりとこぼした隼の言葉に照れたようで、由宇が挙動不審に髪を触る。

 だけどそれは由宇を褒めたというより、自分達に絶望しているだけだとすぐに気付き、由宇はすっと真顔になった。


「由宇は主人公の妹弟子ポジションだな」


「羨ましい……」


 拓也と玲央も顔に絶望感を漂わせていた。


「次は衣装変えますか?」


 まだ今回のライブが始まってもいないのに、三人は大きく頷いた。



「なんだその衣装はー!」


 ステージに上がるなり、野次が飛んでくる。正直、何も言われないよりはマシだった。スルーされたら痛すぎる、どうしようと三人で話していたのだ。


「一曲目は『お前なんか知らねえ』です」


「お前らの衣装の方が知らねえ!」


 野次に爆笑が起こり、隼は顔まで赤くなっていた。

 演奏の間だけは恥ずかしさを忘れられたので、今回のライブは大成功だった。


「見た目で受けても音楽会社へのアピールにはなりませんよ?」


 あくまで真面目に言った運営の女性の言葉が一番痛かった。辛い。



 衣装は悲惨でも、四人のライブは大成功だった。


「さあ、次も四人で――」


 ライブ会場の清掃中、四人でシールドを巻きながら話していて、拓也が言いかけた時だった。


「ちょっと悪いな」


 いきなり、四人に声をかけてくる人がいた。

 今回のライブでスリーピースで演奏していたギタリストだった。


「ベースとドラムが足りなくて。玲央と拓也を借りていいか」


 四人は顔を見合わせた。


 今まで四人でやってきた。だがこの街のバンド編成は流動的だ。隼が光月のバンドから――光月にとってはあくまで一時的のつもりだった――外されたのも普通の事だ。光月と今一緒の逢音も少し前まで他のバンドにいた。誘ってオーケーならすぐにメンバーが動くのがこの街だ。

 そのギタリストは大箱にもちょくちょく顔を出している。

 拓也と玲央は顔を見合わせた。彼らに消極的な気分はなさそうだと、隼は思った。


「いいんじゃないかな」


 隼はさらりと言った。あまり強く言うとかえって気を遣わせる。


「じゃあ、借りられるよ」


 拓也は笑顔で言った。気を遣わせないためだろう。


「またな」


 玲央も同様だった。


 由宇が拓也と玲央に気を遣わせない程度に隼を盗み見た。それに気が付いた隼だったが、さあ何を言えばいいかと考えた。何か言ってやりたいが、拓也と玲央の手前何を言えばいいのか。


「また、あれをやれば?」


 拓也が由宇を見た。


「え?」


「由宇のルーパー」


 拓也の言葉に隼は、はっとした。


 由宇のルーパーがうまくいかず、拓也と玲央に声をかけたのだ。


「もう大丈夫なんじゃないの?」


 玲央も背中を押してくれる。


 肝心の由宇は二人の提案に驚きはしているものの、不安は浮かべていない。今までの経験で由宇の自信が深まった事を窺えて、隼は嬉しくなった。やはり、光月のところへ行ってよかったのだと、素直に言える。


「二人でやってみろ!」


 拓也と玲央の力強い笑顔に、隼と由宇は同じくらい力強く頷いた。

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