第5話 由宇が光月を見つけた時
由宇は父からピアノを習った。学校から帰れば友達とも遊ばずに、家で毎日五時間ピアノを弾いていた。
どこの高校に入るか選ぼうとしている時、父の世界ツアーが決まった。ついてくるかという父の誘いに由宇は頷いた。
それは台湾にいた時の事だった。父と一緒に演奏しているヴァイオリニストの娘と、ホールの控え室で話していた。
「日本にすごい街があるんだってね」
「なにそれ?」
日本にある音楽都市のことを、台湾の人に教わった由宇だが、父からクラシックが最も格調高いと常々教わっていたので、初めは興味を示さなかった。
「一度は見てみるといいよ!」
友人に熱く勧められ、由宇は仕方なく動画を見た。
男性が映っている。黒い皮のジャケットに穴の空いたジーンズ。赤いスニーカー。その姿を一目見て、きっとくだらない音楽なのだろうと思った。
しかし次の瞬間、男性の五本の指がベースの四本の弦にかけられて、暴れ回った。
目も耳も心も、由宇の全神経はスマホの画面に向けられた。
「この人は誰!」
「ほら、ここに名前があるでしょう」
由宇が動画を食い入るように見るのを、友人は嬉しそうにした。
その名前は彼の動画を全て検索するために使ったが、彼自身に興味はなかった。
あのベースに支えられてピアノを弾けたならどれほど気持ちいいだろうか。
それから程なくして帰国する。
「大学はここに入りなさい」
父はいい先生がいないという理由で、どこの音大附属にも由宇を入れず、直々にピアノを叩き込んだ。
しかし、音楽大学には父の眼鏡に叶う先生がいたらしい。
「嫌です」
由宇は見つけてしまったのだ。
「反対は許さないぞ」
「嫌です」
由宇はもう、動画を見る前には戻れなかった。
由宇はバンドの事は全く知らなかったが、唯一、坂本龍一からYMOの事は知っていた。音楽大学に入学させられる四月になる前に、音楽都市に入ることにした。父には内緒で、お小遣いでシンセサイザーを買った。ルーパー機能が付いているものを選んだ理由は、やはり自分の演奏に自信があるからだった。音楽都市の運営に、時期外れの入島だと説明された。最悪バンドを組むのを四月まで待たなければならないと。だが、例え自分一人だけでも、ルーパーさえあれば、バンドができるのではないかと、由宇は本気で思っていた。
☆
あの高い壁から飛び込むのではないかと、恐れて追いかけた。
ギターは電気に繋がなければろくな音を出さない。だが彼の指の動きを見れば、相当練習を積んできた人だと分かった。
生まれた時から音楽と共にある自分と違い、軽音楽をする人は大抵、人生の途中から音楽を始める。それなのに、これ程練習を重ねてきたとは。
歌も上手で、海と空に力強く伸びていく。
この人もきっと、私と同じで中途半端な時期に入島したのだろうと由宇は思った。そのような人は数少ないだろう。
それなら、一緒に高みに行くしかないではないか。
小鳥遊光月の元へ。
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