第三話 「それは、いつか咲く花のために」

「──ルーシャ。あなたは壁にもたれてうでをくむ。それから部屋のかんさつを始めるわけだけど──ぜんぶ説明するから。とりあえず、そこの椅子にすわったら?」


その言葉に、思わずわたしは固まってしまった。

わたしの癖も何もかも、それは言い当てていたから。


『ついてきて──ルーシャ』


リリィさんとジュリアさん。その二人の関係性が思っていたよりもずっと、苛烈だったこと。

それを見てしまったせいでどこか放心状態だったわたしの手を取り、ミリアムに連れて来られたのは屋根裏部屋だった。


レンガ造りの壁が丸出しの殺風景な作り。

窓は奥に一つだけ。それに沿うようにして、小さな机と本棚が一つずつ、脇にはベッドがあった。

見た感じ、家具の質はそうわたしの部屋に充てがわれたものと変わりない。

使用人に与えるには十分すぎるものだ。


周囲に他の部屋はない。スミスさんやわたしたちが住んでいるのと同じ棟、その一番上に部屋は用意されていた。他の使用人たちとはきっと、全く違う扱いなのだろう。

まるで、ミリアムのことを隠すような、そんな意図が感じられる。


「……ねえ、まず教えて、ミリアム。あなたは──”寵児”として、どんな能力を持っているの?」


とはいえども、それも納得できる。

先ほどミリアムの瞳の奥に見た金色。それは、”寵児”の持つ特徴だ。

彼女が何らかの理由でここに匿われているのだとしたら、そんな扱いもするのだと思う。


「さっき、わたしのすることを言い当てたのも、のおかげなんでしょ?」


わたしの質問に、ただ彼女は頷いたのみだった。

答えることはせずに──ただ、窓際の本棚の方へ歩いていって──そこに収められていた本を一冊、手に取ると、わたしに向けて放り投げてくる。


「……何これ」


聞いたところで、相変わらず教えてくれはしない。

読んだ方が早いから、とそう言いたげにミリアムは催促してくる。

色々と腑に落ちないところはあったけれど、取り敢えず適当なページを開いた時だった。


『──ジュリア、失踪』


真っ先に視界に飛び込んできたのは、不謹慎な文字列だった。

辿々しい字だ。孤児院で見た──それこそ、ちょうどミリアムぐらいの年齢の子が書くような。

よく見てみると、それは日付と共に書かれていて、日記らしかった。

しかし、日付は大分先だ。妙な不穏さを感じながらも、ページを捲る。


『──スミス、ジュリアの捜索へ』


それから一日後の日付で捜索に出たとだけ。

短文で、そこで途切れている。


『──ジュリアの死体はっけん。帰ってきたスミスはいっさい、外にでない』


今度は、一週間後だ。

そんな風に書き殴られて、続く日付はそれからおおよそ一ヶ月後のものだった。


『スミス、へやで首をつる。ぜんいん解雇。わたしとルーシャはそれぞれ、家をなくす』


それは、考えうる限り最悪な道筋ルートだった。

ジュリアさんが近い内に失踪し、スミスさんが捜索を出すも、見つかった時には既に彼女は死んでいた。その結果、スミスさんは心労からか自殺を図る。

わたし──この場合はミリアムだろう──とルーシャは、それぞれ解雇となる。


「……ちょっと。これは、冗談にしてもやりすぎじゃ……」


辛うじて口にできた言葉。

それは、今までのミリアムの様子を見てきた身からすればきっと、希望的観測に近い言葉だった。

だって、これは冗談じゃないって。



「──ぜんぶ、これから起きること。起きうる可能性のある未来をことができる──それが、わたしのちからだから」



──多分、とっくに気がついていたから。


彼女が”寵児”として口にしてきた言葉。

それは、全て先を見てきたようなものだ。そして、彼女自ら告白した未来視の能力。それを信じるならば、ここに記されているものは全て──。


「……起きるの? こんな、ことが……?」


「……うん」


今度こそ、ミリアムははっきりと頷いた。

現実に起こってしまうというのだ──こんな、出来事が。


「……何とか、する方法は?」


「なかった。少なくとも、このときは」


そこに控えているのは、ただただ絶望的な未来。

立ち眩みがするようだ。

ただ、心なしか、わたしのことなんかよりも。


ミリアムの声が、震えているような気がした。

……いや、きっと気がしただけじゃない。実際に震えていたのだ。

そっぽを向いたまま、ミリアムはわたしと視線を合わせようとしない。それは──もしかしたら、顔を見られたくなかったからじゃないだろうか。

孤児院にもよくいた。時折、こんな声音になって、こんな仕草を見せて、急に泣き出すような子が。


「かえる場所がなくなった。残ったひとたちはみんなバラバラ、また、ひとりぼっちになった」


ミリアムは──どうだろう。

”視る”、という感覚がどんなものかはわからないけれど。少なくとも、彼女の口ぶりから察するに追体験するようなものなのかもしれない。

凄惨な未来を、わたしより二才年下だというのに、しまったのだ。


「……怖いもの、見たんだね」


気づけば、わたしはミリアムをこちらに抱き寄せていた。

それは、孤児院でお姉ちゃんをしていた性だったのかもしれない。

背中を撫ぜてやる。よく、怖い夢を見たのだと泣きついてきた年下の子を相手に、わたしはこうしてやっていた。もっと小さい頃には、こうしてもらっていた。

ただ、とにかくわたしは彼女を抱いて、励ますための言葉を囁いていた。


多分、考えうる事態は最悪だ。

そんな最悪な未来を”寵児”が見てきたのだという。ほぼ、確定的なものだと言ってもいい。


「知ってる? わたし、”知恵の寵児”なんだよ? だからさ──」


だとしても──わたしだって”寵児”なのだ。

ミリアムが言う未来ではどうしようもなかったとしても、せめて、抵抗することぐらいはできるんじゃないだろうか。


「──全部、話して。きっと、何とかしてみせるから」


胸に抱いた温かい感触。ただ、布越しに頷いたのが伝わってくる。

顔を上げると、ミリアムはわたしをじっと見つめてくる。今は銀色の瞳だ。ともすれば、普通の女の子に泣きつかれた。そんな状況と、大して変わらないように思えた。


「そうする、つもり。もちろん話す。わたしは──ルーシャをしんらいしてるから」


また、胸に顔を埋めてくる。

今日初めて会ったにしては、すごい懐きようだ。……違うか。彼女にとっては、一緒に過ごした未来があるのだから。


「これ、読んで。いちばん、うまくいったときの」


ミリアムはようやくわたしから離れると、本棚からもう一冊の本を取ってきた。

捲ってみると、幾分か字は丁寧だ。何というか、さっきの書き殴った字とは全然違う。

投げやりじゃない。それだけでも、上手く行っていたのが伝わってくる。


「それは、わたしが何回もみてきた未来を、全部ルーシャにつたえたとき。あなたは、うまくやった」


確かに、この日記には何度もわたしの名前が出てくる。

時には、ミリアムが書いたであろう褒め文句と一緒に。

スミスさんに働きかけたり、街におりたり──色々根回ししているのは見て取れた。

ただ、それはたった一つの目標を叶えるためのものだ。


「ジュリア失踪、そのげんいんは大きく分けてふたつ。ひとつは、家族をうしなったショック。もうひとつは──」


言われるまでもない。

わたしは、その原因を実際に目の当たりにしたのだから。


「──妾の子であるリリィさんとの不和。それが、尚更ジュリアさんに居場所を失ったのだという意識を植え付けた。そういうこと、でしょ?」


きっと、居心地が悪かったのだ。

さっきは、あんな風にリリィさんに八つ当たりしていたけれど、一番余裕がなかったのはジュリアさんなのだ。父と母、家族を失い、その上で急に同居することになった妾の子──きっと、この家の中で自分の居場所が無くなった──そんな喪失感を強めてしまったのだろう。


「……さすが、ルーシャ。このときもそうだったけど、状況をみぬいた」


ミリアムが目を見開いてこちらを見つめてくる。そんな眼差しがどこか心地よい。

孤児院だと、段々褒めてもらえなくなっていたから。


「なら、最優先は解決できること──ジュリアさんとリリィさんの不和を解消すること、違う?」

「せいかい。前もルーシャはそうしてた。”ゆり”だって、そう言って」


日記にも、確かにそう書いてあるとはいえ……何を言っているんだ、未来のわたしは。

そう思わずツッコミを入れてしまうも、あながち間違っていないのかもしれない。

そう、未来のわたしの活動は全てがそこに結びついていた。

ジュリアさんとリリィさん、二人を結びつけるため。

年下かつ、家庭教師。その立場を目一杯に使って。結局は失敗してしまっていたけれど、ミリアムが幾度となく見てきた未来──その、失敗した理由がここには全て残っている。

同じ轍は二度と踏まない。それが、わたしの”知恵の寵児”としてのプライドだ。


そして、わたしの定義する”百合”。リリィさんとジュリアさん、二人の間の関係がそれぐらい近しいものになったら、まさかジュリアさんも失踪はするまい。大切な人が引き止めてくる、というのはきっと、それぐらい大きなものなのだ。


むしろ、それぐらいのモチベーションで挑んだ方が良いに決まっている。

何も咲いてないなら種を植えればいい。芽が吹きっさらしになっているんだったら、匿えばいい。

わたしの手で、そこに”百合”を咲かせてみせるんだって。必要なのはきっと、それぐらいの気概だ。


今日聞いたこと、そして、見てしまったもの。

それは、わたしがここに来た前提を覆してしまうものばかりだった。

だからといって、ここで諦めてしまうわけにはいかない。


残された命が短いならば、せめて満たしてやるべきだ。



「──よし。咲かせよう、リリィさんとジュリアさん──二人の”百合”をっ!」



”百合”を咲かせるためならば、未来だって変えてやるって、そんな念を込めて。



わたしは、拳を突き上げた。

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