第14話 武器商人と副隊長

 王女を国王の執務室に残して出てきてから、シェリンガム副隊長のところに向かった。


 結果はおおむね予想通りといったところだ。

 王女の力を都合よく使いつつも、凄まじい力と人気を大いに恐れ始めた国王と王太子。他国に嫁がせて彼女の子供までその力を持ったらと考えると、国内にしか嫁がせられない。しかも国王派でなければいけないし、その家が王家を裏切らないようにしなければならない。


 戦争は一部の層には大変儲かり、経済成長を促す。王家、いや国王と王太子はそういう商会や商会を持つ貴族たちと切っても切れない縁を持っている。ベッグフォード商会等だ。


 ただ、王女が覚醒して彼女が戦争に出て行くと短期間で終了してしまい儲からない。彼女は権限があるから停戦交渉なんかもできるのだ。指揮官で王女だから身分も十分。

 そんな彼女の殺害を企ててまでホロックスと開戦したかったのは。武器庫に眠る弾丸や火薬のせいだろう。


 フレイヤ王女には全軍事権があるわけではないのだ。

 適切な環境で保管すれば火薬や弾丸はかなりの年数持つが、武器だって新しいものが出てくる。私が開発した魔力銃のような新しい商品が。

 弾丸や火薬は期限を過ぎて使うと危なく、かといって捨てるにも在庫は膨大。新しい商品に買い替えたくともできない。


 では、どこで使えばいいか考える。期限が来る前に戦場で使えばいいじゃないかと。

 しかし、ベッグフォード商会は落ち目になり、王女は私の魔力銃を使うようになった。王女が使わないなら余計に減りが遅い。そうなると、他に大規模な戦場を作らなければいけない。



「こんばんは、シェリンガム副隊長。調子はいかがですか」


 副隊長が寝かされている部屋に笑みを浮かべて入っていくと、治療を終えた彼は思い切り顔を歪めた。ポーションを使ったようだが、監禁中は食事が与えられていなかったのでやや衰弱している。


 この反応は想定内だ。この男は明らかに、初対面の時から私のことが嫌いだ。正確には、王女が私の商品に興味を抱いた瞬間から。

 全く問題ない。私だってこの男は嫌いだ。ずっと彼女の側にいられるのにその立場に胡坐をかいていただけの男は。


 嫌そうな表情をされても、私は笑みを崩さない。

 それにしても、せっかくの綺麗な顔が台無しだ。先祖から受け継いだ彼の唯一の美点だろうに。


「平民の武器商人風情が城の真ん中を歩いているとは終わったものだな」


 さすが貴族のお坊ちゃんだ。戦場で戦っていたくせに言葉が綺麗すぎる。


「あぁ、でも。ネズミやゴキブリでも夜になれば堂々と真ん中を歩くもんな。お前もそうなのか」


 私は欠伸をかみ殺しそうになった。なんと退屈で知性のない男だろう。これで悪態のつもりだろうか、情けない。こんなつまらない男が王女殿下の側に侍っていただなんて。


「おめおめと監禁され、王女殿下に助けられたことの八つ当たりを私にされても困ります」

「お前、知っていただろう。ミトラ地方に魔物がさっぱり出ないことを。監禁中の俺を探りに来たのもお前の手の者か」


 シェリンガム侯爵家の特徴である赤い目で、彼は私を睨んでくる。

 なるほど、つまらない男だが大バカではないようだ。勘がいい。


「一体何のことですか」

「知っていたはずだ。斥候の役割を持つ俺は持って行っていないが、殿下たちのために用意されていたのは対人戦でも有利な武器だった。対魔物ならいらない装備が多かった」

「武器商人は万が一を考えるものですよ。ましてや殿下たちが向かわれたのは国境。魔物以外にもホロックス軍を警戒するのは当然のこと」


 アルベルト・シェリンガムは相変わらず私を睨んでいる。衰弱していなければ私の首を絞めていそうな形相だ。


「綺麗なお顔が台無しですよ。それとも、シェリンガム副隊長は自己紹介をしてくださったのでしょうか。ずっと殿下の後ろから私を睨んでいらっしゃいましたからね。自己紹介をしてくださるほど私に心を許してくださったとは感動です」

「意味が分からないことを抜かすな。お前はホロックスのスパイか? それとも殿下に媚を売って取り入ろうとしているのか」


 ベッドの上で無様に吠える副隊長に飽き飽きした。

 それでも笑みを浮かべたまま、ベッドの住人の彼に近付く。


「ぐあっ!」

「あなたは王太子のスパイじゃないですか。だから、自己紹介をしたのかと聞いたんですよ」


 彼の左手の中指を一瞬で何のためらいもなく私はへし折った。利き腕ではないのだから感謝して欲しいものだ。


「それとも、王女殿下に惚れて王太子のスパイを辞めるとでも言って監禁されたのですか? どうして殿下のために二重スパイくらいやらなかったのですか?」


 くすくす笑いながら、今度は彼の左手小指を折る。小指で勘弁したのを泣いて感謝して欲しいものだ。意外と小指を骨折すると困る。これは孤児院で学んだことだ。


「もしかして、二重スパイをしてバレたんですか? なんて愚かな」

「っ! 違う! 俺だって辺境伯と共謀までしてあんなことをするなんて知らされていなかった! だから……ミトラ地方に行って気付いて殿下に知らせようとしたら監禁された」

「殿下の部隊は殿下以外全員亡くなりました。あなたのせいですね」


 シェリンガム副隊長はさらに睨んでこようとしたが、私が彼の人差し指を素早く掴むと口をつぐんで視線を落とした。


「ノアさん、ロイスさん、ジョシュアさん。それから、あなたが特に仲が良かったのはハンスさんでしたか?」


 彼の耳にそっと囁きかける。


「アッカーソン辺境伯が王女に負の感情を抱いているのは分かっていたでしょうに」

「それでも、あそこまでするなんて思わない……殿下を結婚させて戦場から引き離すとか、その程度だと思っていた。だって、殿下の覚醒した力は他の誰も持っていない」


 衰弱しているのに、さらに痛みに耐えている。骨折の痛みかそれとも心の痛みかは知らないが。


「あなたのそのどっちつかずの甘さが、彼らの命を奪ったのですよ。あぁ、自害はしないでくださいね。あなたまで死ぬと、殿下が悲しみます。これ以上、あの方を苦しめないでください」

「……お前は情報を持っていたはずだろ。最初から魔力銃だけでなく、軍靴まで。殿下の先回りを常にしてお前は提案していた。今回のことだってお前は知っていたんだろ」

「高貴なるお方が知らないことをネズミかゴキブリの私が? 面白いことを仰いますね。シェリンガム副隊長は大変お疲れのようです」


 彼からやっと体を離した。

 邪魔な男だが、今殺すのは悪手。踵を返した私に彼は呻き声を投げてきた。


「お前、一体何者なんだ」

「私は、殿下の武器商人です」


 あなたは殺さないでいてあげましょう。

 あなたが生きていれば、殿下の罪悪感が少し減るから。それが薄皮一枚でも。

 せいぜいみっともなく生きればいい。貴族がプライドを捨てて醜く。あなた方が蔑む者のように。


 副隊長はそれだけのことをしたのだから。

 何もかも持っているくせに、何もしなかったのだから。


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