第13話 長い長い悪夢

「ホロックス王国の騎士に待ち伏せされていたが、私は生きている。部下たちの犠牲によって」


 部下たちの家族の表情が変わったのが、高い場所にいるので良く見える。私が生きていたから、部隊の消息が分からないことが誤報だったと少しは期待させてしまっただろう。


「魔物の討伐に行ったはずが、魔物などいなかった。そして先に行かせたはずのシェリンガム副隊長もいなかった」


 ざわめきが起きる中、私はアルベルトの猿轡を外す。


「アルベルト。あの日、何が起きたか話せ」

「偵察していると魔物が一匹もいないので、依頼内容と違うと思いさらに探ろうとすると、アッカーソン辺境伯の騎士に拉致されました。そしてミトラ地方の領主の屋敷の牢にずっと囚われていました」


 時折咳き込みながらアルベルトが説明する。

 彼の見た目と掠れて疲れ切った声で、信ぴょう性は増したはずだ。


「王女殿下を裏切ったと供述するよう暴行を受けました。やがてここに連れてこられましたが、取り調べなどはなくずっと話も聞いてもらえなかった。そしてこのように連れ出されて裏切者にされました」


 貴族たちは膝をつきながらもひそひそと話している。


「部下たちの仇は取った。私は開戦など望まないが、先ほども叫んでいたように開戦派の貴族もいるようだ。もし望むのならまずは国境の小競り合いの最前線に放り込んでやろう。私は前線を身をもって知っているが、お前たちは知らないだろう? そんなに開戦したいならまずは前線で戦え」


 私の言葉にやっと貴族たちは黙った。

 大きな口を叩いておきながら、前線に行くのはいつも彼らではない。私が覚醒してからはよく行っていた。


「国王と王太子はアッカーソン辺境伯と共謀して私を殺そうとした疑いがある。ホロックス王国と開戦の口実にするためにな。牢に入れておけ」


 開戦反対派の貴族たちにそう指示した。

 私が死んだことに懐疑的だった者たち、そして私が魔物の討伐に行っていた地域を治める者たちの派閥はすぐに私の指示に従った。


 アッカーソン辺境伯はここにいないが、別だ。彼の治める地域にだって私は何度も遠征したことがある。しかし、彼は私のことを良く思っていなかったのだろう。私に手柄を横取りされていると感じていたのか、私の能力を羨んだのか。恐らくどちらもだろう。


「フレイヤ王女殿下がホロックス王国と共謀していたということはないのですか? 何度もホロックスとの小競り合いに勝利してきた王女殿下に対して申し訳ないのですが、証拠もなく我々もただただ混乱しております。これはもしや王位争いなのでしょうか」


 中立派だろう壮年の貴族から声が上がった。


「さきほど遺品だという私の剣で私の死を信じなかった者のみ、それを口にする権利がある。そなたはどうだ、信じたのか」

「……少し、信じてしまいました」

「私の遺品だという剣で少し信じたのなら、アルベルト・シェリンガムの証言で十分だと思うが。まぁ、数日後に証拠を出そう。二日後にまた集まるように。まずはアルベルトを医者に診せろ」


 抗議の声が上がる前に私はさらに続けた。


「私は家族に殺されかけなければ、王位などいらなかった。王位に就いたところで、見て欲しい部下たちはもういない」


 父と兄が連れて行かれるのを確認して、貴族たちを帰す。


「良いのですか、貴族たちを帰して。この機会に反乱を目論むかもしれません」

「開戦派を牢に入れたところでどうせ反感は買う。家に残った者たちが反乱を企てるだろうな。それなら混乱させたまま帰した方がいい。家に帰って揉めるだろう。父の性格からいえば、証拠は必ず執務室にある。それまでに証拠を出せばいい」


 気配を消していたジスランが後ろから声をかけてきたが、手を振って気にするなと示す。


 反乱が起きても、私にとってはどうでも良かった。

 元から計画していたならまだしも、何の準備もなく二日で組織された反乱なら私の部隊だけで……。そこまで考えて私は無力感に襲われる。踏ん張っていなければ足に力が入らない。


 部下たちはもういないじゃないか、アルベルト以外。自分の口で先ほど言っておきながら、私は遺体を目にしてもなお彼らが生きているように錯覚する。


 足に無理矢理力を込め、磨き抜かれた城の廊下を歩き続ける。私の足音しか聞こえないが、後ろにはジスランが影のように付き従っていた。


 そのまま父の執務室まで移動して、辺境伯あるいはホロックス王国とのやり取りを探すため引き出しを全て漁る。


「隠し通路もですが、国王陛下の執務室に入ることになるとは。この机も珍しい木を使ったものですね」

「ははっ。ジスランには中々濃い一日だろう」


 ジスランの感心したような声を背に、部屋中をひっくり返している自分が王女ではなく盗賊にでもなったようで、乾いた笑いが出た。


 底が二重になった引き出しや、暗証番号がいるものは金庫以外すべて開けた。

 この金庫は魔力を流し込むのと、ダイヤル式が合わさっていて父の魔力がないと開かないのだ。


「きっと、この中に証拠があるんだろうな。壊せば開くだろうか」

「こういうタイプの金庫はうちの商会も販売していますが、壊そうとしてもダメですね。火の中に放り込んでもダメなのです。暗証番号は分かりますか」

「さっきまでで心当たりのあるものは全部試した」

「とりあえず、私は国王陛下の魔力を集めます。殿下は心当たりのある暗証番号を引き続き試してください」

「魔力を集めるとは? 牢で本人に魔力を込めさせるのか?」


 ジスランは胡散臭い笑みを浮かべて、懐から魔力銃を取り出した。


「デンゼル病が流行ったといいましても、人間から魔力がなくなったわけではありません。ペンを持ったり、長くとどまっている場所にはその人の魔力が漏れ出して残っています。それを抽出します」

「……犯罪も可能なんだな」

「さすがに魔力銃のこの形態ではできませんが、これは私がずっと開発に携わったのですよ。内部構造を使えば国王の魔力さえ集めることができます。ここからは秘密ですので」


 ごそごそと銃を解体していくのを見ないようにして、私は心当たりのある暗証番号をどんどん試していった。しかし、いくら父の好きな数字を入れ替えてもカチリという音はしない。


「私がやってみましょう」


 ジスランが魔力を集め終わったらしい。

 私はぼんやりしながら彼に金庫の前を譲った。


 金庫が開かないで欲しい。

 ジスランの長い指が慎重にダイヤルを回していく様子を眺めながら、私の胸にはふとそんな思いが浮上してきた。


 証拠なんて見たくない。証拠があったところでどうするのだ。家族に裏切られたと突き付けられるだけではないか。死んだ部下たちだって帰ってこないのに、私は一体何をやっているのだろう。


 ノア、ロイス、ジョシュア、エルマー、ハンス、ブルーノ……。

 部下の名前をぼんやり思い出していると、カチリという音がした。私は驚いて、ジスランの手元を見た。


 私が抱えられるくらいの大きさの金庫の扉が開いていた。


「どうして……」

「合っている数字は手先の感触が違います。その感触を探るんですよ」

「そなたは本当に武器商人なのか? 盗賊か何かか?」

「孤児を舐めてはいけませんよ。生きるためには何でもやります」


 ジスランは軽くウィンクすると、金庫の前を私に譲ってくれる。

 あれほど開いて欲しくない、見たくないと思っていたのに、私は流れるように中に入っていた書類や手紙を掴んで机の上に広げる。


 亡くなった母の手紙もあったので、うっかり口角が上がる。しかし、すぐに私の口角は下がった。

 私を殺すように仕向けるアッカーソン辺境伯とのやり取りの手紙が出てきたからだ。


「悪いが、一人にしてくれ」

「では、私は濃密な城の見学でもしてきますね」


 ジスランは私が失礼なことを言っているにも関わらず、微笑を浮かべて出て行く。


 彼が出て行って扉がしっかり閉まるのを確認してから、私は踏ん張って立っていた足の力を抜いた。


 ずるずると机にもたれて床に座り込む。もう、一歩も動けそうになかった。

 座っているのも億劫になり、カーペットに身を横たえる。綺麗な模様の描かれた天井を眺めながら、長い長い悪夢を見ているようだった。


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