第12話 許しと裏切り

 気配を探りながら、ふとある考えが浮上する。

 父と兄は私を裏切ってなどおらず、辺境伯とミトラ地方の領主が私を裏切って殺そうとしたのではないだろうか。

 彼らが魔物の被害が酷いと訴え出れば、王家は対応するはずだから。


 あるいは――。


 私はこの武器商人の手のひらで踊らされているだけなのかもしれない。

 部下たちの遺体は見た。一人一人きちんと本人だと確認して、埋葬した。部下たちの遺体をきちんと扱って連れて帰ってくれたことには感謝している。

 しかし、ジスラン・ギルモアの言うことに私は振り回されていないだろうか。死にかけて私は少し、おかしくなっていないか? もしかしたら誰も私を裏切っていないかもしれない。たまたま魔物が出る地域にホロックスの軍がいただけで。


「殿下? いえ、フィー?」


 なかなか扉を開けない私を、彼は事前に打ち合わせた名前で呼んでくる。さすがに会場で「殿下」や「フレイヤ」と呼ばれては困る。私のことは「フィー」と呼ぶように指示していた。母だけが使っていた私の愛称だ。


「では、私のことはジョージと」

「なぜジョージなんだ?」

「孤児院では何番目かのジョージでしたので」


 そんなやり取りを城に侵入する前にした。

 あぁ、私はここに父と兄が私を裏切っていないかの確認に来たのだ。大丈夫、気のせいだったらそれでいいではないか。

 二人は私の生還を喜んでくれるだろう。そうしたら、部下たちもちゃんとしたところに埋葬してやれる。各家の墓地に。そして私は部下たちの家族に謝って、それで……。


「あなたはまだ、ご自分を許せないのですね」


 そんなことを考えていると、ジスランの囁きとともに彼の手が取っ手を掴む私の手に添えられた。

 意外にも、彼の手は外見から想像もつかないほど温かい。黒手袋越しではあるのだが。

 顔を動かして彼の目を見た。苦手な翡翠色の目だ。不思議なほど、彼の目は凪いでいた。先ほどまで浮かんでいた熱は消えている。


「ご自分を許せないあなたのために、私があなたを許します」


 何を言っているのだ、この武器商人は。私のせいで何人死んだと思っている。なぜ、許せると思う。戦うたびに感じる、無力な自分を。自分を信じても、部下を信じても、結果はこのザマだ。


「あなたがご自身を許せるその日まで、私がその十字架を背負いましょう。あの子だってあなたのことを恨んでなど、いないのに」


 私に都合の良い囁きが体にヘビのように巻き付く。信じてしまいたかった、その言葉を。信じて裏切られるのはこれで最後にしたい。


「お前は私の味方なのか」


 私はもう一度、彼に聞いた。息がかかりそうなほど近い距離にいる彼に。それこそが疑いであるにも関わらず。


「あなたがご自身を許せるその日まで、私はあなたの影です」


 味方だとは彼は一言も言っていない。もしかしたら彼が私を躍らせているだけなのかもしれない。でも、彼の翡翠色の目を見て私は躊躇なく信じられた。間違いなくこの時、私とジスランは同じ後悔の景色を見ていたから。



 広間に滑り込むと、すでに大多数の貴族たちが集まっていた。何が発表されるのか皆分かっていないようで、ざわめきがあちこちで起きている。


 父と兄が入場して、ざわめきは一旦おさまった。


「第一王女フレイヤの率いる部隊がミトラ地方の魔物討伐の際に消息を絶った」


 呻くような声があちこちから上がる。私は負けたことなどなかったから意外なのだろう。部下の家族もこの中にはいるはずだ。


「アッカーソン辺境伯が調べたところ、ホロックス王国の手の者たちに待ち伏せされて爆薬で殺された可能性が高い。そして、フレイヤ王女の部隊には内通者がいた」


 拘束され猿轡までされたアルベルトが騎士二人に両脇を抱えられて連行されてくる。さらに部下の服の切れ端や私の愛用していた剣など、ジスランが現場に遺しておいたものが見えるように並べられる。


「副隊長であるアルベルト・シェリンガムはホロックス王国と通じ、フレイヤ王女とその直属部隊を売ったのだ」


 ジスランの言った通りになった。知略に富んでいるわけでもないアルベルトにそんなことができるわけがないのに。

 アルベルトは猿轡を噛まされ暴行を加えられたらしくボロボロだが、激しく抵抗して兄に何かを訴えている。


 分かっている、アルベルト。

 お前が最初からスパイだったことくらい。スパイというか、私のお目付け役だろう。何かあればアルベルトの兄から王太子に話がすぐにいっただろうから。それよりも意外なのは、シェリンガム侯爵家は三男を売ったことだ。


「この事態を静観するわけにはいかない。これはホロックス王国からの明白な宣戦布告である」


 参加者の誰かが倒れたらしく、ある一帯が騒がしくなった。私とジスランはその騒ぎで視線が違う所に集まった隙に会場の前方に近付く。


「亡くなった第一王女フレイヤと直属部隊に所属した騎士たちのために、我々はホロックス王国に開戦を宣言する」


 父の言葉に応えるように貴族たちが声を上げる。「開戦だ!」と騒ぐ声もあれば、「本当にフレイヤ王女は亡くなったのか! そこには遺品だという剣しかないではないか」という疑問の声もある。


 順調に父と兄がいる前方まで近づいた。近衛騎士たちが私たちに気付いて止めようとしてきたところで、カツラをさっと取る。近衛は王女である私の顔を知っているので、皆一瞬動きを止めた。その隙をついて私は跳ぶように父と兄のいる高い場所までたどり着く。


「その必要はない」


 私の声でやっと父と兄は私に気付いた。


「私は生きている」


 最前列からは私の名前を悲鳴のように叫ぶ貴族の声が聞こえた。そちらに一瞥もくれず、私は父と兄だけを見た。


 彼らの目にあるのは驚愕と疑念だけだった。そして兄の口が「なぜ」と動くのを私は見た。分かってしまった。最近はゆっくり話ができなくても家族として長く過ごしてきたから。そして、そんな家族が私の死を願っていたことに。


 証拠は後から見つければいい。

 自分を信じて結果に裏切られ続けてきた。そして今、私は家族に裏切られた。たった二人の血がつながっているはずの家族に。今日で最後にしたい。誰かを信じて裏切られるのは。


 魔力銃を引き抜くと、容赦なく兄と父の足を撃ち抜いた。

 向かってくる近衛にはジスランが魔力銃で応戦している。いつの間に手にしていたのか、皿を投げて命中させてもいる。


 私は天井に向けて一発、魔力銃を撃った。貴族たちの悲鳴が上がる。


「全員、その場に跪いて両手を頭に。私の武勲は知っているだろう」


 パニックになって逃げ出そうとした貴族を私が、さらに向かってくる近衛はジスランが撃った。彼もいつのまにかカツラを脱ぎ捨てている。


「さて、私に従ってもらおうか」


 貴族たちに向けてそう告げた私の足元ではアルベルトが涙を流していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る