第11話 侵入
私の怪我がある程度良くなると、ギルモア商会の馬車に紛れてだんだんと王都に近付いていった。
「殿下の怪我の治りは異常なほど早いですね」
「ジスランが高級なポーションばかり使うからだ」
「それにしても常人より回復速度が速いです」
デンゼル病が流行って何が一番困ったかと言えば、治癒魔法がないことだ。元々使い手が少ないので、治癒の魔力が宿った魔石はとんでもない値段になる。行き渡りもしないので、治療で使うのは基本的にポーションだ。
ポーションなら治癒魔法の使い手でなくても作れるが、作り手の魔力の注ぎ方・薬草の混ぜ方などによって効能が著しく左右されるのだ。
しかし、ギルモア商会では安定した効能のポーションもよく揃えていた。
「仕入れた情報によると、国王陛下が三日後に貴族たちを集めて何か発表を行うそうですよ」
「そこで開戦の宣言をするかもしれないのか」
「そうですね。そこで判断できるでしょう」
「私や部下の遺体がないのに、皆私が死んだと信じるのだろうか」
「遺体は我々が回収したのですが、わざと服の切れ端や武器などは残しておきました。それらをもって証拠とするのでしょう」
「私が生きているとは思わないんだろうか」
「あの現場を見たら思わないでしょう。爆薬の量が凄かったので」
王都のギルモア商会が持つ物件に隠れてタイミングを待ちながら、私はそっと目を瞑る。
瞼の裏では、私の部下たちが無表情にこちらを見ていた。何も言わない、言ってくれない。ただ、皆突っ立って私を見ている。罵ってくれればいいのに。こんな状況に陥っても、まだ父と兄のことを信じたい私を。どうか「お前のせいだ」と言ってくれないだろうか。
王女なので、私は王城の秘密の抜け道を知っている。
ジスランは伝手のある貴族から招待状を譲ってもらって……おそらく脅すのだろうが、魔石による変装で入ろうと提案してきたが、武器の調達が困難なため抜け道からの侵入を提案した。発表の場に入り込めば、兄と父の思惑が分かるはずだ。
秘密の抜け道の中はお世辞にも綺麗とは言えない。
私はジスランを伴って埃の舞う暗い道を通り、とある一室の絵画の裏から出た。ここなら最も警備が手薄だ。
「まさかこんな貴重な体験ができるとは……って、なぜすぐに脱いでいるのですか」
抜け道を通るときにドレスなど着ていられない。だからこの部屋で着替える必要があったのだが、何をそんなに驚いているのか。わざわざドレスを担いできたのに。
「? ここで着替えるに決まっているだろう」
「私も目の前にいるのですが」
「戦場ではそんなことは関係ないからな。それにこのドレスは私一人では着られない」
ジスランは服の埃を払いながら、やや呆れた目を私に向けてきた。
「あなたはそういう方でしたね……少し副隊長が不憫になりました」
「なぜだ? というか、アルベルトは囚われていた場所から移動させられたんだったな」
「彼を裏切者兼ホロックスとの内通者にすれば殿下の部隊が彼以外全滅したという話の信ぴょう性もでますからね。ここに連れてこられているはずです」
ジスランは諦めたように息を吐くと、私にドレスを着せるのを手伝い始めた。
「私の手先が器用なことに感謝してくださいね」
「それが分かっていたからわざわざ抜け道を通って着替える方法にした」
「殿下は何も分かっておられません」
「何がだ? 戦場ばかりだからドレスの流行りについては分かっていないと思うが……会長の実子にも呆れられたな」
このドレスもギルモア商会のものだ。古着のリメイク事業を行っており、その部門を担当していたのは会長の実子だった。下位貴族がよく買うのだそうだ。今回は下位貴族に見えるように侵入するのでこれで十分である。
私が髪の毛を邪魔にならないように束ねて持つと、ジスランは背中の紐を結んでいく。
「男に着替えを手伝わせる、危険性のことを言っているのです」
「私も手伝ってやるから不平等ではないはずだ」
髪を綺麗にまとめると、栗毛のカツラを被る。そしてジスランのシャツに手をかけた。
「そういう問題ではありませんし、手伝いは要りませんよ」
「早い方がいいだろう」
「殿下は魔力銃の点検でもしていてください」
ジスランはバサッと汚れたシャツを脱ぐと、すぐに新しいシャツを羽織る。
「よく鍛えている」
「っ、見ないでください」
綺麗な筋肉の付き方をしているのに。
見られたくないなら仕方がないと、魔力銃と普通の小銃そしてナイフも太もものベルトに入れこんだ。
顔を上げると、ジスランは着替え終わって金髪のカツラを被っていた。翡翠の大ぶりなイヤリングも外している。
「髪色だけで印象が変わるものだな」
「城には何度も足を運びましたから私の顔も割れているので仕方がありません。殿下もかなり印象が変わっておられます。くれぐれも今日だけは大股で歩かないでください」
「分かった」
ジスランは仕上げとばかりに私のカツラの髪を結い上げた。
「下位貴族ならあまり凝った髪型にしない方がいいでしょう」
「あぁ、これで十分だろう」
部屋から出ようとするときに、ジスランの声が背中にかかった。
「殿下はどんなお姿でも美しいです」
扉の取手を掴んでいたが、私は振り返った。
「そのセリフは言われたことがないな」
「緊張がほぐれましたか」
「あぁ」
あんな目で私は見られたことがない。ジスランの熱を持った視線を振り切るように私は扉の向こうに誰かの気配がないか意識を集中させた。
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