第6話 傲慢なのは
遠征の度にパーティーを開いていては、国庫はすぐに尽きるだろう。
それほどまでに王女である私が出て行く遠征は多かった。
遠征前に大きなパーティーはないが、激励会はある。
王族と私の直属部隊の騎士たちのみの食事会だ。部隊の騎士の中には平民もいるのでその度に彼らは委縮しているが、父も兄もそれを分かっていて激励の言葉をかけた後はほどほどのところで仕事を理由に中座してくれる。
王妃であった母は病気で亡くなっているので、いない。亡くなったのは私の覚醒前の話だ。
「フレイヤ、今回も頼むぞ」
「はい。必ず魔物を狩ってすぐに戻ってきます」
「国境付近では雪の季節が近づいているからな」
兄で王太子であるクロヴィスとのこんなやり取りにも、もう慣れた。
覚醒してすぐ、兄は私を心配してくれたはずだった。あの日、兄の目にあったのは返り血まみれの私を心配する光であったはず。
それが嫉妬に変わったのもすぐだった。私の剣術稽古の様子を兄は見ていたらしい。私は毎日必死で、初陣を果たしてからはそれどころではなかったから気にもしていなかったが、兄の嫉妬は着実に降り積もっていた。
今もだ。
巧妙に隠しているが、激励しながらも嫉妬が垣間見える。
私が魔物を倒して、他国との小競り合いに勝利して帰ってくるたびに、兄の恐怖も大きくなっている。今は嫉妬よりも大きいかもしれない。私が兄の王位を脅かすのではないかという恐怖。私が王位を狙っているではないかという探るような恐れ。
私は王位になど興味がない。
女王になっても結局戦いに明け暮れるだけ。隣接する国との小競り合いに、要請された魔物狩りの日々。今と何も変わらない。
私はただ、伸ばし損ねた手の先で誰かが死ぬのが嫌だっただけ。あの日のように後悔したくないから。私の中で「あの日」は増えていく。
目を閉じたら、カイゼルとあの子供が私を見ている。
「そういえば、ベッグフォード商会を切ったらしいな」
「はい。商品の質が落ちていたので。あれでは死人が出ます」
「新しい商会はギルモアだったか」
「えぇ、そうです」
「急成長している商会だな。ちゃんと調べたのか」
「えぇ、調べました」
やけに細かく聞いてくる。
まぁ、ベッグフォード商会とは私が生まれる前からの付き合いだったから勘ぐるのも無理はない。
「ギルモア商会の後継者は孤児上がりなんだろう。大丈夫なのか」
「私の部隊にも平民はいますから。変わりませんよ、血も青くないですし」
青い血と呼ばれるのは貴族階級だ。もちろん私たちに流れている血は赤い。
デンゼル病が流行り、最もダメージを受けたのは貴族だろう。貴族は基本的に魔力量が豊富だ。そして幼い頃から魔法を学ぶので、優秀な魔法使いには貴族が圧倒的に多かった。それがことごとくデンゼル病にかかると魔法使いという特別な肩書が失われ、豊富な魔力で魔石に力を込めるだけになった。魔力を込めるだけなら誰でもできる。
もちろん、平民も魔石を買わなければいけないから経済的負担は多くなっただろう。その中で魔石に頼らない知恵もどんどん編み出されている。
デンゼル病が流行って、貴族と平民の差は以前よりもなくなった。
周囲を見ると、アルベルトが父である国王と何か話している。
アルベルトの実家は侯爵家なので、国王と何か話すなら彼の役目だろう。他の騎士では委縮してしまう。
母と乳母が生きてくれていたら良かったのに。
父と兄を見ていると唐突にそう感じた。
私を目に入れても痛くないほど可愛がった乳母は私が十八歳の時、遠征に行っている最中に亡くなった。彼女や母ならきっと、私が何をどんなに殺そうと無事で帰ってきたことを泣いて喜んで抱きしめてくれたのに。
兄の目には嫉妬が宿っていた時間が長かった。でも、父は……。父は私が覚醒した当初から恐怖の目で見ていた気がする。私の遠征の成果を聞きながらまるで化け物でも見るような目で、実の娘を見ていたような気がした。
やっぱり、神は私を嫌っているに違いない。
こんな才能と能力がなければ、私はただのフレイヤ王女としてドレスを着て、今日騎士たちに笑顔で「頑張ってくださいね」と告げていたはずだから。化け物ではなく、父に溺愛された唯一の王女のままだったはずだから。
「直属部隊のことだから裁量権はフレイヤにあるんだが……。怪しいと思ったらすぐに関係を断つように。武器商人は儲かるためなら何でもするからな。魔力銃だっただろうか。あれを他国に売っているそうだからな」
「……成果は遠征で上げてみせます」
私は最後まで兄の目に宿る嫉妬と恐怖を無視した。
兄は私に八つ当たりしてきたことはないし、冷遇だってしたことはない。男のプライドだろうと思っていた。
それが間違っていた。
家族だから裏切らない。私にこの才能があるからまだ私は必要であるはず。そんな私の考えはケーキよりも甘かった。
ジスランの言う通り、私は傲慢だった。こんな才能がなくて良かったのにと思いながら、その才能に縋っていたのは他でもない私だった。
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