第2話 普通には戻れない

「素晴らしい射撃の腕だ」


 訓練場で剥がした的を眺め、私は素直に感心した。

 私の部隊の騎士たちが魔力銃で射撃をしても、ジスランほど的確に中心を撃ち抜けなかった。


「このくらいあれば、私も殿下の精鋭部隊に勧誘していただけますか」


 会った当初から浮かべている笑みはそのままに、ジスランはそう尋ねてくる。


「殿下の部隊に入るには剣の腕もなければいけない」

「アルベルト、何を得意な射撃で負けたからとムキになっている。後方で守ってもらうのにこれほど安心なことはないな。勧誘したくなったぞ」


 アルベルトは不服そうな表情だったが、後ろに下がった。


「整備はどうするんだ」

「それも出来得る限り簡単にしています。まだまだ改良しますが、まずはここを外していただいて」


 一通り説明を受けてから、小銃を全て購入した。



「準備が良すぎませんか、あの武器商人」

「そうか?」

「えぇ、殿下が軍靴を求めていらっしゃることも知っていて、さらっと買わせましたし」


 ギルモア商会が帰った後で、アルベルトは不満を隠しもしない。

 よほど射撃で負けたのが悔しいのか。的をただ狙うのと戦場で動く人間や魔物を狙うのは違うというのに。


 しかし、あのジスラン・ギルモア。商会では新しく始めた武器の部門を担当していると聞いたが、あの纏った雰囲気は何人かすでに殺していそうだった。黒い手袋を商品に触る時以外も常につけていて、さらに彼の足音はわざとらしすぎる。本当はもっと静かに歩けるのに、わざと音を立てて歩いているようだ。


 最初は会長に比べて頼りないと思ったのに、まさかのミスリードだ。武器商人ともなると狙われるのもおかしくない。


「仕方がない。次は国境近くに部隊が派遣されそうだからな。雪が本格的になる前に帰ってこれた方がいいが、ベッグフォード商会の軍靴のままでは無理だ」

「それです、殿下が辺境周辺に派遣されそうであることもあのジスランとかいう武器商人は知っていました。小銃だけでも十分なのに、軍靴までわざわざ人数分持ってきて」

「一流の商人は情報をかぎ分けると聞く。ベッグフォード商会の情報網はイマイチだったからな、あれを基準に考えてはダメだろう」

「ギルモア商会が優秀なのは分かっていますが……それでも、どうも出来過ぎです。もっと警戒してください」

「ベッグフォード商会とは長い付き合いでグダグダだったからな。これを機に関係を見直す」

「王太子殿下に何か言われませんか」

「兄が? 大丈夫だろう。文句があるなら国境には兄が行けばいい。国防は王族の義務でもあるからな」



 魔物が襲ってくるまで私は知らなかった。

 自分が誰かを守るために、平気で他人と魔物を殺せるということを。そして、誰かを殺しながらも正気を保っていられる人間だということを。


 フレイヤ第一王女として何不自由なく育てられた。兄であるクロヴィスがいたため、勉強はそこまで厳しくはない。国外か国内のどこぞの貴族に嫁ぐのだと思っていた。護身術や剣術の授業はあったものの、護衛騎士が常に側にいるため本格的でもなかった。


 それなのにあの時、乳母や護衛とともに馬車に乗っていて魔物が襲ってきたあの時、確か十二歳になったあたりくらい。魔物と戦い慣れた騎士のように自分の体が動くとは思ってもみなかった。


 普段王都の界隈に出現するはずのない魔物の群れ。なぜだか方向感覚を失って山に迷い込み、王都近くの道に現れてしまったブラックウルフの群れだった。


 初めて見る魔物、しかも俊敏なブラックウルフに護衛騎士が次々にやられる中、乳母が止めるのを聞かずに私は一人で剣を持って馬車の外に出た。


 皆、デンゼル病にかかっていて魔法は魔石なしに使えない。魔石だってあればいいわけではない。魔石に溜められる魔力量は石によって違い、魔物を攻撃できるほどの量の魔石はすでになかった。


 そこからはよく覚えていない。

 体に巡る魔力とは違う、熱い感覚。そして、殺したブラックウルフの返り血は意外と温かかったことくらいしか鮮明に覚えていない。魔物の血にも温度があった。


 馬車の窓から一部始終を見ていた乳母は、私が魔物をすべて殺した後で出て来て私に泣き縋った。


 あぁ、あの乳母の言葉だけはよく覚えている。


「姫様……可哀想な姫様……あなたはもう、普通の姫様に戻ることはできないでしょう」


 あの意味は、私が必死で血まみれになって魔物を殺したせいかと思っていた。どこかに怪我をしていて、王女としての価値が下がったという意味かとも考えた。そのどちらも違った。

 乳母は分かっていたのだ。私がずっと戦い続けなければいけないことを。つまり、何かを殺し続けなければいけないことを。


 魔物の群れを殺してから、私の人生は変わってしまった。父である国王から命じられ、王女らしい教育は皆無になり騎士団に入れられた。


 戦術や剣術をより学んでから、直属の騎士団を率いるようになり、初陣は十五歳の時だった。もう数えきれないほど戦場や魔物討伐に赴いたから、最初の頃のことは覚えていない。他の普通の令嬢や他国の王女がお茶会やら夜会に出ている時に、私は軍服を着て殺し合いをしていた。


 王家には勇者の血が流れていて、とっくにその血は弱まったと思われていたが私には強く出たらしい。勇者の血はある時をもって覚醒するのだ。魔物に襲われた時が私にとっての覚醒だった。


 教わってもいないのに、どう動いたらいいのかが分かる。体も鍛えていたわけではないのに勝手についてくる。

 相手の攻撃の避け方も何もかも体が覚えていて、自分で何も考えずに動いている感覚だった。鍛えてからはその感覚がさらに研ぎ澄まされた。


 兄にも父にもない、私にだけ現れた才能だった。


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