私はあなたの影になりたい~軍人王女の武器商人~
頼爾
第1話 苦手な翡翠色の目の男
あぁ、この男のことは苦手だ。
愛想の良い笑みを浮かべているはずの若い商人を見た瞬間、ただの直感だったが私はそう思った。
「最近、質が落ちているな」
髪を自分でまとめながら目の前に置かれた軍靴を足で蹴った。この前の湿地帯での任務で水がしみこんでもう使い物にならない。以前まではこんなことはなかった。
副隊長のアルベルトが結い紐を横から差し出してくれる。
「ベッグフォード商会のお抱えの魔法使いたちがまとめてデンゼル病になったようです。必死に隠していますが、バレるのは時間の問題かと」
「あぁ、あの商会はまだ魔法使いに頼れていたのか。じゃあ、あそこの商品はすべて魔法使いによる付与魔法だったわけか」
「えぇ、数人囲い込んでいたようですが皆デンゼル病になったようで。実家の伝手で知りました」
「そうか。さすがにこうも武器や靴が消耗してはもうあの商会はダメだろう。魔石にとっくに切り替えているのかと思ったが」
「魔石は魔力の抽出効率が悪いですからね。付与魔法との相性も悪いです。だからこそ殿下は今日新しい商会の者と会うのでしょう?」
「あぁ、ギルモア商会だ」
「あそこは武器を取り扱っていましたか?」
「最近始めたらしい」
こまめに切るのが面倒というだけで伸ばしている長い金髪を一つにまとめ終わると、私は立ち上がり戦闘のためではなく商談のために部屋へと向かった。
「フレイヤ王女殿下にご挨拶申し上げます」
やってきたのは、ギルモア商会の会長と若い男だった。
会長は商人というよりも海賊か山賊のような風貌をしていることで有名だ。ウワサでは聞いていたが、なるほど貴族のような格好をしていても身長が高く体も大きく、一人で魔物くらい簡単に殴り殺せそうな体躯だ。
「殿下?」
「あぁ、失礼。会長をうちの部隊に勧誘したいのを必死で我慢していた」
「ははは。殿下の率いる負けなしの精鋭部隊に勧誘されるとは光栄です」
ギルモア商会の会長であるクレメンス・ギルモアは豪快に笑った。
会長は見事な体躯だが、後ろの若い男はそうでもない。騎士と商人を比べるのは失礼なのは分かっているが、当の会長がこうなのでどうしても比べてしまった。
私の視線に気づいたのか、会長は後ろの若い男の背を叩いて前に出した。
「勇敢なる王女殿下、これは私の後継者です」
息子か? あまりに似ていない。愛人の子供かと疑うほど似ていない。
事前に調べさせたところ、この会長は意外にも愛妻家で愛人などいないはずだ。それで好感を持って今日会うことにしたのだ。妻の方もこんな髪色ではなかったはず。
「フレイヤ王女殿下にご挨拶申し上げます。ジスラン・ギルモアと申します」
姓はギルモアか。若い男の挨拶を受けてまじまじと彼を眺めていると、男は顔を上げた。長めの黒髪に緑の目。一般的には美しく珍しい緑の目を見た瞬間、この男は苦手だと思った。嫌な記憶が呼び起こされる前に瞬時にフタをする。
「私の養子です。大変優秀なので養子にしました」
「会長に子供はいなかったのか?」
一応質問はしてみるが、取引をするにあたって調べてある。会長の実子は数人いたはずだ、誰か一人でも実子が継がずに後継者が養子だと? どういうことだ、揉めに揉めたのか。後継者の件までは調べられていなかった。
「我が商会では血筋に関係なく優秀な者を後継者に据えるのです」
「そうか。王家とは違うのだな」
「そのような意味で申し上げたのではございませんが、何分商売でございますから。血がつながっているからという理由だけでボンクラに継がせるわけにはいきません。潰れてしまいます」
会長に比べれば体も雰囲気も頼りない、愛想笑いを浮かべた男が後継者なのか。これは実子がボンクラだと暗に言っているのか。
不満げな私の空気を読んだのか、ジスランという若い男はすっと黒いケースを取り出して開いた。
「こちらはご挨拶の代わりに王女殿下への贈り物です」
「小銃なら手に馴染んだものがすでにいくつもある」
ジスランが開けた箱の中には小銃が入っていた。一瞥だけして答えると、彼は相変わらず笑みを浮かべている。
「こちらはギルモア商会の新商品で、魔力銃です」
「なんだ、それは。魔石でも必要なのか」
「いいえ。銃弾も魔石も要りません。これは使用者の魔力を込めて銃弾に代える銃です」
「それは……本当なら素晴らしいな」
素晴らしい発明にそんな陳腐な賛辞しか送れなかった。信じられなかったからだ。副隊長のアルベルトの様子を伺うと彼も目を見開いて驚いている。
そんなものがあれば、魔石が要らないということか。そうすると遠征での荷物が格段に減らせる。
「デンゼル病が流行ってからずっと研究を続けており、やっとできました。どうぞお手に取ってご覧ください。訓練場を貸していただけるのならば試射もしていただきたく」
私は箱の中の小銃にゆっくり手を伸ばす。
「思ったよりも軽い」
「重すぎては武器として話になりません。特に軽量化に時間がかかりました」
デンゼル病。
十年ほど前から全世界で大流行したその病は、人々から日常だった魔法を奪った。デンゼル病は高熱が出るだけなのだが、人間の体内にある魔力回路を捻じ曲げ、魔力はあるのに今までのように魔法が使えなくなる恐ろしい病気だ。
聖職者たちが「神の怒り」と表現するほど恐ろしい病気。
魔力が枯渇したわけではないのに、人間たちは病気によって魔法を奪われた。それはほんの少ししか魔力を持たず微弱な魔法しか使えない者から、膨大な魔力で国に貢献する魔法使いにまで及んだ。
わずかにデンゼル病にかからなかった魔法を使える者たちは隔離され、希少に扱われたがベッグフォード商会の件を見るに、デンゼル病の猛威には勝てなかったようだ。
今の人間たちは魔力があるのに魔法を使えず、持て余している状態だ。魔法を使うにはデンゼル病にかかっていない者に頼るか、あるいは魔石を介するしかない。
魔石は魔力を込められる石のことで、それを暖炉に入れれば火をおこすこともできるし、鍋に投げ入れれば水を湧き出させることもできる使い捨ての石だ。デンゼル病で魔法を使えなくても、魔力さえあれば魔石に込めてそれを介して魔法を使うことはできる。石を購入しなければいけないのと魔力を込める手間は不便だが、今までのように魔法を使えなくなってもなんとかこれまでやってきたのだ。
魔石なしでここまでできるものを開発するとは。
デンゼル病はいまだに治療法がない。しかし、魔石を介さずに魔法を使えないからといって魔物は待ってくれずに湧き出てくるし、国同士の諍いは存在するのだ。
私は、フレイヤ第一王女は、軍人王女としてそれに対応しなければいけない。
「この発明でジスランを後継者にしました」
会長は誇らしげにしている。私が買うと疑っていない表情だ。
「試射をさせてくれ。良ければ全て買おう」
「安全であることを示すために私がまずは試しましょう」
ジスランは緑の目を細めてまた笑った。会長は海賊か山賊のような男なのに、彼は貴族の令息と言われても信じてしまいそうだ。男性にしては珍しく彼の耳には大ぶりのイヤリングが輝いていた。彼の目と同じ緑、いやそれよりも彼の目の色に近い翡翠のイヤリングだった。この国では翡翠はなかなか採れない。希少で大ぶりな翡翠をわざわざつけているところも商人らしい。
私はその緑を直視できなくて、不自然にならない程度に小銃に視線を戻した。
これがあれば戦いが楽になる、死傷者もぐっと減る、そう信じて。
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