第34話 21周回目の勇者の戦略

第21周回 1月1日帝都近郊某所


―――バシッバシッバシッ!


ループ処理が行われ召喚魔方陣があるこの地に呼び戻された勇者と呼ばれる男は、地べたに座り込みその悔しさから無言で地面を何度も殴りつけていた。

魔王軍総司令官アドラブルにトドメを刺して勝利を手に入れたと思った瞬間に訪れた急転直下の展開。油断していたのだろうか。確かにそうなのかもしれないが、それにしても悔し過ぎる。勝利をかっさらっていった相手は今までの周回で影形すら見たこともなく、今回も直前まで気配を感じることも無かった。

しかも悔しいのがその犬耳のメイドに無駄に煽られた事。


―――ねぇ、今どんな気持ち?


「 そ ん な ん 悔しいに決まっとるだろうが、ヴォケー!」


―――バリバリバリバリバリ


あまりの悔しさに叫び頭を掻きむしる勇者。思い出したら余計に悔しくなってきたようだ。

殺す、あのふざけた犬耳メイドは、絶対殺す。

…いや、マテ。ちょっと…いや結構可愛かったな。

泣かす、絶対に泣かす。

にしよう。うん、それがいい。


―――ふーっ


一つ大きなため息をつき、心を落ち着かせる。

見慣れた20回目のループ処理も終わりを迎え、勇者と呼ばれる男を包む召喚直後の眩いばかりの光も段々と小さくなり収まりつつある。召喚を成功して喜んでいる帝国陣営に向かってその悔しさや怒りをぶつけても何も良い事は無い。

気を取り戻して次の周回へ行かねば。あの煽り立ててきた犬耳メイドも存在さえ知っているならば次はやられる事は無い。ここまで来たのだ。次こそは失敗しないと心に秘めて。


第一皇女ルクレリナとグランツ軍務大臣を始めとした帝国軍の協力者と毎度のルーティーンをこなしながら今回新たに加わった賞罰を見る。


〇|そは勇者のみならず人族を護る大盾:聖騎士の盾を手に入れた事がある

[永続:聖騎士の大盾がある地にいけば即座に聖騎士の盾を取得可能(聖騎士の盾初回取得時に必要だった種々のクエストを再度クリアする必要なし)]


聖騎士の盾の性能はすごかった。タスクの防御技術が遺憾なく発揮された。今までも何とか防御出来てはいたものの、正直押され抑え込まされていたアドラブルの攻撃をタスクはほぼ防ぎきって見せた。そこから更にギアを上げたアドラブルの攻撃こそ完璧には防ぎ切れなかったものの、その攻撃の実情はアドラブルの無理攻めであり、無理攻めの隙をついて自分がアドラブルに致命的なダメージを与える事に成功したのだ。

今回は聖騎士の盾を手に入れる時期も前回より多少早くなるだろうから、タスクの聖騎士の盾への熟練度も上がることによる多少の上積みも見込めるだろうし、この盾があればレベル上げも捗るのでそちらでも上積みが見込めるはずだ。

聖剣にしろ聖杖にしろ聖騎士の盾にしろ、いずれも大きな力を発揮してくれた。それならば今回の周回では、魔法使い用のユニーク装備である『英知の書』を手に入れるべきだろう。きっと大きな力になってくれるはずだ。




第21周回 11月下旬 愚者の塔最上階


ここは帝国南部サルマール地方にあるサルマ湖の中の小島に聳え立つ愚者の塔と言われる塔だ。その昔、伝説的な賢者が隠棲したと伝わる塔だ。そこに英知の書があるらしい。

塔の内部は嫌らしい罠と謎解きをしないと進めない仕掛けギミックの連続。もう嫌になるほどそれしかない。湖を渡ってこの愚者の塔のある小島に辿り着くのも一苦労だったけど、この塔を制覇するのに更に3カ月かかった。


そして今まさに、魔法使いメルウェルが最上階に設置された古めかしい祭壇らしき上に安置された『英知の書』に無造作に手を伸ばそうとしている。えっ?おい、メルウェル。ちょっとくらい調べてかr…


―――カチッ


あ、罠だ。何度も聞いた罠が作動する音だ。その音とそれが意味する内容にメルウェルを除く勇者一行全員が固まる。罠に対して身構えたともいうかもしれない。


―――フッ


そして急に消える勇者一行の足元の床。

落とし穴ですね。本当にどうもありがttttttttttttttttttttttttttうわあああああああっ。






意外にもただの落とし穴で、すぐに戻って来れた。

英知の書は変わらず壇上にあったため、そのまま手に取るメルウェル。いやお前、罠の警戒をしろよ。さっき引っ掛かったばかりだろうが。

とはいえ、今度は何も無かったようだ。そしてメルウェルは早速ペラペラと英知の書をめくって読んでいる。


「わっ、すごーい。なんか初めて見る魔法がいっぱいある。ふむふむ。あ、これなんか面白そう。なになに…太古より引き継がれし大地の怒りの波動よ、その縛られし怒りを解き放ち、全てを滅せよ?」


―――コンコン


と長い詠唱の最後に魔法使いは杖で地面を軽く叩いた。


ん?最後の杖で地面コンコンって必要あった?

なんか魔力の高まりを感じるんですけど、メルウェルは今ここでなんか魔法発動させた?


―――グラグラ…パラパラッ


微かな振動がおこり塔の壁から土屑がこぼれ落ちる。その振動はすぐに大きな揺れとなり、更に大きく鳴動し続け塔の壁に亀裂が…


「メルウェルゥゥゥ!」


メルウェルを除く勇者一行の声がキレイにハモった。



その日、サルマール地方を中心とした帝国南部をかつてない大地震が襲った。地は割け、山は崩れ、サルマ湖から水は無くなり、愚者の塔は崩壊した。



そして時は戻った。

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何度倒してもタイムリープして強くなって舞い戻ってくる勇者怖い 崖淵 @puti

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