第3話 勇者の真の恐ろしさとは
第19回目1月2日昼 魔王軍総司令部
メイドが紅茶を入れてくれる。
いい香りだ。この香りを楽しんでいる間くらいは勇者一行の事は忘れよう。
「閣下、何か相当お悩みのようですね?」
魔族…犬人族であるメイドが話かけてきた。このメイドは、側近の中でも筆頭であるハキムの娘でタリアトといい、幼い頃より総司令部を出入りしていて、いつの間にかそのまま総司令部付きのメイドとなっていた。
「…うむ。分かるか?」
「幼き頃よりよく閣下の事を拝見しておりますから。
ですが、今までそのようにまでお悩みになった姿を見たことが無いので、正直驚いております。」
「ふむ…配下の者たちに気を遣わせるとは…正直情けないな。心を入れ替えるとしよう。」
「いえ閣下、それは違います。我々メイドにまで気を遣うのは間違っております。我らは空気と思い、気にせずご振る舞いくださいませ。閣下が気を遣わず過ごしやすいようにしていただくのがメイドたちの本懐でもあります。
その中でたとえ大事を独白しようとも、まずメイドたるものの役目として絶対に中の事を外に漏らす事はありえません。ましてや我々は閣下に絶対の忠誠を誓っております。
ですからお気になさらず、その上で空気に何か吐いて気が楽になるのでしたら、いくらでも吐いてくださいませ。ただ…空気ですので、気の利いた返しは期待しないでいただきたいですが。」
そうにこりと笑った。
「そうか…タリアト。少し話に付き合ってくれるか?」
はいと言って、紅茶のお代わりを入れてくれた。
「タリアトの目には、魔王軍はどう見える?」
「先代の魔王様こそ身罷られましたが、それも討たれたのではなく命数を全うされただけの事、後を継がれた魔王陛下は未だ幼くあられますが、魔王軍自体は各地で連戦連勝。停滞している戦線もありますが、特に閣下がそこまでお悩みになるような事も正直あまりなさそうですが。」
「まぁ、それが世間一般の感覚よな。」
「違うのですか?」
「…勇者という存在を知っているか?」
「勇者ですか?先々代の大魔王陛下が、壮絶なる一騎打ちの末に相討ちになったと伝わっているあの勇者?」
「その情報は一部間違っているが…概ねその勇者の事で合っている。」
「それが…まさか伝説の勇者が人族の元に現れたと?そのような情報は未だ入ってきていないように思えますが、閣下の元には入ってきたと?」
「いや、その情報はまだ私の手元に届いてはいない。
だが、知っているのだ。この瞬間にも伝説の勇者が人族の元に舞い降り人族のために動き始めた事を。」
「本当なのですか?いや、閣下のお言葉を疑うわけではないのですが。」
「本当だ。事実でなければどれほど良かった事か。
そして、勇者の真の恐ろしさとは、その強さではなく…」
私が口にしたのはそこまでだった。
先々代の大魔王陛下も勇者の真の恐ろしさ…勝つまで何度でも蘇ってくるその恐怖を体験され、また苦しまれたのだろうか。
~閑話休題~
「ちなみにな、タリアト。勇者の事で伝え間違っているものとして、勇者は一騎打ちではなく勇者パーティーとして、先々代の大魔王陛下とは4対1で戦った。」
「なんという勇者!一騎打ちではないのか!?勇者という名前を恥じるがいい!」
「まぁ、勇者とはそういうものだ」
「くっ、勇者ではなく卑怯者と名前を変えればいいのに。」
「それとな、もう一つ間違っている点があって、大魔王陛下とは相討ちではない。勇者どもが勝ったのだ。」
「…え?
なぜ人類は相討ちと喧伝したのですか?大魔王陛下に勝ったと言えば良かったのでは?」
「大魔王陛下をも倒した勇者一行の力を恐れたある人族が、大魔王陛下と戦った直後のボロボロの勇者一行をその場で騙し討ちにしたからだ。大魔王陛下を4対1で討ち取った勇者一行も憎いが、それでも4対1とはいえ大魔王陛下に勝つ程の傑物を騙し討ちする人族はもっと憎かったと魔王軍では伝わっている。
とはいえ大魔王陛下が倒れて魔王軍が総崩れになった間の出来事だったので、どうしようもなかったようだ。むしろ追撃を恐れながらの撤退中だったので、勝利した勇者が味方である人類に殺されるという何が起きているのか、全く意味が分からないといったところが実情だったようだ。
で、勇者を騙し討ちにして殺した事を隠すために大魔王陛下と相討ちになったと人類は公表したのだ。」
「汚い!さすが人類汚い!これには卑怯者と先程罵ったばかりの勇者にも同情する!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます