第4話

 俺たちはその待機時間を小旅行と農業と文化交流の反復で過ごした。

 デブリから使えるものを回収し使えないものは固めて月面に廃棄し、水星まで進んでみたり木星の輪と衛星を見学に行ったりした。

 備え付けのキットで植物を栽培し食用にした。

 俺は地球の、グルグルはニムイの文化を教え合い、カレンダーや数字や季節、気候、祝日、料理などについて知識を深めた。

 その間地上はどうなってたんだって? どうもならずに滅び続けている。繰り返す極端な干満で南極大陸の氷がどしゃめしゃに崩れ全体の海面が上がったせいもあって、比較的海抜の低い場所にあった街々は押し流され沈み続けて滅びた。もちろん相対的に高地にいて生き延びた人々もかなりの数いるにはいたが、首都機能が死に陸が減り山がちな細長い何かになった日本は各種インフラの復旧にかなり苦労しているようだ。

 グルグルはどうにかこうにか偵察ドローンのようなものを作り時々地上に飛ばしてそのような状況を拾い続けていて、先日は地上の人々が狼煙のろしと伝書鳩を使っている映像を掴んできた。船ごと港が沈み鉄道も大半が沈んだ地上において遠隔通信はやはり煙・鳩・ラジオらしい。

「聖書の洪水の話とかもそうだけど、世界の始まりと終わりの物語にはとにかく水があるんだって何かで読んだ」

「始まりと終わりは同じということ?」

「そうなのかな、分からん。地上は『始まり』に見えるか?」

「何とも言えないね。場所によっては殺し合いになっている」

 食料が沈み、安全な水は少ない。人間は清廉ではない。想像できないことではなかった。それに、インフラを失えばどうしたって弱いものから死んでいく。

 こういう時に宗教が必要なのかもしれないよ、とグルグルは言った。

 そうだろうか、信仰のあつい奴でもなかなかの大虐殺をやるけど、と俺は答えた。

 俺たちは殺し合うことにならない限りお互いの宗教観を否定し合わないことに決めていて、特に喧嘩もなくうまくやっている。喧嘩するほど俺に気力がないのだ。グルグルに布教意欲が欠けているのは大変に有り難かった。俺に言わせれば新規信仰は情熱とか世界分かった感の異常増殖でありほぼ疾患に見える。

 一方、古代の人々の信仰は『わかる』気がしていた。『わからない』ことが圧倒的に多い世界の中で、山デケェ空たけぇ虹きれい水ありがてぇみたいなヤツは確かに神のキャラクターをつけて信仰するに足る何かがあっただろうと思うのだ。そういう意味では今俺はこの船と食料とグルグルが有り難い。運命だけは神として感じ取ってもいい気がする。感謝はしねえ、と毎日確認し続けてはいるが。俺を自殺念慮に追い込んだのもまた運命といえば運命だからだ。

 そうして俺とグルグルが、どんだけ遠い星同士でも同じ宇宙なら数学と物理の法則は共通なのって美しいよな、みたいな話をしていたある日のこと。

 月軌道付近を周回していた俺たちは、そこにあるはずのない震動をキャッチした。

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