第3話

 グルグルの宇宙船は壊れていたがもう一隻よりは程度がよく、緊急時用の脱出船だけは動かせることが分かった。月に向かった二隻の奴らは何でこれで逃げなかったのかと聞くと、みんなで殉死するぞ! と一度決めちゃったら通常は二度と翻意しない文化なのだそうだ。そもそも、あの星に行って布教するぞ! と一度決めちゃったら以下略らしく、要するに何らかのアレが極端にキマり過ぎたカルチャーの星らしい。

「でも僕は、中ではものすごく意志が弱くてを完遂できない。いつも集団行動から離れてフラフラしてて、し、本当に誰よりも落ちこぼれでね。両親もそれをすごく苦にしてて……それで、布教団に加わって苦労したらまともになるだろうって船に放り込まれた。まあ外聞のいい放逐だよね」

 そう言いながら脱出船の動力を確認し俺に呼吸適応とやらを実施し、壊れた母船から必要物資をどんどこ運び込んで、グルグルはテキパキしていて結構頭が良さそうだし楽しそうだった。地上から持っていきたいものない? と言うから焼肉とコーラとピザは持って行きてえなと思ったが、何しろ街は一度水没した。衛生的に良くないだろうし、そこは諦めることにする。

 どちらにしても地球の食い物は二度と食えない予定だったのだ。そもそもなぜ俺が高層ビルの立入禁止の屋上にいたかと言えばそこから墜ちて確実に死ぬためである。

 れっつじゃーんぷ、と思ったらめちゃくちゃ揺れて風が吹いて、大地震なら同時自殺で警察に手間かけるのよくないかな? と思ってるうち吠えるようにしながら津波が爆走してきて急流の渦を無数に作り街が沈んだ。ハリウッド映画みたいだった。

 それで俺は死ぬタイミングを逃し――というよりもしもこの世の全員が死に俺だけが生きてるのならそれは自殺したのと大して変わらないのではないか? と思った――、こんな津波が来るほどの揺れだったか? と思ってるうち轟音を上げて二隻の宇宙船が墜落してきたというわけ。俺はちょっと色々限界を迎えて考えるのをやめ、座ってこの世の終わりの光景を見ていた。

 そのうち水面を不器用に泳いでくる何かが見えて。

 ワニとかだったらやだなと思ったが、変わった薄緑色の髪の人間で。

 俺のいるビルによじ登ったそいつはびったびたにずぶ濡れのまま流暢な日本語で「こんにちは!」と言い、俺はそいつに興味を持ってしまい、いよいよ死にそびれたというわけだ。

 グルグルの脱出船が発進しても、月軌道付近でデブリ拾いをしながら地球を眺めていても、悲しさとか懐かしさとかは全くなかった。ほんとに何かヤバいクスリでも打たれてるんじゃないだろうかと思う。

 それで俺はいま宇宙にいる。変な言い方だ、別に地球にいたって『宇宙にいる』には変わりないのにとグルグルは笑う。俺たち地球人は地球が宇宙の中にぷかぷか浮かんでることはちゃんと知ってるが、何しろ地球以外の住処がないものだから地球の成層圏より外側にいることをそんな風に言いがちなんだ、と説明した。この言い回しも直訳されるんだな。

 地球は何というか、俺の知る世界地図っぽくなくなっていた。まだ水が引いたり戻ったりの揺り戻しが起こっているところで、安定するまでにはかなり長い年月を要するらしい。

「それで?」

 脱出船に詰め込んだ宇宙食――その言い方も面白いね、とグルグルは言った――をかじりながら俺は言った。グルグルの星は塩味と何らかの出汁だしのある料理文化を持つらしく非常に有り難い。さすがに味までは翻訳されないのだ。

「俺らって、このままずっと月軌道にいんの?」

「いま蓄電してるからそれが済むまでね。済んだら宗教的中立宙域にある僻地の星を目指したいけど、エネルギーをある程度貯めないと亜空間航法ができないんだ。太陽の光が届けばいいから太陽系内の移動はできるよ。小惑星帯の内側がいいけど」

 亜空間航法……スタトレ……? と思ったがやはりグルグルを混乱させないため俺は黙っていた。自動翻訳システムが偶然この用語を生成したわけだし。

「貯まるまでどのくらい?」

「う〜ん、地球日に換算して千四百日くらい」

 約四年だ。何しろ二人しかいないのと船内で食用植物の栽培や肉みたいなものの培養ができるとのことで、食料は向こう十年心配ないというから余裕だと思う。

 余裕というか、どうでもいいと思う。

 だってこれは俺にとって死後の世界だ。

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