第2話
「ええとごめん、用語でわかんないのがある」
「どれ?」
「プロテスタント。お彼岸。お盆。十五夜。ピサロ。コンキスタドール」
「多すぎるが」
「ごめん、僕、頭が狭くて」
彼らの言語では物覚えが悪いことなどを『頭が狭い』と表現し、それは慣用句置き換えされずにそのまま翻訳されるのだということを俺は既に学習していた。
「クリスチャンとかキリスト教が分かってプロテスタントが分かんないってことはカトリックとかロシア正教とかも分からん感じ? あとローカル行事から世界史まで広く未履修ってことだな多分」
ごめんね、としおしお
因みに近所にあるはずの東京タワーもスカイツリーも見えないのは折れたんだと思う。街には葉巻型の――というか潜水艦みたいな形の巨大宇宙船が二隻斜めにブッ刺さっており、着水時の衝撃でいくつもの建物をゴミに変えていた。この着陸は失敗ではないのだろうか。船は何箇所か盛大に割れて砕けて構造の内側が見えているし煙も上がっている。
そのシュールな光景が広がる中で俺は謎の親切心から昔ピサロ君がおおよそ何をしたかかいつまんで説明した。グルグルは頷いた。
「君はこういう事態を予想してたんだね」
部分的にね。黒船的に宇宙人が来ることと宗教の部分だけ。高いところから水没東京を眺めることになるとは思わなかったし、宇宙人がこのグルグルみたいな、クラスにいそうな同級生っぽい奴だとも思っていなかった。宇宙人が地球人とほぼ同じデザインで、俺と全く同じパーカーとジーンズを着ているというのは新しい。因みに服は現地合わせで擬態できるシステムだそうだ。
それにしても、足元の水の中で数千万人が死んでいるかもという状況なのに俺ときたら全然悲壮感がなかった。状況がエクストリームすぎてメーターが振り切れ安全装置が作動してるのだと思う。あと多分俺は目の前のニムイ人グルグルに嫌悪感がない。何かヤバイ薬を嗅がされている可能性はある。
「……大抵どんな状況も相対的だもんね。君の話は大体合ってると思う。僕らはニムイの神を信仰していて、いつも異教の星を探してる。距離とか地上環境とか、それぞれの星の知的生命体がどんなデザインでどんな文化を築いてるか長い時間をかけて観察し、準備ができると布教に向かうんだ」
「デザイン?」
「そうだよ。環境や種族ごとにコミュニケーション方式もそれぞれだし……ニムイ
似てる〜、と俺はネット動画でモノマネを観た時みたいに言った。実際似てる。
身長は同じくらいで直立歩行、手も足も二本ずつ、指も片側五本ずつ。足は見えないけど。顔の様子も目と眉が二つずつ、鼻と口が一つずつ、鼻の穴は二つ、耳も二つでほぼ同じ。ほぼというのは、何ていうんだろうな、北欧ぽいとかメキシコぽいとか、そういう感じで何か、知らない遠い土地の人種っぽい顔に見える。肌の色だけがちょっと違っていて、濃いめの小麦色にシマウマみたいな太い
布教先に受け入れられやすいよう似た容姿の人々を寄越すというのは合理的なやり方に思えた。例えばゴジラや
グルグルの瞳は緑色で髪と睫毛はミントグリーン。嘘みたいに綺麗な色で、子どもの頃は真っ白なのが成長に従い色づくのだという。ここは地球人と似てないな。
「その布教なんだけどさ」
他星交流する者には官費で生体組み込みされるという自動翻訳システムでグルグルは流暢に喋る。
「中止しようかなって思って」
「え何で。お前、信仰心疑われないの?」
「うん。あのねえ」
グルグルは少し言い辛そうにしながら。
「実は、船の着地がほら、あれだから。僕の船は僕しか生きてない。もう一隻は乗組員の呼吸適応が済む前に外殻破損して全員即死」
「え? ああ、お前らって地球人とガス交換のタイプ違う?」
「結構違うから酸素のないとこに放り出されるとか海中に放り出されるとかに近い感じ」
「うわ溺死かよ」
「他にも三隻いたけど、ひとつが月に衝突して位置を変えちゃってもちろん全滅でしょ。合計五隻が四隻になって、システム判断で半分が月を元の位置に復帰、半分が地上降下ってことになって」
嫌な予感がしてきた。
「……二隻はそれぞれのメインエンジンで月を押して位置を修復済。水が引き始めてる」
「あ、ほんとだ」
さっきまで全体水没していたビルの頭が水面に出てきている。何処ぞの巨大看板やら自動車やらが斜めに引っかかっておかしなことになってはいるが。
「あと最終的に自爆したので」
「何で!?」
割と真剣に俺は言った。
「僕らの星は、ニムイの中でも科学技術はそこまで進んでないんだ。今回は布教のために教団から船の提供があって、他の先進星から技術導入もした。でも本来僕らこんな高性能の船に乗ったり星間飛行したりはやったことなくて遭難死覚悟だったし、現実に最初は十二隻いたのが地球圏到着時には五隻に減ってて」
スペース鑑真みたいな話になってきたぞ、と思ったが口には出さなかった。グルグルがやっつけで得た地球データはあまり多そうになく、キリスト教が分かってプロテスタントとかピサロが分からない粒度なら仏教が分かってもナーガールジュナや鑑真は分からないだろう。話の途中に敢えて混乱させる必要もない。
「月の位置復元に行った二隻はここまでの航行でもうかなりダメージ受けてて、地上降下も母星帰還もできないって理由でその役目になったんだよね。それで、月の位置を大体直すのに全燃料必要になって自爆選択。悲しまなくていいよ。僕ら、布教のために死ぬのは最高の名誉だから。死後の国では殉教者は神々の末席に加えてもらうことができるんだ」
「宗教にありがちだな」
「うん。それで、結局生き残りが僕だけ」
お前だけ?
「全滅判断されると思うから、布教が進んでなくても僕は平気。でね、考えたんだけど――」
水の引き始めた廃墟の街を眼下に、青空を背負って、しましま肌とパステルグリーン頭のグルグルはまるで、告白するかのように。
「――
何て?
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