第40話 怒り

 ベアトリーチェは、2人が座るテーブルの前まで来ると、表情を崩さず名を名乗るだけの自己紹介をした。


「うん。そうだよ。アタシはリセチ。こっちはアル。よろしくね。あ、そこの席、どうぞー。もうすぐ料理も来ると思うし」


「リセチとアルか。よろしくな。では掛けさせてもらおう」


 リセチとアルに向かい合うような位置取りで座るベアトリーチェ。


 いつの間にか周囲の喧噪は落ち着き、好奇の眼差しがそこかしこから注がれる。


(なんなんだ?やり辛いな……)


―――おい、来るぞ来るぞぉ

―――しっ!うるせぇ!

―――久しぶりにアレが聞けるぜ、くっくっく


 ニヤニヤとした絡みつくような視線は、ベアトリーチェに集まっていく。


「私は――」

 

 ベアトリーチェは気にせずアルとリセチの目をしっかりと見つめる。


 ベアトリーチェが口を開いた瞬間、コソコソ話が吸い込まれるようにして無くなり、一瞬の静寂が訪れる。


 静寂はアルとリセチの耳にベアトリーチェの言葉をしっかりと運んだ。


「私は攻撃ができない――」


 最後まで聞き取ることはできなかった。


 笑い声の爆弾が全方位で爆発し、アルとリセチは驚きで体を震わせた。


「な、何なの!?これ!」「うわっ!なんだ!?」


 酒場が震えるような笑い声が徐々に収まってくると、1人の大男が笑いを堪えながら55番テーブルに歩み寄り、声を掛けてきた。


「ぷっ、くくっ……おい、お前ら。ここは初めてか?」


「え?初めてだけど、何か?」


 リセチは険しい表情で冷たく答える。


 アルはリセチの態度を見て、『リセチには、なぜこの状況が起きたのかが分かっている』かのように見えた。


「やっぱりそうか!グゥアッハッハ!悪いこたぁ言わねぇ。このアマは止めとけ。こいつはな――」


「ねぇねぇねぇ、おじさんおじさん。アタシ達ね。この人と話したいの。放っておいてくれる?」


(リセチ、イライラしてる……大丈夫かな?)


 明らかに不服そうな顔で大男の話を遮るリセチに、アルは不安を覚えた。


 案の定、気を悪くした大男は、大声でリセチを罵る。


「このクソアマ!俺が親切に教えて――」


「だーかーらー!ちょっと黙ってって言ってんでしょ!?」


 乱暴に席を立ったリセチの圧に大男は半歩後ずさる。


 一瞬、驚いた表情をした大男は、自分の胸付近までしかない小柄な女に気圧された事実に気付き、顔を真っ赤にして怒り出す。


「てめぇ!調子に乗るなよ!」


 大男は右手でリセチの首を掴み、軽々と持ち上げる。


 すると今度はアルの目の前にいたベアトリーチェが乱暴に席を立つと、左手で大男の手首を掴む。


「その辺にしておけ。私の客に手を出すならまずは私が相手になろう」


 ベアトリーチェの表情は崩れていなかったが、目には怒りの感情が籠っていた。


「てめぇら女の分際でこの俺に盾就くとは生意気なんだよ!ぶっ殺してやらぁぁ!!」


 大男はそう叫ぶと、右手に持っていたリセチを脇に放り投げ、空いた右手で渾身のストレートをベアトリーチェに放つ。


 右の拳が届くまでのその一瞬、ベアトリーチェはアルが視認できないほどの速さで、左半身を大男の胴体にぶつけてかちあげた。


 すると、ベアトリーチェの2倍の体重はあろうかという大男の体は、重力を忘れたかのように宙に浮き、床に後頭部と背中を激しく打ち付けた。


そこへ騒動を聞きつけたであろう男の店員が駆けつけ、大男を羽交い絞めにして拘束した。


「デヨングさん!ここでの暴力はご法度だといつも言ってるでしょ!」


「うるせぇ!離せてめえら!俺の親切心をこいつらはバカにしたんだ!離せゴラァ!!」


「くッ!暴れないで!頭を冷やしてきてください!これ以上暴れるなら、出禁にしますよ!?」


「うるせぇ!このヤロウ!!」


 デヨング呼ばれた大男は店員に引きずられるようにして退店していった。





◆◆◆お礼・お願い◆◆◆


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

読んでいて


『アルコールが入って暴れる奴は迷惑だな!』


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