第39話 ベアトリーチェ
「うーん。事故物件な気がするなぁ」
「え?な、なんで?どこが?」
「まず、この能力値や習得内容で経歴が無いっておかしいよ。きっと実際会ってみたらヤバイ奴なんだろうね」
訝しげに戦歴紙を見るリセチに、アルは食い下がる。
「もしかしたら、最近傭兵として登録したのかもよ?まだ誰も見つけてなかっただけかもしれないじゃん?掘り出し物ってやつだよきっと!」
「それは無さそう。この紙、見てよ。結構ボロだよ」
アルはリセチの持ってる戦歴紙と掲示板に貼ってある戦歴紙を見比べると、確かに色味や質感が違っていた。
「普通は一度冒険に出たら更新するの。能力値が上がってる時もあるし、なにより経歴欄を更新したいからね」
「経歴欄……更新はすぐの方が良いの?」
「経歴があればあるほど、雇う側としては信頼できるからね」
「そっか。じゃあこの人は長い間雇われてないってことなのか」
そう言われてしまうと、リセチに渡した戦歴紙が怪しく見えてきてしまった。
「でも、せっかくだし会ってみよっか。アタシの想像以上に初心者パーティを相手してくれそうな人が少ないし。今日はちょっと運が悪いのかなぁ……」
リセチは1時間程探せば2、3人はピックアップできると踏んでいた。
「そうだよ。会ってみようよ!」
アルの後押しもあって、リセチは戦歴紙を酒場中央にある受付に持って行った。
「はい。ご指名ありがとうございます。では、これからお呼びするので、55番のテーブルでお待ちください。何か注文はありますか?」
受付の女は素早く手作業をしながら、スラスラと流れるように話した。
「そしたらパンとソーセージを。あと、ビール。全部3人分でお願いしまーす」
リセチの言葉に顔を上げ、ニコリと笑顔を作ってかしこまりましたと告げると、すぐに手元の作業に目を移してしまった。
2人は受付を離れ、55番のテーブルを探し当てた。
「あ、ここだ。アルー、あったよー!」
木製のテーブルの隅に掘られた番号を見つけたリセチは周辺を探していたアルに声を掛ける。
「さて、どんな人が来るんだろう」
「名前からして、きっと女ね。この国では物理系の能力が高くなりやすい男が優遇されやすいと言えど、女の前衛職もいるからね」
そんなことを話してると、周囲がざわつき始めた。
―――おい、見ろよ
―――誰だよ、アイツ依頼した奴は
―――あそこのテーブルのガキ共見たことねぇな
「なーんか……嫌な感じね」
眉をひそめたリセチが呟く。
酒場の喧噪の中、リセチの声は不思議とアルにも聞こえていた。
それはアルもリセチ同様に、嫌な空気を感じ取っていたからかも知れない。
ざわつきが徐々に大きくなり、その渦中を真っ直ぐこちらを見て歩いてくる女がいた。
(きっと……いや絶対、あの人だ)
周囲の騒音を意に介していないことが窺える凛とした表情は、見る物に強さと美しさを感じさせる。
赤茶色の髪は肩より少し伸び、毛先はややくせ毛で、ゆるく縦に巻かれていた。
茶色の厚布でできた服を纏い、大股で真っ直ぐこちらに向かってくる。
「私はベアトリーチェ。私との交渉を望んでいるのは君たちで合っているか?」
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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