第32話 呪紋屋

 2人が宿屋を出て、ギルドまであと少しという所まで来ると、ギルド付近が騒がしかった。


 ギルド前では、みすぼらしい恰好の中年の女が、髪を振り乱しながら、冒険者風の男に大声で叫んでいた。


「いいですか!皆さん!何度も言いますが我々人間が『神ノ蟲』を殺すなどということは……ぎゃっ!」


「いい加減にしろ!うるせーんだよ!クソババア!」


 枯れ枝のように細い女は、冒険者風の男が軽く払いのけただけで尻もちを付いた。


「リセチ、あれは?」


「あぁ……あの人は『聖蟲教団』の人だよ。教団と言ってもあの人くらいしか所属してないらしいけどね」


「『聖蟲教団』?初めて聞くな。どんな教団なの?」


 2人は『聖蟲教団』の女が懲りずに他の冒険者へ何かを訴えかけているのを遠目で見ながら話を続けた。


「かなり過激らしいよ。食人巨蟲は神から遣われた神聖なる生き物だから殺しちゃいけない。殺したらバチが当たるぞー!って説いて回ってるらしいんだけど、まぁ……ねぇ?あの蟲を殺すなって言われてもって感じだよね」


「そうだね。そんなこと言ってるやつがいるなんて……なんていうか、ちょっとショックだ」


「そうね。ちなみにこのゴ―シップの町では有名なおばちゃんらしいの。アタシも昔、任務でこの町に来た時に見掛けてね。仲間に聞いたんだ」


 食人巨蟲を神聖な生き物として扱う女だと分かると、怒りにも似た感情が心に湧き上がってきたアルは、リセチに小さな声で、もう行こうと声を掛けてその場から逃げるようにギルドに向かった。

 

――

―――


「す、すごい金額になったね」


 ギルドから出てきたアルは我慢しきれず言葉に出した。


「うん。ギガのやつケチケチ使ってるなと思ったら、こんなに貯めこんでたなんて……『近いうちにパーティを補強する!』とか言ってたから、その資金だったんだろうなー」


 『狂火乱武』が積み立てていた貯金、約2000万ゼニ。馬車に残っていた不要なアイテムや資材が約300万ゼニ。合計約2300万ゼニとなった。


「リセチ、これから買い物に行くんだよね?お金全部預けてきちゃったけど大丈夫なの?」


 興奮でまだ呼吸が落ち着かないアルが鼻息荒く尋ねる?


「うん。支払いの時に『ギルド払い』にするから大丈夫。ギルド払いにすると、お店とギルドのやり取りになるから、冒険者は何も持たずに買い物ができてラクなんだー」


「それは便利だね」


「うんうん。ま、買いすぎちゃって大変になることもあるけどね。ここ右に曲がったら……あ、見えた。あそこが呪紋屋だよ」


 大通りから人通りがほとんどない小道に入っていくと、それはあった。


 窓から中を覗こうにもガラスの質なのか、はたまた内部が暗いからなのか、様子をうかがうことは難しかった。


「こんにちはー」


 リセチは挨拶と共に扉を開け、暗い店内へと臆せず入っていった。


「いらっしゃい。あれま。これは随分と若いお客さんだねぇ」


 店内に居たのは、白髪で細身の老婆だった。老婆は木製の椅子に座り、本を読んでいるところだった。


 老婆は読みかけの本を閉じ、しわがれた声で優しくリセチを招き入れた。


「おや、後ろの坊やも随分と……あらあら、お嬢ちゃんと同じか、もっとお若いのかい?」


 リセチの後を追って入店したアルを見つけると、老婆は笑顔でしわくちゃだった顔に更にしわを増やして出迎えた。


「アタシはリセチ、こちらはアルです。よろしくお願いします」


「そうかいそうかい。リセチとアルだね?私はバーバ・ヤーガ。バーバと呼んでちょうだい」


「良い名前ね。よろしくバーバさん!」


 リセチはにっこりと笑い、親しみの籠った笑顔をバーバに送った。


「まぁまぁ!なんて美人さんのかしら!さ、さ、立ってないで座んなさい!ほらほら!」


 リセチとアルが言われるがまま腰かけると、バーバが優しい笑顔で話し始めた。




◆◆◆お礼・お願い◆◆◆


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

読んでいて


『呪文じゃなくて呪紋なのね!』


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