第20話 異形の口

「うわぁ!!」


「どうしたの!?アル!敵襲!?」


 瞬時に戦闘態勢を整え周囲を確認したリセチにアルが訂正を入れる。


「ぼ、僕の左腕が……」


「え?左う……ひゃっ!何それ?」


 左腕から生えていた虫の足や羽などの虫の欠片が消え、黒く光沢のある外皮に覆われた左腕がそこにはあった。


 黒光りしてる以外は人間らしい見た目に戻ったかと思っていたが、手のひらだけは違った。


 アルの手のひらにはがあった。しかも人間のそれではなく、異形の口。


 最も目を引くのが、異形の口の口角部分。そこには鉤爪が2本ずつ付いており、まるで寄ってきた獲物をかき集めるために生えているかのようだった。


 カニの足のようなそれが、手から生えている事実には嫌悪感しか抱かない。


 口の中には、悪意すら感じる刺々しい牙が無数に生えており、牙の隙間からは、飢えた獣のように唾液が溢れ出ている。


(一体何なんだ……勘弁してくれよ)


「アル……また新しい能力に目覚めたの?」


 アルはリセチと話し合い、異形に口に対して様々な実験を行った。


 水や食べ物、木の枝や人の指まで、口に入りそうな物は全て突っ込んでみたが、何も反応しなかった。


「何にも食べないねー、この子」


 リセチがつまらなそうに異形の口に生えてる鉤爪をつつく。


「この子って……」


「そういえば、この子ってなんで出てきたんだろ?」


「たぶん僕が念じたから、かも」


「念じた?そんな簡単なことで?」


「前も似たようなことがあったんだ。僕が左腕に生えた虫の足や羽が動き続けることに腹が立って『動くな』って念じたら、ピタッと止まったんだよ。今回も『何か役に立ってくれ』と念じたら姿が変わったし」


「ふーん。随分と都合がいいじゃん。で、役に立つってどんなことできるんだろうね」


「なんだろうね。魔法でも使えるといいんだけど――うっ!」


 アルが言い切るかどうかのタイミングで強烈な眩暈がアルを襲った。


 体の力が一気に抜け、膝をつく。


「なに?なに!?今度は何だってのよ!」


 リセチの慌てた声がアルにはぼんやりと聞こえていたが、次第に声が遠くなっていく。


――

―――


 そこは、魔転送が成功する直前に訪れた森の中だった。


 しかし、前回とは違い今回は夜だった。


 月明りが上空の木の葉のカーテンを突き抜け、森の一角にある井戸を照らしている。


 アルは吸い寄せられるようにその井戸に近づき、中を覗き込んだ。


 底には黒い液体が溜まっていた。


(血?血なのか)


 井戸が明りで照らし出されたとはいえ、所詮は月明かり。井戸の底に薄っすらと溜まる液体を、普通なら断定できるわけもなかったが、アルは直感していた。


(血を……使いたいのかな?)


 アルの問いかけに呼応するように、底に溜まった液体がゴポリと音を立て泡立つ。


(いいよ。使って)


 不思議とアルには恐怖感は無かった。誰に、なぜ許可を与えるのか分からないまま、念じた。


 すると、粘度の高い黒い液体が、井戸の中で水かさを増していく。


 溢れそうになったところで、アルは顔を引っ込めた。


 その瞬間、前回より激しく、禍々しく液体は噴き出し、森を黒く染めていく。


 月明りの元で見る森は黒に近い、赤だった。


――

―――


「アル!!起きてってば!!」


「……ぅんん?」


「ちょっと!大変なことになってるってば!」


 アルが目を覚ますと、視界に入る空の広さから、自身が仰向けに倒れているのだと直感的に理解した。


 急いで体を起こすと、周囲はまるで台風でも来たかのように、風が吹き荒れていた。


 木々は前後左右に大きく揺さぶられ葉を散らしている。


 その風の出所はアルの左手だった。


 異形の口がモゾモゾと動き、手のひらサイズで血のように赤黒い魔力の球体を生成していた。


「これは、一体……」


「アル!その魔力の塊!暴発したら危ないからどっかに放って!!」


 髪が降り乱れるのを必死に抑えながら、リセチが叫ぶ。




◆◆◆お礼・お願い◆◆◆

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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『アルの能力は使い物になるのか!?』


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