第13話 朝のお迎えと登校


「おはよう、きーくん」


 朝の支度をしてマンションから出ると、一階のエントランスに詞の姿があった。


 昨日も見たはずの詞の制服姿を前に、俺は今の状況を含めて少しだけ魅入ってしまう。


 ……まさか、朝から女の子に迎えに来てもらう高校生活が待っていたとはな。


 それも、昔遊んだ親友が美少女になって迎えに来てくれるのだ。


 こんなラノベの中みたいな出来事って、本当に起こるものなんだな。


「きーくん?」


「いや、なんでもない。おはよう、詞」


 俺は詞が首を傾げるのを見て、慌てて誤魔化して歩き出す。


「あ、まってよ、きーくん」


 詞はそう言うと、俺の隣に並んで歩き出す。


 詞が駆け寄ってきたせいか、甘い香りに鼻腔をくすぐられる。


 ……これで、男友達の距離間を意識するのは難しいって。


俺はそんなことを考えながら、極力詞が異性であることを意識しないように心がける。


 しかし、その心がけは、すぐに意味のないものになるのだった。


 少し歩いて学校の近くになると、昨日詞と一緒に下校したときと同じような視線を向けられていた。


羨むような男子たちの視線に気づかないフリをしても、俺たちに向けられている声ははっきりと聞こえてくる。


「嘘だろ、小鳥遊さん。昨日の噂は本当だったのかよ」


「朝から一緒に登校してくるってことは、もう手遅れなのか……」


「ああ、俺たちの小鳥遊さんがぁ」


 そんな朝から絶望するような声を聞きながら、俺はなんともないような表情で詞の隣を歩いていた。


 なんか朝から凄い注目されてしまっている。


 すると、隣を歩く詞がトンっと肩を軽くぶつけてくる。


「みんなの小鳥遊さんを占領してる気持ちはいかがかな?」


 詞が悪ノリをするようにそう言ってきたので、俺は軽く顔を引きつらせる。


「罪悪感が半端ないっすね」


 俺たちの周りにいる男子たちは、詞のことを良いと思っている人たちだ。


 そんな人たちに対して、朝から今の状況を見せつけるのは、なんとも罪深いことだろうか。


 俺がそう考えていると、詞が先程よりも少しだけ俺に近づく。


 何かを企むような表情を前に、俺は少しだけ警戒をして詞を見る。


「詞。前みたいに近づきすぎて勝手に自爆するなよ?」


「じ、自爆なんてしてないから。それに、今回は前みたいな失敗はしないし」


 詞はそう言うと、自分の両手を胸の位置で固定してニッと笑う。


「これなら、手がぶつかることはないでしょ?」


 それから、詞は得意げな顔で俺を見つめながら肩と肩がぶつかり合う距離まで体を寄せる。


「私のことを自爆って言ったってことは、きーくんはどれだけ私に近づかれても問題ないんだよね?」


 詞はそう言うと、耳の先を赤くしながら俺の顔を覗き込んでくる。


「だって、私たち男友達だもんね?」


 詞はそう言って、これでもかというくらいに肩を当ててくる。


 い、いや、そんなに肩を密着されて何も思わないわけがないだろ。


 俺はそんなことを考えながら、何でもないように冷静を装う。


 いやいや、良い匂いとか柔らかい感触とかあって意識しないのは無理だ。


「あれ? きーくんは。顔赤くなってる?」


 詞は目をぱちくりとさせて、微かに笑みを深める。


 この状況で意識していないふうを装うのは無理だ……。


「お、おい、小鳥遊さんがあの男にべったりだぞ!」


「デレデレじゃないか! 何かをねだっているようにも見えるな……」


「わわっ、小鳥遊さんってあんなに積極的なんだな」


 すると、俺たちの周りにいた男たちのざわつきが大きくなった。


「っ」


 そして、それに伴うように詞の顔もどんどんと赤く染まっていく。


 それからしばらくして、詞は顔を俯かせて俺から少し距離を取る。


「私はね、気にしてないんだけどね。きーくんの顔が真っ赤だからやめてあげるの」


 詞はやかんでも湧かせるんじゃないかというくらい顔を赤くさせながら、ぽつりとそんな言葉を呟く。


「そ、そうか」


 どの口が言っているんだと言ってやりたかったが、俺も人のことを言えないかもしれない。


 俺は離れてもしばらく残っている詞の肩の感触を思い出して、また少し体を熱くさせるのだった。

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