第3話 お昼ご飯を共に
「ふぃー。とりあえず、午前中終了か」
俺はため息まじりにそんな言葉を口にして、机の上に広がっている教科書類を片付ける。
それから、俺は机の上にコンビニの袋を置く。
……結局、詞とあんまり話せないままだな。
俺は詞になんで自分のことを俺に男の子だと言ったのか、その理由さえも聞けずにいた。
久しぶりに会ったのだから、色々と会話をしたいと思ったのだが、休み時間の度にちらっと詞を見ても、詞には不満げな顔をされるだけだった。
そして、他のクラスメイトたちとの会話を試みたりもしたのだが、中々上手くいかずにいた。
はぁ、こんなときに、俺にコミュニケーション能力があればなぁ。
俺はそんなことを考えながら、一人虚しく自分の机でボッチ飯を食べることにした。
「きーくんっ」
「ん? え、詞?」
俺がコンビニの袋から菓子パンを取り出して食べようとしていると、ふいに詞に名前を呼ばれた。
俺が顔を向けると、詞は朝の出来事を忘れたかのような可愛らしい笑みを浮かべている。
「お昼、一緒に食べようよ」
「い、いいのか?」
「もちろんだよ。色々お話もしたいしね」
詞はそう言うと、自分の机を俺の机とくっ付けて、俺の方を向く。
俺はそんな詞の言葉に頷いてから、慌てるように詞と向かい合うように座り直す。
「よ、よかったぁ。すっかり詞に嫌われちゃったかと思ったぞ」
「まさか、嫌いになんてならないよ。今朝は私も色々と驚いちゃっただけだからさ……そう、色々とね」
詞はそう言うと、ふふっと笑みを浮かべる。
俺は不自然なほど上がった詞の口角を見ながら、少しだけ首を傾げる。
「あれ? きーくんのお昼ご飯それだけ?」
「ん? まぁな。色々あって一人暮らしをすることになったからさ、ご飯も適当なんだよ」
「え、一人暮らしなの?」
俺がそう言うと、詞は弁当を広げていた手をピタリと止める。
そういえば、まだ俺が転校してきた理由とかも何も話せてなかったな。
俺はそう考えてから、菓子パンを一口齧って言葉を続ける。
「親が両方海外出張に行くことになってな。未成年を一人にさせておくわけにはいかないってなって、おばさんの家が近いこの街に引っ越してきたんだよ。何かあったら頼れる大人が近くにいた方がいいってな」
まさか、高校に入学してから、数か月で別の高校に転校することになるとは思わなかったが、一人暮らしの環境を用意してもらえたのはありがたい。
そして何より、高校生で一人暮らしという環境は少し興奮するものがある。
アニメやラノベ好きの俺からしたら、アニメの主人公みたいな環境で生活できるというのは結構テンション上がったりするんだよな。
俺がそう言うと、詞は思い出したような声を漏らす。
「あー、そういえば、きーくんの両親ってすごい人たちなんだっけ」
詞は思い出すようにそう言うと、いただきますをしてから弁当に手を伸ばす。
「んー、どうなんだろうか? それよりも、詞は何でこの街に?」
「私はお父さんの転勤でこの街にーーって、違う違う。今はのんびり会話に華を咲かせている場合じゃないっ」
「詞?」
詞は話の途中で言葉を遮ると、頭を横にブンブンと振る。
一体どうしたのだろうかと思って見ていると、詞は微かに頬を赤くして俺をじっと見る。
それから、徳気な顔をしてニヤッと笑う。
「きーくん、それだけだとご飯足りないでしょ? 少しお弁当分けてあげる」
「え、まじで?」
「うん。取り分けてあげるね」
詞はそう言うと、お弁当の蓋にいくつかおかずを取り分けてくれた。
形の良い卵焼きや、食欲をそそる色をしたから揚げを前に、俺は喉を鳴らせる。
すると、詞はおかずを取り分けてから、何かに気づいたような声を漏らす。
「あ、ああー、でも、箸がないかなぁ。これしかないみたいっ」
詞はそう言うと、自分が持っていた箸を俺に手渡す。
「これだと間接キスになっちゃうなー……でも、きーくんは私と間接キスしても気にならないんだよね? だって、私たち男友達なんだから」
詞はそう言うと、唇をきゅっと閉じる。
自然と柔らかそうな唇に視線がいきそうになったので、俺は慌てて視線を逸らす。
いやいや! 気にしないわけがないだろ!
久しぶりに会った親友が美少女になっていて、その子と間接キスをしようとしているなんてシチュエーションを前に、意識しない男なんかいないだろ!
というか、なんでずっと自分を男の子だって言ってんだ?
……分からない、詞の考えていることがまるで分らない。
俺は頭を抱えて唸りながら、詞が俺に渡してきた箸を見る。
ん? いやいや、まて。
この箸って、まだ詞が口をつけてないんじゃないか?
まだ詞は弁当を食べてはいない。この箸は、現時点ではただ俺に弁当を取り分けてくれただけの箸だ。
つまり、ただの菜箸扱いということになる。
「うん。それなら、気にする必要はないのか」
「へ?」
俺はそう言うと、きょとんとしている詞をそのままに、箸を使ってひょいひょいっと取り分けてくれたおかずを口に運んでいく。
「え、え⁉」
「んんっ、美味いな。卵焼きもから揚げもお店の物みたいに美味いぞ」
「ちょ、ちょっと、きーくんっ」
詞はあわあわとしながら俺を止めようとするが、俺はそんな詞を気に留めないように取り分けてくれたおかずを食べていった。
そして、おかずを食べ終えた俺は、さっきよりも確実に顔を赤くしている詞に弁当の箸を返す。
「ごちそうさま。まじで美味かったよ、ありがとうなっ」
「……か、間接キス気にしないの? 気にしてるのは私だけ?」
詞は俺と箸を交互に見ながら何かを呟いていた。
よく聞こえないが信じられないような物を見る目で俺を見ている。
一体、詞は何て言っているのだろうか?
それから、詞はじっと箸を見つめてから、意を決したように箸を持って弁当に手を伸ばす。
カランッ。
「あっ」
しかし、詞は弁当のおかずを箸で掴むよりも先に、持っていた箸を床に落とした。
「あぁっ」
詞は少し残念そうな声を漏らしてから、何かに気づいたように顔を上げる。
それから、詞は俺と目が合うと、恥ずかしそうに唇をきゅっと閉じる。
「あ、洗ってくる」
詞はそんな言葉を残して席を立つと、小走りで教室を出ていった。
俺はそんな詞の後ろ姿を見ながら、小さくため息を漏らす。
……意識し過ぎだろと言ってやりたいが、俺も人のことは言えないだろう。
詞がいつも使っている箸だと考えてしまって、俺も緊張していたわけだしな。
「あれ? 詞知らない?」
俺がそんなことを考えていると、詞の前の席の女の子がどこかから帰ってきた。
確か、休み時間の時に自己紹介をされたっけな。名前は橘茜(たちばなあかね)と言っていた気がする。
「ああ、詞ならさっき箸を洗いにいったけど」
「箸を洗いに?」
橘はそう言うと、不思議に首を傾げる。
俺が橘に事の顛末を説明すると、橘は呆れた表情をして教室のドアを見ていた。
「そうだ、橘。一つ質問してもいいか?」
「質問? なにかな?」
橘は目をぱちぱちとしてから、俺を見る。
俺は念のために詞が戻って来ていないことを確認してから、視線を橘に戻す。
「詞、なんで自分のこと男の子だって言ってんの? 誰がどう見ても女の子だろ?」
「ふへ?」
俺がそう聞くと、橘は間の抜けたような声を漏らした。
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