第17話 別の選択肢
ここらでなぜ俺が料理研究会に入ることになったかを簡単に説明しておこう。
そもそもこの料理研究会の構成員は現状、会長と俺の二人だけだ。元々、この料理研究会は少人数ながら細々と存続してきたらしいのだが、俺が入会する前、つまりは会長が一年生の頃には既に会員は彼女一人になっていたらしい。要するに、完全に会員がゼロ人となっていた廃部ならぬ廃会の時期があったのだという。入会届が緩かったり、活動がほとんどあってないようなものだったりというのはそうした伝統の断絶があってのものなのかもしれない。
兎も角、会長は一年生ながら会員ゼロ人状態の料理研究会をわざわざ復活させ(それはもはや発掘と言ってもいい)、そこから一年間独りぼっちでこの研究会を運営してきたのだという。まぁ運営してきたと言っても活動実態はなかったみたいなので、究極的には帰宅部とほとんど変わらなかったようだが。
そうして会長が二年生に進級、そして俺がこの高校に入学したタイミングで、とあるイベントがあった。詳細はこの場では割愛するが、そこで俺がそれなりに料理を嗜むことを知った彼女は「暇なら入れば? っていうか入りなさいよ」と半ば強引に俺を入会させたのである。ちなみに、会員二人のため、副会長はなし崩し的に俺が任命される形となる。今の活動形態において、その役職に意味があるのかは甚だ疑問だが。
そもそもとして、ギャルであるところの会長がなぜたった一人で料理研究会に入ることを決めたのかは未だによく知らない。というより、本人はそこら辺をあまり話したくないみたいなので俺から訊くのもなんだか違うような気がしていた。ただ、会長が料理上手ということらしいというのは、雑談の端々からも感じ取っていた。それが単なる趣味なのか、家庭の事情なのか、はたまたそのどちらでもないのか、俺には知る由もないが、きっとそれなりに凝った美味しい手料理を作るのだろう。いつかはご相伴に預かってみたいところである。
残念ながら料理研究会と言っても、家庭科室を貸し切って料理を作ったりだとか、そういうことは一切しない。というか食材調達やら金銭面やら器材やら、家庭科室で出来ることには大いに限界が存在する。
じゃあ何をする同好会なんだよと聞かれれば、今日のように暇を持て余しながら、もとい暇を弄びながら、雑談に興じるというのがもっぱらの活動内容であると答える他ない。
それが活動と呼べるのかはさておいてほしいところである。
「――と、いう感じです」
そうこうしている間に、俺が会長に杠葉や神楽坂と関わることになった経緯について、センシティブな部分を上手いこと伏せながら掻い摘んで説明する。
さすがに一条と神楽坂の浮気現場(それも偽のものだったのだが)を目撃したとか、復讐に付き合っているとか、それらが全部神楽坂に仕組まれたものだったとか、そこらへんは説明していない。別に会長を信用していないわけではないが、俺が他人に話していいことでもないだろう。
ひょんなことからクラスの陽キャ女子から恋愛相談を受けるようになったこと、
彼女の相手がクラス一番のイケメン男子であること、
恋愛相談というのがそのイケメン男子がクラス一番の美人に惹かれているらしいということ、
文化祭の準備でそのクラス一番の美人と接点が生まれ、少し仲良くなったこと、
その美人は陽キャ女子に対して思うところがあり色々と相談を受けていること。
こんな感じでだいぶ話をマイルドに混ぜっ返して伝えたのであった。
聞き終えた会長は、まさしく新たなおもちゃを手に入れた子どものように目を輝かせる。
「ふーん、なかなか面白い三角関係に巻き込まれてるじゃん。というかその中にアンタが入ってるのマジウケる」
「三角関係どころか
「あはっ、でもアンタちゃんと頑張ってんじゃん。ちょっと見直した。っていうか悪かったわね、さっきはアンタが何もしてないみたいな言い方しちゃって。お詫びとご褒美に頭撫でたげる」
「いえ、結構です」
「遠慮すんなって」
ニヤニヤしながらこちらににじり寄り、俺の言葉もお構いなしにグリグリと頭を撫でられる。手首にかけられた薄い黄金色のブレスレットがチャラチャラと音を立てる。ギャルらしい見た目に反してその爪は短く切り揃えられているのがなんだか意外だった。
会長クラスの美人にこんな間近まで迫られると、なんというか普通に照れてしまう。恋人でもなければ友だちですらない、たまに会うだけの後輩の頭を気軽に撫でるんじゃない。勘違いしてしまうだろうが。
「どうよ、ウチのナデナデは。思わず頭を差し出したくなるナデナデだって評判なのよ」
会長は俺の頭をわしゃわしゃと乱しながら屈託のない笑みを浮かべ、得意げに言った。
この人はこうやって無自覚に人を垂らしこんでいくんだろうなぁ。
つーか、そんなことで感想を求めてくるんじゃねぇよ。
「まぁ、なんというか――」
しかし、ここで素直に喜ぶのもなんだか癪だった。
というか普通に照れくさい。
これじゃあまるで年上の綺麗なお姉さんにスキンシップされて、子ども扱いされたことに苛立ちつつも嬉しさを隠せないガキみたいじゃないか(というかそのままである)。
俺はほんの少し口ごもり、舌先で上の奥歯をなぞった後にこう言った。
「なんだか母親に撫でられてるみたいでとても安心しま――痛い痛い!!」
会長は俺が言い終わるのを待たずに、俺の頭皮を抓りあげる。
頭皮って抓ることができるんですね。とても痛いです。
「アンタに友だち出来ないの、そういうとこだよ」
呆れたようにそうボヤいた会長は、元いた椅子にストンと腰かけ足を組む。スラっと伸びた綺麗な御足がとても眩しい。
「まぁでも、話を聞いている限りでは今んとこ陽キャ女子ちゃんの一人負けって感じね」
「そうなんですよね……」
だいぶかみ砕いた説明にはなってしまったが、俺が悩んでいるポイントはしっかりと伝わったらしい。
正確にはどう転んでもバッドエンドな一条がぶっちぎりの負けではあるのだが、まぁそれは些事だろう。
「で、アンタはどうするつもりなの?」
「……どうするとは?」
「とぼけんなってーの。僕は悩んでますってご丁寧に顔に書いてあんのよ。アンタ、何をどうしたいのよ」
会長は見透かしたようにそんなことを言う。
「……正直、どの立ち位置を取ればいいかわからないんですよね。最初に相談を受けた子の味方ではあるつもりなんですけど、見聞き知り得たこと全部を彼女に話すわけにもいかなくて、どうにも手詰まりというか」
「はぁー? 何言ってんの? それ、ウチの質問に対する答えになってないじゃん。出来る出来ないじゃなくて、アンタ自身がどうしたいか聞いてんだけど?」
会長の言葉は突き刺すように鋭い。
俺は一瞬、言葉に詰まる。
「……どっちの女の子も裏切りたくない、です。あいつらが
「相変わらずめんどくさいこと考えてんなー、アンタ。なんなの務めって、誰もアンタにそこまで期待してないっての、キモッ」
そこまで言わなくても。
容赦がなさ過ぎて普通に泣きそうになる。
会長は鷹揚に足を組み替える。
「ていうかさぁー、やりたいことハッキリしてんなら答えは一つじゃん? どっちも裏切らないようにアンタが上手く立ち回ればいいだけのことでしょ」
「や、でも、それは――」
「アンタ賢いんでしょ? だったら考えればいいじゃん。なんとかして二人を裏切らずに済む方法見つけなさいよ。用意された回答が必ずしも正解とは限らないでしょ。答えはアンタが見つけるの」
会長の叱咤激励が心に響く。
俺は確かに杠葉にすべてを話すか話さないか、神楽坂に用意された二択の中で物事を考えてしまっていた。否、それしかないのだと思い込んでいた。
けれど、きっとそれは逃げだ。自分の意思で、自分の考えで彼女たちを傷つけたわけではないのだと――自分が悪者になりたくないがための予防線でしかなかったのだろう。
裏を返せば、俺が悪者になる覚悟があれば選択肢は拡がるはずなのだ。
覚悟。
勇気。
「詳しい話は知らないからあんま具体的なアドバイスは出来ないけどさ、アンタって不器用だけど不器用なりに色々考えるタイプじゃん。一年も付き合ってりゃわかるよ。ダメならダメなりに、ダメ元でもっと最後までアンタらしく足掻いてみたら? それでも本当にダメだったらまたウチがアンタの頭を撫でてあげるからさ」
会長はニヤっと揶揄うような笑みを浮かべる。
突き放すでもなく近づきすぎるでもなく、
人付き合いが苦手な俺がなんだかんだでこの同好会に未だ残っているのは、他者に踏み込み過ぎない彼女のスタンスあってのものだ。会長との関係性はクラスメート以上友だち未満という感じで、俺にとってこの場所は秘密基地のような居心地の良い空間になっていたのである。
この学校で唯一の、唯一無二の空間だ。
しかし、会長って母親属性あるよな……。
こんなナリだけど意外と面倒見もいいし。
正直バブみを禁じ得ない。
「……ありがとう。ママ、俺頑張るよ」
「次、母親呼ばわりしたらぶっ飛ばすから」
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