第6話 尾行開始
*
放課後。
俺と
「なんなの! ほんと、なんなんだよ!」
杠葉は
こいつは怒ると飲み物を吸い上げる癖があるらしい。
というかまたいちごミルク飲んでるのかよ。
「あいつ日直のペアが神楽坂さんだってこと知らない風だったけどさ、絶対最初から気づいてたと思うんだよね。抜け目ないというか小賢しいというか、あいつって絶対そういうところは見逃さないんだよ。そのうえで、あんな
「乱暴だなぁ」
杠葉が暴れまわった日には、俺は兎も角、クラスの人間からしてみれば青天の霹靂どころの騒ぎではないだろう。
クラスが困惑に包まれている絵面はそれはそれで見て見たくもあるが。
そんなことを考えていると、杠葉は「あっ!」と思い出したように声を上げ、俺を指差す。
「というか、
「バレてたか」
「バレてたか、じゃないよ! バレバレだよ! バレバレ不愉快だよっ!」
眉間にたっぷりと皺を寄せた杠葉に、肩のあたりをコツっと小突かれる。
いや、さすがにあの時の杠葉の顔は笑いを堪え切れなかったんだ。
正直、済まなかったと思ってる。
「お、きたぞ」
「むっ」
その後もぷりぷりし続ける杠葉を宥めすかしながら校門の方を見張っていると、待ち続けて三十分ほど経った頃に漸く二人が姿を現す。
壁際からまず俺が顔を出し、その肩越しに杠葉が覗き込む格好だ。彼女は俺の肩に手をかけ、身を乗り出すようにして顔を出すため、必然身体は密着する形になる。シチュエーションとしては非常にドキドキするものであるのだが、当然のように二人揃って姿を現した一条と神楽坂に対する怒りが再度込み上げてきたらしく、掴まれた俺の肩がキリキリと痛む。
キリキリというかグリグリという感じ。
ねぇ、俺でストレス発散しようとしてない?
「いくよっ、天ヶ瀬くん」
杠葉はそう言うと、鞄からどこかの球団のキャップと黒縁眼鏡を取り出し装着する。
いっちょ前に変装グッズを仕込んできたらしい。キャップの中に髪の毛を折りたたみ手際よく収納していく。
よくよく見てみると、日中は穿いていなかった黒タイツをスカートの下から覗かせている。変装は万全といった具合らしい。
確かに俺と杠葉の二人が歩いているなどが知れ渡れば大問題だ。作戦もクソもなくなってしまう。この擬態でどこまで誤魔化しきれるかはわからないが、俯き加減で歩いていればまぁなんとかなるだろう。
しかし準備がいいなぁ。こいつ意外とノリノリじゃねぇか。
一条と神楽坂の後を追い、俺たちはそろりと歩き始める。
俺たちの高校は小高い丘の上に所在する。周りは住宅地で、繁華街などと違い人の波に身を隠すことはできない。したがって、彼らにバレないよう距離を取りながら慎重に尾行する形となる。
今のところは最寄り駅に向かっているようだった。目的地さえわかっていれば、ある程度距離をとった尾行でも問題なくついていくことができる。
「あの二人、随分堂々と並び歩くんだね……」
「まぁ、今日に関しては、たとえ誰かに目撃されても日直という言い訳が立つだろうからな」
「そうは言ってもあの二人は目立つでしょうに、全く気にしてないのが腹立たしいよ」
黒縁眼鏡を鼻にかけた杠葉が腕組みしながら唸るように言う。
制服にキャップ姿の女子高生の方がよっぽど目立つだろうということには気づいていないらしい。
本人は至って真面目なようなので俺もあえて水を差すことはしないが。
一条と神楽坂は駅に到着すると同じホームに並び立つ。
杠葉の話によれば一条の家は逆方面であるため、この時点でただ方面が一緒だから帰っていたという言い訳は立たなくなる。
電車に乗り込んだ後も「ぐぬぐぬ」言いながら二人をにらみ続ける杠葉を制し、俺たちは尾行を継続する。
到着したのはそこから数駅先のターミナル駅であった。高校の最寄り駅とは異なり、こちらはれっきとした繁華街だ。
無論、大都市のそれと比べれば小規模なものであるが、駅前に建てられた大きなショッピングモールを含め各種施設は充実しており、高校生はもちろんのこと社会人であっても時間を潰すのには困らないだろう。
「こんな人通り多いところで遊ぶつもりなのかな? うちの高校の子なんてそこかしこにいるだろうに、誰かに見つかったらどうする気なんだろ」
「うーん、逆に人が多いからここを選んだって感じがするけどな。ほら、ここなら誰かに見つかってもクラスメートと帰りがけに立ち寄っただけって言い訳が通りやすいだろ。だって杠葉の言う通り、こんな見つかりやすいところで堂々と浮気デートしてるだなんて誰も思わないんだから」
「……つくづく小賢しい真似を!」
杠葉はそう言いつつも懐に構えたスマホで時折二人を隠し撮りしていく。後ろ姿や横顔が中心ではあるが着実に証拠を記録していく。
「証拠が一枚……証拠が二枚……」
「バカなこと言ってないで追うぞ」
その後も見失わないよう二人の後ろ姿を追いかける。
もはや取り繕う余地もないくらいにデートであった。ゲームセンターで遊んだり、雑貨屋を覗いたり、それはもう実に高校生らしい放課後デートだった。あのイケメンのことだからもっとこなれた、こ洒落たデートスポットにでも案内していくものとばかり思いこんでいたが、存外アオハルっぽい感じがしてなんだか毒気が抜かれる。
ファストフード店に入った二人の後を追う形で入店した俺たちは、こそこそとドリンクを注文すると二人に気づかれない程度に離れた席に腰かける。
「ねぇ、わたしといるときより
帽子を目深に被り、微かに覗かせたその瞳からビームでも飛び出んばかりの勢いで二人を睨みつけながら、相変わらず凄い勢いでドリンクを飲み干していく杠葉。
「うぅん、どうかな」
楽しんでいる――のだろうか、あれは。
遠巻きで見ているだけなのでなんとなくの雰囲気ではあるが、神楽坂の方はいつも通りの無表情を貫いているので楽しんでいるかどうかの判別はイマイチつかないし、一条は一条で神楽坂に対し気を遣っているようにも見える。しかしそれはそれでどことなく付き合いたてのカップルらしい初々しさを感じさせて、楽しそうとも言えなくもない。
「ぬぐぐぐ、ここまで来たらやれぇ、やってしまえぇ! もっとわたしに証拠を撮らせろぉ!」
「杠葉はいいのか、それで」
「……やっぱやだぁ……熱は冷めてても、こうしてイチャイチャしてるのを見せつけられると普通に傷つくよぉ……」
半ば自棄になったかのようにスマホを構えたかと思いきや、シュンと落ち込み、手首に引っ掛けた可愛らしい髪ゴムをいじいじと引っ張る杠葉。
俺には恋人の類がいたことはないのでその気持ちは推し量ることしかできないが、目の前で現在進行形で浮気され続けて平気な女性はいないだろう。むしろここまでついてこれている彼女の強靭なメンタルには驚嘆の意を隠せない。今頃ぼろ泣きしていても不思議ではないと思う。
わかっちゃいたが本当に不毛な戦いなんだなぁと今さらながら実感する。
けれど彼女は止まらないだろう。
もう止められない。
真意は未だ明らかになっているわけではないが、少なくとも一条と神楽坂が仲睦まじく放課後デートを楽しむような間柄であることは確定してしまったのだ。
誰にでも優しく、誰とでも打ち解けられる杠葉ではあるが、そんな彼女にもきっと譲れないものがある。この先にどれだけ艱難辛苦が待ち受けていようと、必死で顔を上げ、立ち向かっていくに違いない。
だとしたら俺はいったい何ができるだろう。
目の前で歯を食いしばり、涙を堪える杠葉に対してどんなことをしてあげられるのだろうか。
「……はぁ」
――なんて、俺らしくもない。
普段、人と関わることが少ないばっかりにあれこれ考えこんでしまうのは悪い癖だ。
俺にできることなんて最初からたかが知れている。その時その時で、やれる範囲のことをやればいいんだ。
シンプルにいこう。
俺はそう決心すると席を立ちあがる。
「……天ヶ瀬くん?」
「飲み物追加で注文してくるよ。何か欲しいもの、あるか?」
そう聞くと、杠葉はパァと表情を明るくしてこう言った。
「いちごミルク!」
「あるわけねぇだろ」
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