第4話 陽キャは怖い
昨日のファミレス会議では、一先ずこちらから別れ話を切り出すなどの直接的なアクションは控えることに決めた。復讐の効果を最大にするためには、両手に花の幸せな状態をギリギリまで維持することが得策と考えたのである。物騒な表現になってしまうが、山頂から突き落とすのが一番ダメージが大きいというわけだ。
それは即ち、
今なら、復讐のためには必要だと説明すれば何でもやってしまいそうな危うさがある。そんな感想を抱いてしまうほどに、杠葉の執心は根深いようだった。
まあ浮気された女性というのは皆こういうものなのかもしれないけれど。
「ま、当面の間は様子見と事実確認って感じだな。いざその場になっても証拠がなけりゃ追及しきれないし、逆にこっちが悪者扱いされでもしたら復讐の効果も半減しちまう」
「そうだね、昨日の一部始終は録画しておいたけれど、言い逃れしようとすれば出来てしまうものね。あーあ、もうちょっと覗いていればよかったかなぁ」
ざーんねんと呟いてヒョイと卵焼きを口の中に放り込む杠葉。
食い入るように教室の中を見つめていただけかと思いきや、胸に抱えていたスマホで確りと現場を押さえていたらしい。
冷静過ぎて怖ぇよ。
「まぁ、もしあのままキスシーンでも目撃してたらたぶん教室突入してただろうけれど。そういう意味では撤退のタイミングとしては間違ってなかったかな」
教室に突入した後にどんな行動をとっていたのかまではあえて聞くまい。
「そっちはどう?
「少なくとも教室の中では難しいな。神楽坂のキャラだけじゃなくて俺の立ち位置的に難しい。自分で言うのもなんだけど一番在り得ない組み合わせだろ、ぶっちゃけ。さすがに違和感マシマシすぎて一条にも気づかれちまう」
今回の復讐の肝は俺と杠葉とのリンク、そして俺と神楽坂とのリンクを一条に悟らせないことだ。
どちらかでもバレてしまえばその時点で作戦の半分以上が失墜してしまう。
一応、教室でチャンスがないか窺ってはみたものの、神楽坂詩の周囲には見えない壁が張り巡らされているかのごとく誰も近づこうとはしなかった。
誰も近けないということは、当然俺も近づくことは難しい。
「うーん……あ、そしたらさ、
杠葉は純真無垢に瞳を輝かせて、妙案だとばかりにそんなことを言う。
悪かったな陽太郎のくせに陰キャで。
しかしまぁ、なんというか、陽キャならではの発想だなぁと思う。
現実問題、神楽坂詩に積極的に話しかけられている人間は皆無なため、どんなキャラになろうが違和感自体は消せないのだろうが、それはともかく。
「どうかねと言われてもな……人間そんな簡単に変われたら苦労はしてないだろ」
「うぅん、結局は心の在り方次第だと思うんだけれどね。そもそも天ヶ瀬くんってお話しするのが嫌いなタイプでも、苦手なタイプでもないでしょう? 教室で話しかけてもいっつもそっぽ向かれてたからさ、正直ビックリしたんだよ。いざこうして二人きりで話してみたら、思っていたよりもずぅっと喋りやすいんだもの」
杠葉の包み隠さない本音に、思わずドキリとさせられる。
「……得意じゃないんだよ、友だちを作るのって。みんな平然とやっているけれどさ、どうすれば何もないところから新しい関係性を構築できるのかわからないんだ。今の杠葉と俺みたいに、最初から役割と関係性が決まっているなら話せるんだけれどね」
どういう風に話を切り出すのか。
何を話して仲良くなるのか。
仲良くなったあとには何をすればいいのか
いつの間にか俺にはそれらがわからなくなっていた。
子どもの頃は当たり前のようにできていたことでも、成長につれ手が届かないものになっていく。
いや、果たしてそれは成長といえるのだろうか。
ただまぁ、独りぼっちでも寂しくはないし困っているわけでもない。
それだけは嘘偽りなき本音だと胸を張って言える。
胸を張れるような話ではないが。
「えぇ、何もないってことはないでしょう? だってクラスメートじゃない、みんな」
「いや、クラスメートでも話さない人間くらいいるだろ」
「え、いないよ? せっかく同じクラスになったのに話さないのって変じゃない? わたしは出来る限りみんなと仲良くなりたいと思っているよ。まぁ今回の件で神楽坂さんと仲良くなるのは難しくなっちゃったけれど」
そんな馬鹿なと思わず言いたくなるが、俺にさえ話しかけてくる杠葉の言葉には信憑性がある。
高校生の時分で、『みんな手を繋いでみんな仲良く』を地で行くような人間がいるとは思わなかった。しかし無自覚的に他人の心障を飛び越えていくのが杠葉ちとせという人間の在り方なのだろう。
素直に感服という感じだった。
「というか、わたしは既に天ヶ瀬くんのこと友だちだと思っていたのだけれど、違うのかな?」
俺の顔を見つめながら、至極真面目な表情でそんなことを言うものだから、俺は一瞬言葉に詰まる。
友だち。
どこからが友だちで、どこからが友だちでなくなるのだろう。
その境界線は酷くぼんやりとしていた。
しかしそんな俺にも一つだけ言えることはある。
「……いや、違うだろ。俺はあくまで杠葉の協力者の立場だ。だからこそ――こうやって冷静に意思疎通ができるんだ、と思う。この関係性は、この距離間は、出来るだけ維持していきたい、かな」
「ふぅん――そ。ま、天ヶ瀬くんがそう言うのならその方が良いのかもね。わたしも無理に考えを押し付けるようなことはしないよ。しかし天ヶ瀬くんもなかなかややこしい生き方しているねぇ」
それは妙に突き放したような言い方だった。
けれど、これもまた杠葉ちとせの一面なのだろう。
「でも、神楽坂さんと仲良くなるためのヒントは、もしかしたらそこにあるのかもしれないね」
「……と、いうと?」
「ほら、天ヶ瀬くんも言っていたじゃない。何かの授業で同じ班になったときに少し話をしたって。話すことがないのなら――作ってしまえばいいんだよ。何かの授業とか委員会とか、何でもいいけれど神楽坂さんが話さざるを得ない状況にできれば、少なくともきっかけにはなるでしょう?」
確かに的を射た意見ではあると思う。というか突破口はそれしかないだろう。
しかしそれにはネックもある。
「そう都合よく神楽坂と俺が同じミッションを担うことになるか、ってとこだな」
「そこはわたしにお任せあれ! ふふふ、わたしが何のために学級委員を担っているかわかるかい? それはね、わたしの思った通りにクラスをコントロールしていくためなのだよ! 誰をどのポジションに当てはめるか、それはわたしの裁量次第なのだ、ぐふふふふ」
杠葉は両手で口元を隠し、如何にもといった感じの意地の悪い笑みを浮かべる。
いや、半分以上は冗談なのだろうけれど、先ほどの人類友達化計画を聞いた後だと残りの半分はある程度本気でそう考えていたのではないかと勘繰ってしまう。
そして杠葉の人望があればきっと実現も容易いはずだ。彼女に頼まれて断るどころか、嫌な思いをする人間の方が少ないのではとすら思う。逆に頼みごとをされればそれを粋に感じさせてしまうほどの、ある種のカリスマ性が杠葉ちとせにはある。
断ることの出来る人間は、それこそ神楽坂詩くらいなものではないだろうか。
そこまで計算尽くで学級委員になったのだとしたら――怖い、怖いよ。
陽キャって怖い。
「もし何かのイベントとかでクラスの代表者を選ぶようなタイミングがあったら、わたしが上手いこと調整するから任せてよ!」
そう言って、ぽよんと胸を叩く杠葉(本人的にはドンと打ち鳴らしたつもりなのだろう)。
きっと彼女の立場であれば多少の無理は利くというか、周囲からしたら無理でも聞かざるを得ないだろうから、そこらへんはあまり心配しなくてもよさそうだ。
どちらかといえば配置された後の俺の立ち回りの方が心配である。というか心配しかねぇよ。
そこまで考えたとき、ふと思う。
今のクラスになってから、神楽坂詩が誰かとまともに話している姿は相変わらず見ていない。部活にも属していないようで、授業が終われば毎度そそくさと帰宅しているようだった(俺も同じくらい早いタイミングで帰っているので、駅でよく見かけるのだ)。
ここまでのところ、学校行事も特段発生していない。
と、すると。
一条健矢はいったいどこで、どのようにして神楽坂詩と接点を持ったのだろうか?
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