第3話 恋愛リベンジャーズ
「……復讐、ねぇ」
「そう、復讐」
日常生活ではあまり聞かないフレーズだ。
というかそんな言葉が飛び交う日常は嫌だ。
「……手伝うかはともかくとして、いったいどんなことをするわけ? 悪ィけど、法を犯すようなことには協力できないぞ」
「しないよ、そんなこと。キミはわたしをなんだと思っているのかな」
さっきぶっ殺すとか言ってなかったか?
「単純な話だよ。目的は二つ。一条を悔しがらせること、神楽坂さんに同じ気持ちを味わわせること。それだけだよ」
「それ、言うほど簡単じゃないと思うけど。具体的に何をするつもりなんだよ」
なんだか質問をするたびに泥沼にはまっていくというか、逃げ道を自分で潰しているような気がする。けれどこの女がいったい何を企んでいるのか知らない方が怖いという気持ちに勝てない。
そんな俺の複雑な心境も露知らず、
「それがね、一発でクリアできる方法があるのだよ。んんん? 聞きたい? 聞きたいかい?」
なんなのこの女のテンション。
さっき彼氏に浮気されたんだよねこの人?
「……いや、やっぱり大丈夫。なんか聞かない方がいい気がしてきた」
「遠慮しないでいいよ。というか協力してもらう以上はキミには聞いてもらわないと困るんだ」
「それを聞いてしまうと俺の方が困る気がするのは気のせいですか?」
俺の抗議もお構いなしに、ズゾゾとアイスコーヒーを吸い上げた杠葉はピンと人差し指を立て、得意げに鼻を鳴らす。
「ふふん、簡単簡単! それはだね――今よりももっとイイ女になったわたしが天ヶ瀬くんと付き合って、かつ天ヶ瀬くんが神楽坂さんを誘惑したうえで振ってしまえばいいのだ!」
「のだ! じゃねぇよ。どこが簡単なんだよそれ」
どんな皮算用を立てたらそんな無理難題を簡単と言いきれるのか。
ポジティブすぎるだろうよ。
「あ、わたしと
「いや、それは理解できるけれど、そもそもとして別にそこを気にしてるわけじゃないんだが。というか、それなら俺じゃなくてもいいだろ」
「ううん、天ヶ瀬くんじゃないとダメだよ。天ヶ瀬くんだからこそ、意味があるんだよ」
杠葉は至極真面目くさった顔をしてそんなことを言う。
――あぁ、俺みたいな陰キャと付き合ってるとわかった方がダメージはあるってことか。
まぁ、それなら理解できなくもない。
「……ふぅん、まあそれはわかったけどさ、問題は後者の方だろ。神楽坂を俺に惚れさせるって、それなんて無理ゲーって感じだ。レベル5でゾーマ戦に挑むくらいの無理があるぜ」
「ええ、レベル5じゃゾーマまでたどり着けなくない?」
「マジレスするなよ。あくまでレトリックなんだから」
「ほら、天ヶ瀬くんって神楽坂さんと一年の時からずっと同じクラスでしょう? 何かしら接点はあったんじゃない?」
「うぅん、特にないな。同じクラスと言ってもロクに話した記憶もないし、それにあいつが誰かと話してるのなんて見たことねぇよ。というか、その程度の接点でなんとかなる女子じゃないだろ神楽坂は」
何かの授業で一緒の班になった際に少しだけ言葉を交わしたこともあるような気がするが、何の会話をしたかもよく覚えていないくらいだ。
向こうの場合、そもそも俺のこと自体覚えていない――というか認識すらしていないのではないかと思う。
「そもそもどうやってあいつと話せばいいんだよ。一条はどうやって神楽坂を落としたんだ。皆目見当つかねーよ」
「うぅん、それは根気強くいくしかないよね。これはわたしの勘だけれど、神楽坂さんって単純な見た目だけで人を好きになるようなタイプじゃないと思うんだよね。きっと
ん、いつの間にか俺が協力することが前提で話が進んでないか?
それどころか、杠葉の方が俺に協力する立場であるかのような口ぶりである。
なんだこの逆転現象。
「結局、ほとんど出たとこ勝負ってことじゃねぇか。どこが具体的なんだよ」
「もぉ、文句が多いなぁ……言っておくけれど、キミも同罪なんだからね?」
「いったい何の罪ですか!?」
「男なんて、みんなケダモノなのよ」
「主語がデカすぎるわ!」
呆れたようにそんなことを言う杠葉。
男が全員、一条のように浮気をするわけではないと、男を代表して弁明しておこう。
「……ねぇ、天ヶ瀬くん」
杠葉はそれまでと打って変わって低い声でポツリと切り出し、テーブルの上に置かれた俺の手をギュッと握りしめる。俺は思わずドキリと心臓を跳ねさせる。
ボディタッチを何気なく行うあたり、こいつも陽キャなんだなと再認識させられる。
というか心臓に悪いからやめてほしい。
「お願い。こんなことを頼めるのは、あの光景を一緒に目撃してくれた天ヶ瀬くんしかいないんだ。もし協力してくれるのなら――ちゃんとお礼もするつもり。だから、手伝ってくれないかな」
殊勝な態度を貫きつつも、その声は小さく震えていた。
しかしその瞳には相も変わらず強い決意が宿っている。
どうやら彼女は――本気で一条と神楽坂に復讐するつもりらしい。
優等生で陽キャ、誰に対しても優しい杠葉が、自らの腹黒さを晒すことに一切の怖れも躊躇も見せずひたすらに真剣な眼差しで、クラスの最下層に位置する俺に対しても頭を下げている。
普段は垣間見ることのない彼女の強い意志と覚悟を目の当たりにし、率直に言えば俺は激しく心を揺さぶられていた。
はぁ。
こうなるから嫌だったんだよなあ。
そんな本気のお願いをされたら――断れないじゃないか。
「――いいよ、わかった。杠葉の復讐ってやつに協力するよ」
俺のその言葉を聞いた杠葉は、さも予想外の言葉が飛んできたかのように目を見開いた。
「……え、ホントに? いいの? 復讐だよ? 本気で言ってるんだよね?」
「疑うなっての。そっちがお願いしてきたことだろうが」
「いやだって、ぶっちゃけダメ元だったし、それに……お礼の内容だって言ってないのに」
「別にいいんだよ。お礼を教えてもらったあとだと、それ目当てみたいになっちゃうだろ。そんなのどうでもよくてさ、ぶっちゃけた話、俺もちょっとばかし一条にムカついてんだ。あいつに目にものを見せてやりたいって気持ちがないわけでもないんだよ。まぁ、俺なんかがどれだけ力になれるかわからないけれど」
特に対神楽坂については一切自信がない。
何をどうすればいいのか全くイメージが湧かない。
というと一条方面は何とかなる想定にも見えるかもしれないが、断言しよう、そちらも何一つ自信はない。
所詮、俺は教室の片隅で霞を食っているような人間だ。協力するよと言っておいてなんだが、正直に言えば俺の動きを計算に入れるのはやめてほしいところである。
しかしまぁ、事情を知っている身として、杠葉が暴走しそうになった時のストッパーくらいにはなれるだろう。
教室の中を一緒に覗き込んだ時からの乗り掛かった舟だ。
最終的にこの『復讐』とやらがどこに行きつくのかはさっぱりわからないけれど、きっと後には何も残らない戦いになるのだろう。それは杠葉だってわかっているはずなのだ。
それならばせめて杠葉の骨くらいは拾ってやりたい――そう思った。
杠葉は俺の言葉を受けて少しハッとしたような表情を見せたのち、柔らかく目を細める。
「……ありがとう。恋愛リベンジャーズとして、一緒に頑張ろうね」
「……その名前はどうだろう」
ここで初めて、俺は杠葉に握られていた手を握り返すのだった。
――全く。
何の冗談なんだろうな、この状況は。
つい一時間前までクラスの風的存在だった俺が、クラスの人気者の復讐の手伝いをすることになるなんて、人生何があるかわかったもんじゃないな。
と、解散する前に一つだけ聞いておこう。
うん、一応な。
「……ちなみに聞いておくけれど、訊かせてもらうけれど、一体全体どんなお礼を考えているわけ? や、別に今さら、それによってどうこうってのはないんだけれどさ」
「あ、うん、そうだね。よし、天ヶ瀬くんが誠意を見せてくれたから、わたしも正直に元から考えていたお礼をそのまま約束するよ。じゃないとフェアじゃないものね」
杠葉はそう言ってニコリと――妖しく微笑む。
「わたしのおっぱい、揉ませてあげる」
*
翌日。
当たり前ではあるが、俺は学校に通う。
恋愛リベンジャーズという、口にするのも憚られるような恥ずかしい組織(といっても二人しかいないのだが)をチームアップした翌日といえど、高校二年生の身分としては勉学を疎かにするわけにはいかない。こう見えても(どう見えているか知らないが)俺は学年でトップ3を外したことがない。
別にそれは俺が天才だからとかそういうものではなくて、純粋な努力の積み上げであると自負している。俺は『そうあるべきもの』として勉強を続けてきたし、それが学生の本分であると信じている。決して、ぼっちだから勉強以外することがないとか、そういうわけではないことをここに断っておく。決して違うからな!
しかしまぁ、そう考えると、一条健矢としてもきっと『そうあるべきもの』として杠葉ちとせを口説き、また『そうあるべきもの』として神楽坂詩の背中に手を回したのだろう。それが良いことか悪いことかは結局のところ個人の中の判断基準に依るのである。
従って、浮気が悪だとか、手が早いのは悪いだとか、そんなことで一条を断罪するつもりはない。彼の中の『べき論』に基づいて行われた行為はを咎めたとて、その先にはそれぞれの持ち得る正義と正義がぶつかり合う戦争しか待っていないのだ。俺たちは何も一条や神楽坂と戦争をしたいわけではない。
では俺たちの復讐の動機は、根源は一体なんなのか。
そんなものは決まっている。決まりきっていて今さら言うほどのことでもない。
純粋に――ムカつくからだ。
学年二位の美女が彼女であるにも関わらず学年一の美女に手を出したのが気に入らないから――。
そうして結果的に学年一、二の美女を両サイドに侍らせているのが気に入らないから――。
そんな極めて原始的な動機を携えて、俺たちは一条をぶん殴りに行くのだ(精神的に)。それも一方的にぶん殴れればベスト。戦争になってしまえば、お互いリングにあがって殴り合うことになっちまうからな。これはあくまでリング外の強襲なのだ。
だからこそ、俺たちはアベンジャーズではなくリベンジャーズなのだろう。
「天ヶ瀬くん、ボソボソ何を言っているの?」
「……いや、恋愛リベンジャーズという言葉を深堀してたんだ」
「え? 恋愛リベ……なにそれ?」
「嘘だろこいつ」
昼休み。
俺と
まぁ、俺が繰り広げていたのは益体もない妄想なのだけれど、それはともかくこの場所はいずれの教室への導線にもなっていない場所であり、誰かに見つかる可能性も低いだろうと考えた次第である。
「一条の様子はどうだった?」
「ぜーんぜん、何も言ってこなかったよ。いっそ別れ話を切り出してくれた方がラクなくらいなんだけどね。むしろ何もなさ過ぎて、昨日見た光景が幻覚だったんじゃないかとすら思っちゃうくらい」
杠葉はやれやれと肩を竦めながらそう言う。
彼女としても本気でそう思ったわけではないのだろう。
昨日は一条に対してあそこまでボロカスに言っていたものの、ほんの直前まで愛し合っていた(と信じていた)仲だったのだ。何かの間違いであってほしいという気持ちは一朝一夕には払拭しきれないものなのだろうと思う。
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