第9話 決断の時
神殿の奥深く、静寂がエリオットとリオネルを包み込んでいた。古びた石の壁に囲まれた祭壇の前で、リオネルは深く息を吸い込み、重々しい空気を味わうように目を閉じた。彼の顔には決意の色が浮かび、その姿はまるでこれから行おうとする儀式にすべてを捧げる覚悟を決めたかのようだった。
エリオットは、そのリオネルの背中を見つめながら、胸に込み上げる感情を抑えようとした。彼が目の前にしているのは、かつて王国を救った英雄であり、今またその王国を守るために自らを犠牲にしようとしている男だった。だが、その決断がどれほどの重みを持つのか、エリオットには痛いほど理解できた。
リオネルはゆっくりと振り返り、エリオットに向き直った。その目には、深い憂いと決意が宿っていた。彼は一歩一歩、エリオットに近づきながら、静かに語り始めた。
「エリオット……君には感謝している。私がここに辿り着くまでに、君がどれほど尽力してくれたかを理解しているつもりだ。そして今、君がここにいることも、私にとっては大きな力となっている。」
リオネルの言葉には、これまでのすべてが詰まっていた。エリオットは彼の言葉に静かに耳を傾け、その一つ一つが自らの胸に深く響くのを感じた。
「だが、私がこれから行う儀式は、私一人のものだ。君には、この儀式がどれほどの危険を伴うかを理解してもらいたい。そして、それを見届けることで、君に新たな道を見出してほしい。」
エリオットはリオネルの言葉を受け止め、静かに頷いた。彼はリオネルが何をしようとしているのかを理解していた。そして、その行為が王国の未来を守るために必要なものであることも、痛いほど分かっていた。
「リオネル様、私はあなたの決断を尊重します。しかし、その儀式がどれほど危険なものであろうと、私はあなたを見捨てることはできません。あなたがどのような選択をしようとも、私は最後まであなたと共にいます。」
エリオットの言葉に、リオネルは微かに微笑んだ。その微笑みには、深い感謝と共に、どこか諦念のようなものが含まれていた。彼はエリオットの肩に手を置き、もう一度、深く息を吸い込んだ。
「ありがとう、エリオット……では、始めよう。」
リオネルはエリオットの手を離し、再び祭壇の前に立った。彼はゆっくりと手を掲げ、古代の言葉を口にし始めた。それは、王家に伝わる古い儀式の呪文であり、影の力を封じ込めるためのものであった。
呪文が響き渡る中、神殿全体が微かに揺れ始めた。祭壇に置かれた儀式用の道具が静かに光り始め、その光がリオネルを包み込んでいく。エリオットはその光景を目の当たりにし、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。彼はリオネルが何をしようとしているのかを理解していたが、同時に、その儀式が成功した後の未来を思い描くことができなかった。
リオネルの呪文が進むにつれ、神殿の中に異様な風が吹き始めた。風は祭壇の周りを旋回し、まるで生き物のように動き回っていた。リオネルはその風の中で微動だにせず、静かに呪文を唱え続けた。
やがて、風は一層強まり、神殿全体を包み込むように吹き荒れた。エリオットはその場で踏ん張りながら、リオネルの姿を見つめ続けた。彼の中には、リオネルが無事であることを祈る気持ちと、この儀式が成功して王国が救われることを願う気持ちが入り混じっていた。
突然、リオネルの体が光に包まれ、その光が一瞬の閃光となって神殿全体を照らした。エリオットは目を覆い、その強烈な光から身を守った。光が消えた瞬間、神殿は静寂に包まれ、風も止んでいた。
エリオットはゆっくりと目を開け、祭壇の前に立っていたリオネルを見た。彼の体はまだ微かに光を放っていたが、その姿はどこか儚げで、まるで消えてしまいそうな印象を与えていた。
「リオネル様……」
エリオットはその言葉を呟きながら、リオネルに近づいた。彼は微笑みを浮かべたまま、エリオットに向かって手を伸ばした。エリオットはその手を取ろうとしたが、その瞬間、リオネルの体がゆっくりと崩れ始めた。
「エリオット、これで……王国は救われる……」
リオネルの声は、静かにエリオットの耳に届いた。彼の体は、まるで光の粒子となって消え去っていくようだった。エリオットはその光景を目の当たりにしながら、胸の奥で激しい痛みを感じた。
「リオネル様……!」
エリオットは叫びながら、その手を伸ばした。しかし、リオネルの体はすでに消えかけており、その手を掴むことはできなかった。彼の体は完全に光となり、神殿の中に広がっていった。
エリオットは、リオネルが完全に消えてしまったことを理解しながらも、その場に立ち尽くしていた。彼の目には、リオネルが遺した微かな光がまだ残っていたが、それも次第に消え去っていった。
「リオネル様……」
エリオットはその言葉を繰り返し呟きながら、リオネルの遺した光を見つめ続けた。彼の心には、深い喪失感と共に、リオネルが王国のために捧げた命の重さが刻み込まれていた。
神殿の中は再び静寂に包まれ、風の音も消え去っていた。エリオットは、リオネルが残したものを胸に刻みながら、その場に立ち続けた。彼の心には、リオネルの決断がどれほどの重みを持つものであったかが、痛いほどに感じられていた。
「リオネル様……あなたの犠牲を無駄にはしません。」
エリオットは静かに誓いを立て、リオネルが守ろうとした王国の未来を見据えた。彼の中には、リオネルが残した希望の光がまだ微かに輝いていた。それを胸に、エリオットは再び歩み始めた。
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