第8話 儀式の行方

エリオットは、リオネルの行方を追い求めていた。アイリスが調査を進める中で、エリオットは自らの足で手がかりを求めて王都エストリアを回っていた。リオネルが行おうとしていた儀式とは何なのか、その儀式をどこで行おうとしていたのか――それを知るために、彼はリオネルの足跡を辿り続けていた。


エリオットは、王都の古くからの神殿が集まる区域へと向かった。この区域には、古代から続く信仰の拠点が数多くあり、王家の儀式や秘密の儀式が行われてきた場所でもあった。リオネルが行おうとしていた儀式も、ここに関係しているのではないかとエリオットは考えたのだ。


神殿区域に到着すると、エリオットは石畳の道を進みながら、周囲の建物を見渡した。古びた石造りの神殿は、長い年月を経て風化しており、その姿はまるで過去の記憶を封じ込めたかのようだった。彼は、その中でも特に目立つ一つの神殿に目を留めた。


その神殿は、「影の神殿」と呼ばれており、王家が代々行ってきた儀式の一つがここで行われていたとされる場所だった。リオネルの日記にも、この神殿の名前が記されていたのを思い出し、エリオットはその中へと足を踏み入れた。


神殿の内部は、外見以上に荒廃していた。天井からは日光が漏れ、埃が舞い上がる中、長い間手入れがされていないことが一目で分かった。エリオットは、足元に注意を払いながら、神殿の奥へと進んでいった。


「ここで……リオネル様は何をしようとしていたのだろうか?」


エリオットは呟きながら、壁に刻まれた古代文字を目に留めた。その文字は、古代の儀式に関するものであり、王家が守り続けてきた「影」の力に関する記述がされているようだった。彼は、その文字を注意深く読み解きながら、リオネルが何をしようとしていたのかを考えた。


「影の力を封じ込める儀式……それを行うためには、ここで特定の手順を踏まなければならない。そして、その儀式が成功すれば、影は消滅するが……」


エリオットは言葉を止め、再び壁の文字に目を凝らした。そこには、儀式の成功と引き換えに、大きな代償を支払わなければならないことが記されていた。リオネルが悩んでいたのは、この代償のことだったのだろう。


「この儀式が成功すれば、王国は新たな未来を迎える。しかし、その代償は……」


エリオットは深く息を吐き、壁に手をついた。リオネルが行おうとしていた儀式は、この神殿で行われるべきものだった。しかし、その儀式の代償が何であるかを理解した時、エリオットの心には深い苦悩が広がった。


「リオネル様……あなたは本当にこの儀式を行おうとしているのか?」


エリオットは再び呟き、神殿の奥へと進んだ。彼が足を踏み入れたのは、神殿の最も奥にある祭壇だった。その祭壇には、古代の儀式で使用される道具が並べられており、その一つ一つが強力な力を宿しているように感じられた。


エリオットは、祭壇の前に立ち、その場の静寂に包まれながら思考を巡らせた。リオネルがここで何をしようとしていたのかを理解しようとしたが、彼の頭の中には多くの疑問が渦巻いていた。


「もしもリオネル様がこの儀式を行おうとしているのなら、彼を止めるべきかもしれない。しかし、その儀式が王国を救うために必要なものであるならば、私はどうすべきなのか……」


エリオットはその場に立ち尽くし、自らの内なる葛藤と向き合った。リオネルがこの儀式を行うためにここに来るとしたら、それは近い未来のことだろう。彼がその決断を下す前に、エリオットは彼と直接対話し、その意図を確かめる必要があると感じた。


「私は……リオネル様と話をしなければならない。彼が本当にこの儀式を行う覚悟を持っているのか、そしてその代償を払う覚悟があるのかを確かめたい。」


エリオットは、リオネルがこの神殿に来ることを信じ、その場で待つことを決意した。彼は神殿の祭壇の前に腰を下ろし、静かに時が過ぎるのを待った。外からは風の音が聞こえ、神殿の中に吹き込む冷たい風が彼の頬を撫でた。


時間が過ぎるにつれ、エリオットの心の中には焦りと不安が広がった。しかし、彼はその場を離れることなく、リオネルが現れるのを信じて待ち続けた。リオネルがどのような決断を下すにせよ、エリオットは彼の側に立ち、その決断を見届ける覚悟を固めていた。


夜が更け、神殿の中はさらに冷え込んでいった。エリオットは何度も目をこすりながら、目の前の祭壇を見つめ続けた。すると、神殿の入り口から誰かが近づいてくる足音が響き渡った。


エリオットはすぐに立ち上がり、その足音の方を見やった。薄暗い神殿の中に、黒いマントを羽織った男がゆっくりと歩み寄ってきた。その姿は、エリオットの記憶に深く刻まれていた――リオネル・グレイ、その人だった。


リオネルは、エリオットに気づきながらも無言で近づいてきた。その顔には深い疲労と苦悩が浮かんでおり、彼が抱えている重責がどれほどのものかを物語っていた。


「リオネル様……」


エリオットは声をかけたが、リオネルは静かに手を挙げて彼を制した。彼の目は、エリオットを見つめながらも、どこか遠くを見つめているようだった。


「エリオット、君がここにいるとは思わなかった。」


リオネルの声は静かでありながら、何かを決意した者の強さが感じられた。エリオットはその言葉に答えようとしたが、言葉が出てこなかった。彼はただ、リオネルの意図を探ろうと、その目を見つめ返した。


「君は私が何をしようとしているのか、分かっているのか?」


リオネルはそう問いかけ、エリオットに一歩近づいた。エリオットは静かに頷き、リオネルの日記に書かれていた内容を思い出しながら答えた。


「リオネル様、あなたが何をしようとしているのかは、日記を通じてある程度理解しました。あなたが王国を守るために、この儀式を行おうとしていることも……しかし、その代償がどれほどのものかも知っています。」


リオネルは目を閉じ、深く息を吐いた。その姿には、彼がどれほどの苦悩を抱えているのかが如実に表れていた。


「私はこの儀式を行わなければならない。この王国を守るために……だが、そのためには私自身が犠牲になることを覚悟している。エリオット、君には私のこの決断を止める権利がある。だが、私は君にこれだけは分かってほしい。この国を守るためには、私がこの犠牲を払うことが唯一の道だと……」


リオネルの言葉に、エリオットは胸が締め付けられるような思いを感じた。彼は、リオネルが自らの命を賭してこの国を守ろうとしていることを理解しながらも、それを止めるべきかどうかを迷っていた。


「リオネル様……」


エリオットは言葉を詰まらせながらも、リオネルの決断を見つめ続けた。そして、彼が次に下す決断が、王国の未来を大きく左右することを知りながらも、リオネルを止めることができなかった。


リオネルは静かに祭壇に近づき、その前に立ち尽くした。そして、深い息を吸い込むと、エリオットに向かって最後の言葉を投げかけた。


「エリオット、君には私の決断を見届けてもらいたい。私はこの国を守るために、自らの命を賭けて儀式を行う。君が私をどう思おうとも、この決断は変わらない。」


リオネルの言葉に、エリオットはただ頷くことしかできなかった。彼は、リオネルが自らの決断を下す瞬間を見届けるために、その場に立ち続けた。

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