第7話 影の呪縛

エリオットは、ノアリー家の館を後にし、エストリアの街へ戻ってきた。彼の手には、リオネルがノアリー家との接触の際に残したという古びた日記が握られていた。その日記は、リオネルの心の内を覗き見る鍵であり、彼が何を追い求め、どのような決断を下そうとしていたのかを知る唯一の手がかりだった。


エリオットは王宮の近くにある自宅の書斎に入り、すぐに日記を広げた。日記は黄ばんだ紙に黒インクで書かれており、その文字はリオネルの特徴的な筆跡だった。彼は一呼吸置いてから、慎重にページをめくり始めた。


最初のページには、リオネルがエストリアに戻ってきた日の記述があった。彼は何かに悩んでいる様子で、その筆致には焦りや迷いが感じられた。


「……エストリアに戻ったが、私の心は今も迷いの中にある。王家が守り続けてきた『影』、それはこの国を守るために必要なものであることは理解している。だが、果たしてそれをこのまま存続させるべきなのか……」


エリオットはその記述に目を凝らした。リオネルは、王家に伝わる「影」の存在に悩んでいたのだ。その「影」が何であるのかは明確には記されていなかったが、それが王国にとって重要なものであることは間違いなかった。


「ノアリー家は、その『影』を守るために存在していると言われている。だが、私はその存在を消し去るべきではないかと考えている。もしも『影』が王国にとって害をもたらすものであるならば……」


リオネルの言葉は断片的でありながらも、彼が抱えていた葛藤の深さを感じさせた。彼は、王国を守るために戦ってきた英雄でありながら、その王国を蝕む可能性のある『影』の存在を前にして、何をすべきかを決めかねていたのだ。


「私は、かつてこの国を救うために戦った。だが、その戦いの果てに見たものは、王国の未来を脅かす恐ろしい現実だった。ノアリー家が守る『影』は、この国の礎であると同時に、呪いでもある。私は、その呪いを断ち切るために、何をすべきなのか……」


エリオットはページをめくりながら、リオネルの苦悩を感じ取った。彼は、王国を守るために戦い続けたが、その背後には暗い影が付きまとっていた。そして、その影の存在が、彼を追い詰めたのだ。


「もしも『影』を消し去ることができれば、王国は新たな未来を迎えることができるだろう。しかし、そのためには代償を支払わなければならない。その代償が、どれほどのものであるかを私はまだ理解していない……」


リオネルは、『影』を消し去るための方法を模索していた。しかし、その方法が何であるのかは日記には記されていなかった。エリオットはさらにページをめくり、リオネルがどのような決断を下したのかを探ろうとした。


「ノアリー家の当主と会い、彼らが守り続けてきた『影』の存在について話を聞いた。彼らは、それを守ることが王家の義務であり、王国を守るために必要不可欠なものだと言う。しかし、私はそれに同意することができない。『影』がこの国を蝕んでいることを知った今、私はそれを消し去るべきだと考えている……」


エリオットは、その言葉に息を呑んだ。リオネルは、ノアリー家との接触を通じて、『影』の存在を確信し、それを消し去ることを決意したのだ。しかし、そのためには大きな犠牲が伴うことを理解していた。


「私は、ある儀式を行うことで『影』を消し去ることができることを知った。しかし、その儀式には私自身が関わらなければならない。もしもその儀式が成功すれば、王国は新たな未来を迎えるだろう。だが、私はその代償として、この世を去ることになるかもしれない……」


エリオットは、リオネルが自らの命を賭して『影』を消し去ろうとしていたことを知り、胸が締めつけられるような感覚を覚えた。リオネルは、自らの命を犠牲にしてでも、王国を守ろうとしたのだ。


「私は、決断を下さなければならない。『影』を消し去るために、私自身が犠牲となるか、あるいはそれを放棄して、この国の未来を危険にさらすか……どちらを選ぶべきか。私はまだ、その答えを見つけられずにいる。」


エリオットは、リオネルがその決断を下す前に日記を閉じたのではないかと感じた。彼は、その苦悩の末に失踪することを選んだのかもしれない。そして、もしもリオネルがその儀式を行うことを決意していたのなら、彼は今どこでその儀式を行おうとしているのか。


「リオネル様は、この儀式を行うためにどこかへ向かったのだろうか……」


エリオットは、リオネルが儀式を行う場所を探す必要があると感じた。彼がその儀式を行うことで『影』が消し去られ、王国が新たな未来を迎えることができるのなら、エリオットはその決断を尊重しなければならない。しかし、そのためにはリオネルの行方を突き止めなければならない。


エリオットは、アイリスに連絡を取り、リオネルが向かった可能性のある場所を特定するための協力を求めた。彼は、リオネルが何をしようとしているのかを理解し、その行動を追いかけることで、彼の真意を知りたいと強く願った。


「アイリス、リオネル様が儀式を行うために向かった可能性のある場所を調べてほしい。彼がその決断を下す前に、私は彼の行方を突き止めたい。」


エリオットの声には、焦りと決意が混じっていた。アイリスはすぐに彼の依頼を受け入れ、リオネルが向かったと思われる場所を特定するための調査を始めた。


「分かったわ、エリオット。すぐに調査を開始する。でも、その儀式が本当に成功したとしても、その代償が何であるかを理解しておいて。リオネル様がどのような決断を下したのか、それを知る覚悟が必要よ。」


アイリスの言葉に、エリオットは静かに頷いた。彼は、リオネルが自らの命を賭して王国を守ろうとしたその決断を、理解し受け入れる覚悟を固めた。


「私はリオネル様の決断を尊重する。そして、その決断を彼自身が後悔しないように、できる限りのことをするつもりだ。」


エリオットの心には、リオネルの決断を支えたいという強い意志が宿っていた。彼は、王国の未来を守るために、リオネルの行方を突き止めるための行動を開始した。


リオネルが行おうとしている儀式――それは、この王国にとってどのような意味を持つのか。そして、その儀式が成功したとして、リオネルが犠牲になることをエリオットは許容できるのか。彼の心には、まだ多くの葛藤と疑問が渦巻いていた。


だが、エリオットは決して諦めない。リオネルの行方を突き止め、彼の決断を見届けるために、彼はさらに深い闇へと踏み込んでいく覚悟を決めた。

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