第6話 契約の代償
エリオットは、エストリアの郊外にあるノアリー家の館へ向かっていた。王都から離れた静かな森の中にその館は佇んでおり、周囲には深い静寂が漂っていた。ノアリー家は、王家の秘密を代々守り続けてきた一族であり、その館もまた、時を経て重厚な雰囲気を漂わせていた。まるで、ここに踏み込む者に対して何かを警告するかのように。
エリオットは、館の入口に立ち、鋼鉄の門を見上げた。その向こうに広がる庭園は、手入れが行き届いているものの、どこか寂寥感が漂っていた。彼は門の前に立つと、インターホンを押した。数秒後、機械的な音が鳴り、誰かが応答する気配がした。
「こちらはノアリー家です。どなたでしょうか?」
冷ややかで抑揚のない女性の声がインターホン越しに響いた。エリオットは少し緊張しながら、自分が王国の探偵であることを告げた。
「私はエリオット・ハーグリーブス。王家に仕える探偵です。リオネル・グレイ様の行方を追っています。重要な話がありますので、ぜひお会いしたいのですが。」
数秒の沈黙が流れた。女性はエリオットの言葉を吟味するかのように、静かに考え込んでいるようだった。やがて、再び彼女の声が響いた。
「お入りください。ノアリー家の当主が貴方をお迎えします。」
門が静かに開かれ、エリオットは足を踏み入れた。庭園を進みながら、彼の目は館全体を見渡した。古くからある建物でありながら、その中には何か不穏な気配が漂っているように感じた。
館の玄関に到着すると、先ほどの女性がドアを開けて待っていた。彼女は中年の女性で、黒いドレスに身を包み、冷たい視線をエリオットに向けていた。彼女の立ち居振る舞いには、まるで感情が欠けているかのような印象があった。
「どうぞ、お入りください。当主様がお待ちです。」
エリオットは無言で頷き、館の中へと足を踏み入れた。廊下には、古い絵画や彫像が並び、そのどれもが王家の歴史や偉業を描いていた。だが、その背後に潜む陰影は、何か隠されたものがあることを示唆しているようだった。
彼は廊下を進み、やがて大きな扉の前に立った。女性が扉を開けると、その向こうには広々とした書斎が広がっていた。壁一面には本棚が並び、古書や巻物が整然と収められていた。中央には大きなデスクが置かれ、その背後には、ノアリー家の当主が座っていた。
「ようこそ、エリオット・ハーグリーブス。王家の探偵として、リオネル・グレイ様の行方を追っていると聞いたが……」
ノアリー家の当主は、年配の男性であり、その顔には厳格さと知性が感じられた。彼の目には深い知識と経験が宿っており、彼がただ者ではないことを物語っていた。エリオットは軽く頭を下げ、彼に向き合った。
「はい、リオネル様の行方を追っています。そして、彼がこちらのノアリー家と接触していた可能性があると聞きました。リオネル様が何を探していたのか、その手がかりを求めています。」
当主はしばらくエリオットを見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。彼はデスクの上に手を置き、慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「リオネル・グレイ様が何を探していたのか、それは確かに私たちノアリー家にとっても重要な問題だ。彼は我々にとっても尊敬される存在であり、その失踪には私も心を痛めている。だが、彼が何を探していたのかを話す前に、君に知ってもらわなければならないことがある。」
エリオットはその言葉に耳を傾けた。当主は一呼吸おいてから、ゆっくりと話を続けた。
「ノアリー家は、王家と古くからの契約を結んでいる。その契約とは、王家が代々守ってきた『秘密』を守ること。我々はそのために存在していると言っても過言ではない。」
「その『秘密』とは何ですか?」
エリオットは身を乗り出して問いかけたが、当主は手を上げて制した。
「それを話す前に、リオネル様が何を知ろうとしていたのか、そして彼が何を決断したのかを理解してもらわなければならない。我々の契約は、この王国の存亡に関わるものだ。それを知ることは、君にとっても重い責任を伴うことを覚悟してもらいたい。」
当主の言葉には、重々しい責任感とともに、何かを守るという強い意志が込められていた。エリオットはその言葉の重みを感じ取り、深く息を吸い込んだ。
「覚悟はできています。リオネル様の行方を突き止めるために、何でも話してください。」
当主は静かに頷き、デスクの引き出しから一枚の古い書類を取り出した。それは、黄ばんだ紙に古代の文字で書かれた文書であり、その内容はエリオットにはすぐには理解できなかった。
「これが、我々ノアリー家と王家との契約書だ。ここには、王家が代々守り続けてきた『影』の存在が記されている。」
エリオットはその書類を手に取り、目を凝らして読もうとしたが、その内容は非常に複雑で、彼には解読することができなかった。当主はその様子を見て、さらに説明を加えた。
「この契約書には、王家が過去に行った『儀式』と、それによって生じた『影』の存在が記されている。その『影』は、この王国にとって絶対に表に出してはならないものであり、我々ノアリー家がその存在を代々隠し続けてきた。」
「影……それは一体何ですか?」
エリオットはその言葉に困惑しながらも、さらに問い詰めた。当主は再び深く息を吐き出し、エリオットの目を見据えた。
「影とは、王家がかつて行った禁断の儀式によって生み出された存在だ。その存在は、王国の平和を保つために必要不可欠なものであったが、同時にそれは王家の呪いでもあった。リオネル様は、その影の存在を知り、それをどうすべきかを悩んでいたのだ。」
エリオットは、その言葉に驚愕した。リオネルが追い求めていたのは、王国の歴史に深く根ざした『影』――それは、この国の未来を左右するほどの重大なものであった。
「リオネル様は、その影をどうしようとしていたのですか?」
「それは私にも分からない。彼は我々ノアリー家と接触した後、その影の存在を消し去ろうと考えていたようだが、そのためには大きな犠牲を伴うことになる。彼はその選択を前に、深く悩んでいた。」
エリオットは、その言葉に心が揺れ動いた。リオネルが失踪したのは、その決断を下すことができなかったからかもしれない。そして、彼が追い求めていたものが、この王国の存亡に関わるものである以上、彼自身もまた、その影の呪いに囚われていたのかもしれない。
「私はリオネル様の行方を突き止めるために、できる限りのことをします。この影の存在が、彼をどこへ導いたのかを知りたいのです。」
エリオットの言葉に、当主は静かに頷いた。そして、彼は一冊の古い日記を取り出し、エリオットに手渡した。
「これは、リオネル様が我々と接触した際に残した日記だ。ここに、彼の悩みと決断の一端が記されているかもしれない。」
エリオットはその日記を受け取り、感謝の意を示した。彼はノアリー家の館を後にし、再びエストリアへと戻った。リオネルが何を悩み、何を選択したのかを知るために、その日記を読み解くことが必要だった。
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