第5話 消された歴史

朝陽が街を染める頃、エリオットは王宮の地下から地上へと上がってきた。彼の手には、先ほど地下図書館で見つけた古びた革装丁の本が握られていた。古代の文字で記されたその本は、重みを持って彼の手の中にあり、その内容が王国の運命を左右することになるかもしれないという予感が胸を締めつけた。


エリオットは王宮を後にし、再びアイリスのアジトへと急いだ。朝の冷たい空気が彼の顔を撫で、目を覚まさせるようだった。街はゆっくりと目覚め始め、人々が通りを行き交う音が次第に響き渡る。だが、彼の頭の中はリオネルのことと、今手にしている本のことでいっぱいだった。


アイリスのアジトに到着すると、彼女はすでにデスクに向かい、数々のモニターを操作していた。彼女の鋭い目がエリオットに気づき、微かに笑みを浮かべた。


「早かったわね、エリオット。何か手がかりは見つかったの?」


エリオットは頷き、手に持っていた本をアイリスの前に差し出した。アイリスは本を受け取り、その表紙を慎重に撫でながら興味深そうに目を細めた。


「これは……ずいぶんと古い本ね。どこで見つけたの?」


「王宮の地下図書館だ。そこには王家にまつわる古い文献や、国家機密が保管されている。この本もその一つだが、ページの一部が切り取られている。何者かが内容を隠そうとした形跡がある。」


エリオットは少し焦りを感じながら説明した。アイリスは本を開き、丁寧にページをめくりながらその内容を確認していた。


「この本に記されているのは、王国の古代史や、王家の隠された秘密のようね。でも、確かに何かが消されている……まるで、その部分を読まれることを恐れているかのように。」


アイリスはページの切れ端を慎重に指で撫でながら、思案に耽った。彼女の頭の中には、この本がリオネルの失踪にどのように関係しているのかという疑問が渦巻いていた。


「リオネル様は、この本に何か重要な秘密が隠されていることを知っていたのかもしれない。そして、その秘密が彼を危険に晒した……」


アイリスの言葉に、エリオットは静かに頷いた。リオネルがこの本を探していたのだとすれば、それは王国の未来に大きな影響を与えるものである可能性が高い。


「でも、ページが切り取られているということは、その秘密を隠そうとしている者がいるということだ。リオネル様はその者たちに目をつけられ、姿を消さざるを得なかったのかもしれない。」


エリオットの言葉に、アイリスは同意するように頷いた。彼女は再びモニターに目を移し、データベースを操作し始めた。


「消された部分を復元するのは難しいけれど、この本に記されている内容を基に、他の手がかりを探すことはできるかもしれないわ。リオネル様がこの本を手に入れる前に、どのような経緯があったのかを調べてみましょう。」


アイリスは、王国の文献や過去の記録を調べながら、リオネルがこの本に辿り着くまでの足跡を追い始めた。彼女の指がキーボードを軽快に叩き、モニターに次々と情報が表示されていく。


「この本は、元々王国の貴族の一族が所有していたもののようね。彼らは古代から王家に仕えてきた家系で、その一族の名は『ノアリー家』。ノアリー家は、王国の古い歴史や秘密を守る役目を担ってきたと言われているわ。」


エリオットはその名前に聞き覚えがあった。ノアリー家は、王国の中でも特に影響力のある家系であり、王家と深い繋がりを持っていることで知られていた。しかし、その一族の存在が公の場で語られることはほとんどなかった。


「ノアリー家……リオネル様がその一族と接触していたのかもしれない。そして、その接触が彼を失踪に導いたのか?」


エリオットはさらに疑念を深めながら、アイリスの操作を見守った。彼女は続けてノアリー家に関する情報を調べていたが、何かに気づいたように手を止めた。


「エリオット、これは……ノアリー家は、かつて王家と共に『契約』を結んでいたようね。その契約が、この本に記されていたのかもしれない。」


「契約?」


エリオットは驚いてアイリスに問いかけた。彼女は頷き、さらに詳細な情報を表示した。


「この契約は、古代の王家がノアリー家に何らかの『秘密』を託し、それを代々守り続けるという内容だったようよ。その秘密が、王国の存亡に関わるものだったとすれば、リオネル様がそれを探し求めた理由が分かるわ。」


アイリスの言葉に、エリオットは静かに息を飲んだ。王家が代々守り続けてきた秘密――それがリオネルを危険に晒し、彼を失踪させた原因である可能性が高まった。


「リオネル様がノアリー家と接触し、その秘密を知ったことで、彼は何か重大な決断を迫られたのかもしれない。だが、その決断が彼を失踪に追い込んだのだとすれば……」


エリオットは口を噤み、深く考え込んだ。リオネルが背負っていたもの、それがどれほど重いものであったかを理解し始めたからだ。


「ノアリー家に直接接触するしかないわね。」


アイリスが静かに言った。彼女の目は、決意に満ちていた。エリオットは彼女の言葉に同意し、ノアリー家との接触を試みることを決意した。


「ノアリー家は、王都から少し離れた郊外にある館に住んでいるわ。そこに行けば、リオネル様が何を探していたのかを知ることができるかもしれない。」


エリオットはその言葉を胸に刻み込み、すぐに行動に移ることを決めた。リオネルが辿った道を追うことで、彼の失踪の真相に近づくことができるかもしれない。


彼はアイリスに礼を言い、すぐにノアリー家へ向かう準備を始めた。心の中には、リオネルの背負っていた秘密と、それを解明する責任が重くのしかかっていた。だが、彼は決して諦めることなく、その真実を追い求める覚悟を決めていた。

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