第4話 闇の囁き

エリオットは、アイリスのアジトでモニターに映し出されたデータを見つめながら、リオネルが関わったという「ノクターナル・レギオン」について思いを巡らせていた。カース・ノワール――その名は、エリオットの記憶の中でも最も暗い噂として刻まれている。だが、それがまさかリオネルと繋がっているとは、想像すらしていなかった。


「カース・ノワール……この男についてもっと詳しく知る必要がある。」


エリオットは、自分に言い聞かせるように呟いた。アイリスはキーボードを叩きながら、彼の言葉に応える。


「カース・ノワールは、ノクターナル・レギオンの創設者であり、リーダーとして君臨しているわ。彼の目的は、既存の国家体制を崩壊させ、新たな世界秩序を築くこと。それも、力と恐怖によって支配された世界よ。」


アイリスの声には冷たさがあり、その言葉の重みが、エリオットの心に深く響いた。彼はモニターに映し出されたカースの顔写真を見つめた。それは、何も表情を浮かべていない冷酷な顔だった。目元には深い影が落ち、彼の内に秘めた狂気を物語っているように見えた。


「リオネル様が、どうしてそんな男と接触していたのか……」


エリオットは思わず呟いた。リオネルは、正義の象徴であり、この王国を守るために戦った英雄だ。その彼が、どうしてこのような危険な男と関わりを持つことになったのか。それが、エリオットには理解できなかった。


アイリスは、さらにいくつかのファイルを開き、エリオットに見せた。それは、ノクターナル・レギオンの活動記録だった。そこには、彼らが各国で行ってきた数々の暗殺、破壊工作、政治家や実業家への脅迫の記録が詳細に記されていた。


「ノクターナル・レギオンは、単なる犯罪組織ではない。彼らは、国家を動かす力を持ち、影から世界を操ることを目論んでいるの。リオネル様が彼らと接触した理由は、きっとこの国を守るためだったのでしょう。でも、それが彼の失踪に繋がったとすれば……」


アイリスは言葉を止め、エリオットを見つめた。彼女の目には、かつて見たことのない深い不安が宿っていた。


「もし、リオネル様が彼らの標的になったのだとしたら、彼の命は危険に晒されているわ。私たちは一刻も早く、彼の行方を突き止めなければならない。」


エリオットは静かに頷いた。彼の胸には、焦りと不安が広がっていた。リオネルが危険に晒されている――その可能性が、彼の頭の中で繰り返し響いていた。


「カース・ノワールの居場所は分かるか? 彼に接触して、リオネル様の行方を聞き出さなければならない。」


エリオットの問いに、アイリスは再びモニターを操作し、カースの居場所を探し始めた。しかし、彼女の表情には苦渋の色が浮かんでいた。


「カース・ノワールは、常にその居場所を変え続けているわ。彼の存在を追うことは、非常に困難よ。どこに潜んでいるのかを知るためには、もっと多くの情報が必要になる……」


アイリスはそう言いながら、モニターに表示された地図を見つめた。地図には、ノクターナル・レギオンが活動しているとされる地域が点在して表示されていた。そのどれもが、王国の周辺国や遠い異国の地であった。


「手がかりを集めるために、私はいくつかの接触先に連絡を取ってみるわ。ノクターナル・レギオンの動きがどこかで目撃されていれば、その情報が手に入るかもしれない。」


エリオットは、アイリスの提案に感謝しつつも、自分が何をすべきかを考えた。このままアイリスに全てを任せて待つことはできない。彼自身が動かなければ、リオネルの行方を突き止めることはできないだろう。


「ありがとう、アイリス。君が得た情報があれば、すぐに知らせてくれ。私は別のルートからも調査を続ける。」


エリオットはアイリスに礼を言い、彼女のアジトを後にした。外に出ると、夜が明けて朝の光が街を照らし始めていた。空は澄み渡り、静かな街並みに朝露が輝いていた。しかし、その美しい景色とは裏腹に、エリオットの胸には重い疑念が渦巻いていた。


「リオネル様……あなたは本当にノクターナル・レギオンと共に行動しているのか? それとも、彼らに囚われているのか?」


エリオットは自問しながら、エストリアの街を歩き続けた。彼はリオネルの失踪の理由を突き止めるために、次に向かうべき場所を考えていた。


彼が向かうことに決めたのは、王宮の地下にある秘密の図書館だった。そこには、王家にまつわる古い文献や、国家機密が保管されている場所があり、リオネルが王国の歴史に関して何かを調べていた可能性があると考えたからだ。


王宮の地下へと続く階段は、一般の者が立ち入ることを許されない場所だった。しかし、エリオットは王家の探偵として特別な許可を持っていたため、その場所にアクセスすることができた。彼は静かに階段を下り、重厚な鉄の扉を開けた。


扉の向こうには、暗くひんやりとした空気が漂う長い廊下が続いていた。エリオットは手探りで灯りをつけ、奥へと進んだ。廊下の両脇には古い絵画や、王家の紋章が刻まれた石碑が並んでおり、彼はその一つ一つを見ながら歩いた。


やがて、廊下の先に大きな図書館が現れた。そこには、天井まで届く書棚が所狭しと並び、無数の古書が整然と収められていた。エリオットはその光景に圧倒されつつも、目的の本を探すために書棚を調べ始めた。


彼が探していたのは、王国の古い歴史に関する文献だった。特に、王家にまつわる秘密や、過去の陰謀について記された書物があれば、それがリオネルの行方を知る手がかりになるかもしれない。


「ここに、何かがあるはずだ……」


エリオットは書棚を一冊ずつ確認しながら、古びた革装丁の本を手に取った。その中には、古代の言語で記された謎めいた文章や、王家の暗い歴史が記されていた。彼は慎重にページをめくりながら、何か手がかりを見つけようとした。


そして、ある一冊の本に目が留まった。その本は、他の書物と異なり、ページが切り取られた跡があり、何者かが意図的にその内容を隠そうとした形跡があった。エリオットはその本を持ち帰り、アイリスと共に内容を解読することに決めた。


「これが、リオネル様が探していたものかもしれない……」


エリオットは本を抱え、図書館を後にした。彼の胸には、新たな手がかりを得たことへの期待と、真実に近づいたという緊張感が入り混じっていた。


外に出ると、朝の光がさらに強くなり、街が目覚め始めていた。エリオットはその光の中を歩きながら、リオネルの行方を追う旅が、ますます危険なものになっていく予感を感じていた。

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