第3話 暗闇の囁き
エリオットは夜明け前のエストリアの街を歩いていた。冷たい夜風が肌を刺すように吹き抜ける中、彼の心は次第に重くなっていく。この数時間で得たわずかな手がかりが、彼の中に新たな疑念と不安を植え付けていた。リオネル・グレイが何かを知っていたことは明らかだ。それは、この国の「影」とも言える闇に深く関わるものであり、その秘密が彼をこの国から遠ざけたのかもしれない。
彼は目をこすりながら、次に向かうべき場所を思案していた。書店で手に入れた「王国の歴史と闇」という本の中には、いくつかの章が不自然に切り取られていた。まるで何者かが重要な情報を隠そうとしているかのようだった。エリオットはその本を何度も読み返し、書かれていないことにこそ、真実が隠されているのではないかと考えた。
「リオネルが何を探していたのかを解明するためには、もっと多くの情報が必要だ。彼が何を知っていたのか、それが王国にどのような影響を与えるのか……」
彼は独り言のように呟き、再び歩き出した。次に向かったのは、リオネルがよく訪れていた地下酒場だった。そこは、エストリアの裏社会で情報が交わされる場所であり、様々な噂や陰謀が渦巻いていることで知られていた。エリオットは、この場所でリオネルが何者かと接触していたのではないかと推測したのだ。
酒場の入口は、石畳の路地に隠れるようにして存在していた。古びた木製の扉には、赤いランプがぼんやりと灯っており、扉を開けると、内部からはアルコールと煙草の匂いが漂ってきた。エリオットは鼻をつまみながら、慎重に中に入った。
「よう、エリオット。こんなところに来るなんて珍しいじゃないか。」
カウンターの奥に座るバーテンダーが、慣れた様子で声をかけてきた。彼はこの酒場のオーナーでもあり、エリオットとは旧知の仲だった。普段は王宮の任務に忙しいエリオットが、こんな時間にここへ来ることは滅多になかった。
「リオネル様のことを知りたくてな。彼がここに来たことがあるかどうかを知りたいんだ。」
エリオットは席に座り、バーテンダーに質問を投げかけた。バーテンダーは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに無表情に戻り、グラスを磨き始めた。
「リオネル様か……確かに何度かここに来たことがあるが、最近は見かけないな。あの方は、何かを探している様子だったが、それが何だったのかは知らないよ。」
「何か変わったことはなかったか? 彼が誰かと会っていたとか、話していた内容とか……」
エリオットの問いに、バーテンダーはしばらく考え込んでから口を開いた。
「一度だけ、見慣れない男と話しているのを見たことがある。その男は、一見普通の客に見えたが、どこか異様な雰囲気を纏っていた。リオネル様はその男に、何か書類のようなものを渡していたが、内容まではわからない。ただ、その後リオネル様は急いで酒場を出て行った。」
「その男について何か覚えていることはないか?」
エリオットの問いに、バーテンダーは首を振った。
「悪いが、それ以上は何も覚えていないよ。ただ、その男が去った後、酒場の中が急に重苦しい雰囲気に包まれたのを覚えている。それが妙に印象に残っていてな。」
エリオットはバーテンダーの言葉を聞きながら、リオネルが接触したという男の正体に思いを巡らせた。もしかすると、その男こそがリオネルを失踪へと導いた原因かもしれない。彼はバーテンダーに礼を言い、酒場を後にした。
エリオットが路地に出ると、夜明けが近づいているのがわかった。空がわずかに明るくなり始め、鳥のさえずりが遠くから聞こえてきた。彼は深く息を吸い、冷たい空気が肺に満ちる感覚を味わった。
「この手がかりを元に、次の一手を考えなければ……」
エリオットは、リオネルが渡したという書類について考えた。もしかすると、それが王国に関する重要な情報であり、それを追うことで彼の行方を突き止めることができるかもしれない。しかし、そのためにはさらなる調査が必要だった。
彼はふと、アイリス・モンローの顔を思い浮かべた。彼女は情報屋であり、エリオットの旧友でもある。彼女ならば、リオネルの接触した男について何か手がかりを持っているかもしれない。彼は急ぎ足でアイリスのアジトへ向かうことを決意した。
アイリスのアジトは、エストリアの南端にある古い倉庫だった。表向きは廃墟のように見えるが、内部は最新の設備が整えられており、アイリスが集めた膨大な情報が保管されている場所でもあった。エリオットは倉庫の前に立ち、深呼吸をしてからドアを叩いた。
数秒後、扉が静かに開き、中からアイリスが現れた。彼女は黒いジャケットに身を包み、冷たい瞳でエリオットを見つめていた。
「エリオット、こんな早朝に何の用かしら? あなたがこんな時間に訪れるなんて、珍しいわね。」
「リオネル様が失踪したんだ。彼の行方を追っている最中で、君の助けが必要だ。」
エリオットは簡潔に事情を説明し、アイリスに協力を求めた。アイリスはしばらく無言で彼を見つめた後、深く頷いた。
「分かったわ。リオネル様が関わっているとなると、確かに重大な案件ね。私のデータベースを使って、彼が接触したという男について調べてみましょう。」
アイリスはエリオットを中に招き入れ、彼を倉庫の奥へと案内した。内部は巨大なコンピュータやモニターが並び、彼女が集めた情報が網羅されていた。アイリスは素早くキーボードを叩き、モニターにいくつかのデータを表示させた。
「リオネル様が最近接触した人物について、いくつかのデータがあるわ。特に注目すべきは、彼が最後に会っていたとされる男、名をカース・ノワール。彼は、国際的な犯罪組織『ノクターナル・レギオン』のリーダーよ。」
エリオットは息を呑んだ。ノクターナル・レギオン――それは、闇社会の中でも最も恐れられる組織の一つであり、その存在はほとんどが噂に包まれていた。
「リオネル様がそんな組織のリーダーと接触していたというのか?」
「そうよ。彼は何らかの理由で、この組織と接触していた。それが何を意味するのか、私たちにはまだ分からないけれど、リオネル様の行方を追うためには、このカース・ノワールの動向を追う必要があるわ。」
アイリスの言葉に、エリオットは深く頷いた。リオネルが王国の未来をかけて、どのような決断を下したのか。それを知るためには、この危険な組織と向き合わなければならない。彼は決意を新たにし、リオネルの行方を追う旅を続けることを誓った。
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