黒百合の復讐
アイシー
第1話 魔障との出会い
緑が生い茂った深い森の中、風によって植物が揺れる静かな音だけが響いている。そんな人類の文明とは遠くかけ離れた環境に、少女が1人休息を取っていた。首に小瓶をぶらさげ、鴉のように真っ黒に染まった長い黒髪を風と一緒になびかせている。一見は普通の少女だが、その容姿では想像できないほど物騒な刀を持っていた。少女はその刀を持っていた布で丁寧に拭き、鞘に収めた。その様子から見るに、つい最近その刀を使用したのだろう。
彼女の名前はシーラ。子供の頃に親を亡くし、生き別れた二人の妹を探すために一人旅をしている。
今この世界は能力者による人種差別、突如流行り出した奇病、そして奇病の侵食により魔獣が生み出される。このような世紀末な世界では一般人が武器を持っていることも珍しくはないのだ。
休息が済んだシーラは再び森の道を歩き始めた。この深い森の中、少しの迷いもないないまま前に歩き続けていた――
しばらくすると、人間が一人、傷だらけで倒れていた。見たところによると、シーラの三つ下くらいの少女だった。ただえさえ魔獣が蔓延っている世界で、この無人と思われていた森でこのような幼い女の子がどこからやってきたかは考えられなかったが、シーラは女の子の元に小走りして近寄り、女の子の身体に耳を当て、手首を握り脈を見た。
「……まだ息はある。傷を見る限り魔障に感染した動物がこの子を襲ったんだろう…。」
女の子の身体には胸と首のあたりに大きな爪の跡がついている。
「出血や傷口の様子から見てかなり近い出来事だ。まだ近くにいるかも…」
女の子の傷を調査しているその時だった。シーラ達を覆う大きな木の上からすごい勢いで狼と思われる獣がシーラの首めがけて飛びかかってきた。その瞬間、シーラは目にも止まらない速さで刀を抜き、獣を真っ二つに切り裂いた。
「この子供を餌にして私を殺そうとした…?やけに知能が高い狼。なぜ私がここに来ることを知っていたんだ…。」
この森には人が住んでいる気配がなかった。なのにも関わらずこの狼は次の人間が来ることを知っているかのように女の子を餌にして待ち伏せしていたのだ。
「…?この狼、妙に頭がでかい…。今にも破裂しそうなくらいだ…」
その瞬間、狼の頭は内部から爆発して、周りに真っ赤な血を撒き散らし、狼は塵となり息絶えた。
「魔障に感染して一部の部位が活性化された魔獣…。まさかこんなところにも魔障が拡大しているというの…」
シーラは女の子の止血し、近くにあった川まで一旦避難した。
気がつけば夕暮れ時、近くで焚き火をし、先程の戦闘で浴びた返り血を川の水で洗い流しているところで女の子はゆっくりと目を覚ました。
「……あれ……ここは……?」
女の子が目を覚ましたがシーラは無言で刀を拭いている。
「私、狼に襲われたんだ…。お姉さんが助けてくれたんですか?」
シーラはゆっくりと近づき、女の子の質問を無視し問いかけた。
「この辺りに人が住む集落があるの?」
女の子は目を逸らし動揺しながら答えた。
「ない…です」
その態度からも嘘が下手なのがわかる。シーラは嘘をついていることをわかりながらも質問を続けた。
「それじゃああなたはどこから、なにが目的でこの森に入ったの?」
女の子はまたしても動揺しながら答えた。
「森の外から薬草を採りにここまできました…。」
「そう。それじゃあこの辺りは狼がいるし、私が家まで送るけど。」
女の子は裏をかかれてとても動揺しているようだった。そして、涙目で考え、下を向きながら話した。
「すみません…嘘をつきました三十分ほど歩いたところに力を持たない人達の隠れ家があります。私はそこから来ました。」
あまりにも予想通りだったため、すこしも驚かずにシーラは話を続けた。
「あの狼に見覚えはあった?」
「…はい。すこし前からこの森に出始めて、集落の人たちが次々と襲われたんです。」
「どうして危険だと分かっていたのにこんなところに来たの?」
「それはさっき言った通り、薬草を採りにいったんです…。狼に襲われた人達が聞いたことのない病気にかかって、それを治すために薬草を探していました。」
シーラはすこし考え込み、再び刀をとり、磨きながら話し始めた。
「あの狼達は魔障という呪いにかかってる。生物に感染すると一部の能力は上がるけど、代償に生命力、理性が失われる。そしてあなたのいう病気にかかったという人は魔障にかかった狼から襲われたことで感染したんだ。」
「そんな…生命力が失われる…なんて…」
「そこから先は想像している通りだと思う。魔障に感染した人間は早いうちに死ぬ。治す方法もない。それから魔獣と生まれ変わり、永遠を生き続ける。誰かに殺されるのを待ちながら。」
「しっ…死ぬ……」
女の子は泣き崩れた。それにも関わらずシーラは目を合わさずに話を続けた。
「基本は治す方法はないけど、感染者の精神力や体質によっては力を制御して普通に生きることはできる。そんな場合はごく一部だけれど。」
シーラはそういいながら刀を鞘に納めた。
「あなたももうその集落には戻らない方がいい。あなたが感染者だらけの場所からここに出てきたのはある意味運が良かったのかもね。」
「………」
女の子はしばらく涙を流しながら黙っていたままだった。シーラはそんなことも気にしないまま、焚き火でいつの間に獲っていたのか、魚を焼いていた。沈黙状態が続いているなか、焚き火の木が燃える音だけが聞こえていた。すこし経つと、シーラは木の串に刺した焼き上がった魚を手に取り、無言で女の子に渡した。最初は受け取るのを渋っていたが、空腹に耐えきれなかったのか、しばらくもしないまま焼き魚にかぶりついた。この様子だと集落を出てから一度も食べ物を口にしてなかったのだろう。
焼き魚が食べ終わり、すこしすると、先に口を開いたのは女の子だった。
「あの、私の名前はファリンといいます」
涙で腫れた目でシーラをまっすぐ見ながら、自分の名前を名乗り始めた。
「別に、あなたの名前なんて興味ないけど。」
それでもシーラは冷たくあしらう。
「相手に名前を聞くときは自分の名前から名乗れとお母さんから教わっているので。」
ファリンと名乗る女の子は、シーラの真似をしているのか、すこし冷たく凛とした態度になっていた。シーラは小さなため息をつき、答えた。
「シーラ…。」
「シーラさん、まだお礼を言っていませんでした。狼に襲われた私を看病してくれてありがとうございました。お魚おいしかったです。」
急に立ち直り、完全にファリンに流れを持っていかれたシーラはすこしめんどくさそうにしながら話を続けた。
「別に、あそこで見放したら私が殺したみたいになって気分悪いし。」
ファリンはくすっとすこし笑いながら
「シーラさん、最初はすこしも感情読めない人かと思ってましたけど、心優しいひとなんですね。」
その言葉でシーラはすこし不機嫌になりかけたが、子供の言うことなので受け流すことにした。
「それで、あなたはこれからどうするつもり?帰る場所もないし行くあてもないんでしょ。」
「私はやっぱり自分の村の人達を助けたいと思ってます。」
その言葉を聞いてシーラは深くため息をついてすこし機嫌が悪そうに話した。
「さっきも言ったけど、あなたの集落は全員感染してる。行っても何もできないし、理性をなくして今頃殺し合いをしているかもわからない。せっかく運良く生き残れたんだからもっとよく考えて生きて。」
「そのシーラさんの言う魔障が薬でも治療でも治らない本当の"呪い"だとしたら、その発生源自体を完全に消滅させれば魔障自体も消えるんじゃないでしょうか。」
ファリンはさっきまで泣きじゃくっていた女の子とは思えない威勢の良さで話を進めていった。それに対してシーラは流れるような口ぶりで話した。
「魔障は突如この世界に現れた災厄。言わば自然の摂理のようなもの。でももし仮に魔障を起こした人物がいたとしても凡人二人では太刀打ちできない。」
「あの狼です。」
その一言で、シーラは黙って聞いていた。
「他の動物の感染体は度度見られますが、それでもあの狼達が同時に、しかも同じ種類の狼だけ、というのはすこし疑問を感じませんか?」
「狼の住処にたまたま魔障ができたのかもしれない。」
「感染してないあの種類の狼は一度も見たことはありません。もしそうだとしても、同じ住処に複数の群が集まるとも思えないんです。」
整理をすると、魔障は特定の場所に突如現れ次々と感染されていく。しかしあの狼達は同じ種類で、感染してない個体は見られない。狼の住処に魔障が現れたとして、複数の群れで行動する狼が一匹も余すことなく一度に感染されたのはありえないということだ。
「あなたがいいたいのはつまり、魔障を広めている誰かしらが魔障を起こし、狼を一気にこの森に放した。そういうこと?」
「はい。そしてこれはあくまでも推測ですが、狼の魔障が今回の発生源だとすると、あの狼達を退治すればあの狼に感染させられた人たちを助けられるかもしれません。」
シーラは口元に手を当てながら独り言をいった。
「確かに、あなたはあの狼に傷をつけられたけど、今のところ魔障による症状はみられない…。それはあの発生元である狼を殺したからか…。」
十秒ほど考え、決断をした。
「別にあなたの集落のことなんて関係ないけど、ここで見放したら私が殺したみたいになって気分悪いからついてってあげる。」
そういうと、さっきまで深刻な顔をしていたファリンの顔が一転変わって、これまでにない眩しい笑みになった。
「シーラさん…!ありがとうございます!」
その眩しい笑みに耐えきれず、シーラはまたもや目を逸らすが、そんなことも関係なしにファリンは話を進めた。
「シーラさん、もう一つお願いがあるんですけど…」
ファリンは改まって言った。
「私、生まれた頃から同じ歳くらいの人と友達になったことがなくて、もしよかったら友達として接してくれませんか…?」
「…勝手にすれば。」
正直嫌だった。しかし女の子に無垢な子犬のような目で見られたら誰だって断ることはできない…。
それからファリンは大喜びで呼び名を考えたりして一人で盛り上がっていた。しばらく一人で生きてきたシーラにとって、新鮮な時間ではあったが、同時に虚しくもあった。もし自分の妹がこの場にいたら、ファリン同じくらいの歳で、一緒に素直に楽しんで過ごせたのかもしれない。そんなことを考えながら、ファリンとの二人、森の中を歩いていった――。
黒百合の復讐 アイシー @ikasama1009
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