後編

 その後。

 俺は警察の交番を探した。


 すると、俺が倒れていた建物の敷地の外の様子は、見慣れない状態だった。


 車輪が無くて、空中浮遊して走ってる車がそこら中にあった。

 走りまくってる。


 ……これはもう……

 確かに500年後だ。

 間違いない。


 しかし、今の時代はどうなってるんだ?


 こんなときだけど、俺はワクワクしていた。

 創作者のサガなのか。


 ……この経験を自分の作品のネタにしてみたいなぁ。

 そんなことを思ってしまう。


 そのせいで、俺は妙に落ち着いてしまって。

 交番を発見したときに話す内容を思案する余裕が出来ていたんだ。




 俺は交番を発見したとき。

 記憶喪失を演じた。


 名前も忘れている設定にした。

 このとき、俺がムーンヴァルキリーをヒットさせる前に描いていたサスペンス漫画の連載経験が活きた。

 実は俺は、ムーンヴァルキリーを描く前に何本か大手の雑誌で連載してて。

 残念ながらそれらはことごとく打ち切りになったんだけど。


 どの作品も、俺は全力で描いたんだよ。

 だからね、本気で取材して調べたんだ。


 その打ち切られたサスペンスは、記憶喪失の男が、過去の残虐な自分の人間関係に追い詰められていく。

 そういう内容で。


 記憶喪失について徹底的に取材したんだよ。


 だから俺には、記憶喪失を演じるために必要な知識があった。


 そのお陰で、俺はこの時代で生活保護と新しい戸籍を得ることに成功したんだ。




 生活保護を受けながら、ハローワークに通い、俺はイラストを受注制作する会社のスタッフの仕事を得た。

 この時代、俺の時代にもあったAI絵は進化をし続け。

 ただ構図が欲しいだけの絵は、AIで誰でも手に入れられるようになっていた。


 だけどそのせいで。

 人間の描いた絵はむしろ価値が上がったんだな。


 人間の絵の揺らぎというか、いたらなさ。

 そういうのが、尊ばれたんだ。


 AIの絵は良くも悪くも整ってて、それ自体は素晴らしいことだけど。

 人間が描いたものではない、ということだけで、それが安っぽく見えるらしい。


 ……まあ、分からんでも無いわ。


 俺たちの時代でも、エックスやノート、ヨウチューブのアイコン。

 それに誰でも簡単に取れる綺麗なフリー素材を選択するより。

 例え下手でも、自分で描いたアイコンである方が、なんだか良い気がする。

 それが、絵師に頼んで有料で描いてもらったものなら猶更なおさらだ。


 簡単に手に入るものには、思い入れは宿らないんだよ。


 なので俺は、絵描きをこの時代でも仕事にすることに成功したんだ。

 まぁ、かつては世界中で読んで貰えた少女漫画の原作者の誇りプライド

 それが無かったわけでも無かったけどさ。


 それは別にどうでもいいや、と思える程度には俺は大人だったみたいだ。

 会社務めのお給料で、生活保護を卒業して新しい部屋も借りれたし。

 家具も買えた。


 ……前に住んでたマンションよりは狭いけど、広い部屋の掃除の大変さは理解してたし。

 これはこれで楽でいい、と思い直した。


 そしてパソコンも買ったんだ。

 買おうかどうか迷ったんだけどな。


 で、ネットに繋いで。

 この時代の創作物の事情を調べた。




 ……調べはじめて驚いたのは、俺が大いに感銘を受けた、伝説級の大先生が創り出した名作たち……


 美奈子のススメだとか、グラップラー馬鬼、グリフォンオーブ……

 赤ずきんピシャーチャ、吹雪の防壁、カードスキャナー泣き虫さくら……


 悉く、誰も話題に上げない状態になってたんだ。

 信じられなかった。

 あの超名作が……


 俺の時代では、知らない奴は「漫画を幼稚園からやり直せ」って言われるレベルの作品だったのに。


 ……なのにだ。


 俺の作品であるムーンヴァルキリー。

 これは、あったんだよな……

 まだ、みんなに知られていた。


 ただ


 ……R-18の成人指定の作品になっていたんだ。


 何でだよ!?

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