中編

 見なきゃいい、って知り合いの作家には言われたんだ。

 知らなかったら平静で居られるだろうと。


 ……でもな。

 見ちゃうんだよ。


 気になるんだ。


 ……自慢のキャラクターだったからな。

 本当に、神がかった会心のキャラクターだったんだ。

 俺の全てを注ぎ込んで考え出した女の子……娘なんだ。


 で、見て激怒する。

 描いた奴に怒りをぶつけたくなるが、寸前で堪える。


 その繰り返し。


 ……ああ、分かってるよ。

 だったら見るな。

 その一言で終わる話なんだ、ってのは。


 だけどさ……


 それでも言いたいよ。俺は。


 お前は俺の描いたムーンヴァルキリーをたった1頁でも読んだのか?

 もしくはアニメを1分でも視聴したのか? って。

 見たのなら、俺の作った水田アオはそんな酷い目に遭っていい女の子じゃないって何故分かってくれない……!?


 くそがっ……!


 思えば、この辺の環境は昔の方がずっとマシだった。

 昔はその手の絵は、年に数回開かれる即売会に行くか、専門の書店に行かないと買えなかったからな。


 だけど今は、インターネットってものがあり、そこで電子上で簡単に発表出来て、見ることが出来るから……


 見ようと思えばすぐ見られるんだよ。

 それが俺の、この封印すべき怒りを封印しがたくしている一因になってるんだ。


 本当に、過ぎた技術ってのはろくなもんじゃないわ。

 昔は良かったよ。


 色々と。


 今日も、見なくても良いものを見てしまい、俺は不愉快になっていた。

 そして怒りのあまり、笑いながら


「連載終了25年も経っているのに、俺の作った水田アオは変わらず性的暴行を受け続けている。大した人気だよ。この分じゃ100年先も変わってないかもなぁ」


 そう、吐き捨てるように言ったとき。


「100年と言わず、500年先も確認するがいい」


 ……どこからともなく、男の声がしたんだ。

 知らない男の声だったよ。


 ……ここ、自宅の自室なのに。


 驚いた俺は、慌てて声の主を、その姿を探した。

 けれど、どこにもその姿が見えなかった。


 飲み掛けの缶ビールが放置してあるローテーブル。

 スイッチの入ってない大画面テレビ。

 そして灯りのつけっ放しのキッチン……


 ……どういうことだ?

 俺は混乱する。


 だけど、見えないんだ。


 声の主が。


 どこにも、誰も、俺以外の人間はいない。

 すると……部屋のデスクや本棚が、物言わぬ住人のように俺を見ている妄想が湧いて来た。


 ……一気に、怖くなった。


 なので俺は、自分が疲れているんだと思ったので。

 パソコンを切り、着替えて、ベッドに潜り込んだ。


 寝よう。

 こう言うときは、寝るに限る。


 ……そして目を閉じ。

 俺の意識が眠りに落ちようとしたその瞬間だ。


 ……何だか、自分の世界がひっくり返るような。

 そんな奇妙な感覚を味わったんだ。




 そして次の日。


 目覚めると、俺は……


 何故か、外に居た。


 どこか知らない建物の、敷地内の空き地。

 そこの土の上で寝てた。


 ……中庭か?


 そんな感じの場所で、身を投げ出すような姿で。


 え……?


 俺、昨日ベッドで寝たのに。

 何故、外で転がってるの?


 訳が分からなかった。

 服装は……寝巻。


 昨日寝る前に着替えた格好だ。

 ……まいったな。


 スマホも財布も、何もない。


 ……自宅マンションの鍵も無いわ。

 血の気がグングン引いていく。

 どうしよう……?


 まあ、とにかくだ。

 ここ、多分日本だよ。


 近くに新聞紙が落ちてたからね。

 ゴミとして。


 ……日本語のやつだ。


 だから警察に駆け込んだら多分なんとかなるはず。

 一体、何が起きたのか。


 しかし……俺が寝ていたのは本当に一晩か?


 不意に不安になってきた。


 こんな状況、薬を使われて拉致された可能性が濃厚だろ。

 数日、いや数週間寝ていた可能性だって……


 そう思い、俺はその新聞紙を拾って、日付を見たんだ。


 するとそこには……


 2524年8月11日(金)


 と、あった。


 ……は?

 昨日は2024年の8月11日だったよな?

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