500年経っても……
XX
前編
ずっと、殺してやりたいと思っていた。
俺は巷では化け物作品という名で呼ばれている少女漫画「ムーンヴァルキリー」の作者だ。
ムーンヴァルキリーは35年前に描いた俺の最高傑作。
メイン読者である小学生女児たちに、通常は少年漫画で得られるような熱い友情と、努力と、勝利と。
あと、恋愛以外の人間的な成長を届けるために描いた。
読めば様々な輝かしいものが得られる、少女漫画で全面になりがちな恋愛だけが売りじゃない、そんな作品を目指して。
作品自体は大人気で。10年続いた。
それは漫画家……表現者としては誇りたい気持ちではある。
終わるときは「終わらないで欲しい」というたくさんのファンレターを貰った。
だけどそれを振り切って、望み通り終わらせたのは今でも一番の自慢だ。
本当に、素晴らしい作品だった。
もう2度と、これ以上の作品は描けないな。
というか、ムーンヴァルキリーを描いているとき。
俺は何か別のものになってたんじゃないのか?
神が降りていたのではないのか?
そう思わざるを得ない。
異常過ぎたんだ。あのときの俺の漫画家としての腕は。
大御所にもそんな回想をする人が居たしな。
某悪魔人間が狂った世界を戦い抜く少年漫画の。
こういうの、創作者あるあるなんじゃないのかな。
……と。
そんな感じで、俺の傑作が大人気作品だというだけで、この話が終われば良かったんだけど。
連載終了して25年も経っているのに。
俺は人を殺してやりたい気持ちを味わっていた。
それは何か……?
……成人向け同人誌。
所謂エロ同人だよ。
俺が持てる力を全て注いで創り出した愛すべきキャラクターたち。
それをアイツらはメチャクチャにしたんだ。
特に標的になったのは、ムーンヴァルキリーの主役のムーンヴァルキリー・月山ヒカリじゃなくて。
その親友枠の、優等生。
アクアヴァルキリー・水田アオ。
学年1位の成績の美少女だけど、謙虚で大人しく。
引っ込み思案。
けれども、自分より弱い存在が虐げられるのを見過ごせない強さを持ってる。
キャラデザも、改心の出来で。
当時は小学生女児たちから「アオちゃん大好き」というファンレターを沢山貰った。
良い思い出だった。
だけど……
水田アオを気に入ったのは、女児たちだけじゃなかったんだ。
最初はまあ、作中のキャラクターのifが多かった気がする。
水田アオは、ヒカリの弟の小学生のコウタに好意を持たれていて。
そこから
アオがコウタと恋愛関係になって、相思相愛で性行為に及ぶ。
……こんな感じのifだった。
まあ、それでも大概許せないものがあったが、まだ許せた。
だけどその後に蔓延った……
「水田アオが浮浪者に襲われて~最後浮浪者たちの共有の玩具に」
「用務員に薬を飲まされて、用務員の子供を~」
「コンビニ店長に万引きの濡れ衣を着せられて、スタッフルームに連れ込まれて酷い目に」
「水田アオと到底釣り合いがとれないような、不細工で頭悪く性格最悪のクズ男が、催眠術で彼女を奴隷に~」
という、徹底的に水田アオを陵辱するタイプのエロ同人。
それよりは万倍マシだ!
俺が水田アオを生み出すのに、どれだけの愛を注いだか分かっているのか!?
怒り狂った俺は、そういうエロ同人を法的に取り締まれないかと思い、当時の編集者に相談したんだけど
「先生の怒りは分かります」
編集者は俺の怒りを理解はしてくれた。
だけど……
「ですけど、おススメは致しません」
やんわりと、俺が行動を起こすことを
何故か……?
それは、そういう原作者の怒りを爆発させ、大暴れした創作者。
つまり、このときの俺がしようとしていることを先にやってしまった者たち。
そういう人は何人か居たんだけど。
……彼らは、望みを叶えたかもしれないが、創作で自己表現をする場所を
読者が彼らを排除したんだよ。
……何でだよ!
俺は怒ったが、編集者は教えてくれたよ。
「良い悪いじゃないんですよ。嫌いかそうじゃないか。それが重要なんです。正しさは関係無いんです」
……その言葉は、俺を納得させざるを得なかった。
俺だって大人だ。
世の中、正しさだけで回っているわけじゃない。
だからこそ、俺はムーンヴァルキリーに正義を貫く大切さも描いたんだけど。
……現実は、俺のムーンヴァルキリーみたいにはいかないのか。
畜生……
そして今。
俺の原作が終了して25年。
俺の娘と言っても差し支えない水田アオは。
今日もエロ同人の中で、尊厳を破壊される悲惨な目に遭い続けている。
重ねて言うが、25年も経っているのに。
平成に生み出した俺のキャラが、令和に入っても、だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます