「ベルリンへの旅立ち ―芸術と友情の翼を広げて―」
さくらハウスのリビングに、興奮と緊張が入り混じった空気が漂っていた。小鳥遊詩音の手には、ドイツの著名なギャラリーからの招待状が握られている。
そうにこのおばあちゃんの「幸せを呼ぶ秘伝のケーキ」を食べたときにドイツから打診があった個展開催が実現したのである。
彼女の人生は今、新たな章へと踏み出そうとしていた。
「ねえ、これ見て!」
詩音の声には、興奮と不安が入り混じっていた。彼女は大きめのグラフィックTシャツにデニムのショートパンツという、いつものカジュアルな格好だったが、その目は普段には見られない輝きを放っていた。
鷹宮澪と月城にこは、詩音の手元の招待状に目を落とした。高級感のある厚手の紙に、ゴシック体で刻まれたドイツ語と英語。そこには、ベルリンの現代アートギャラリーで個展を開催するオファーが記されていた。
「すごいわ、詩音!」
澪が驚きと喜びを込めて言った。彼女は休日らしく、オフホワイトのカシミアニットにリネンのワイドパンツという洗練されたカジュアルスタイル。髪は、いつものポニーテールから解放され、なだらかな波を描いて肩に落ちている。
「おめでとう、詩音。これはチャンスよ」
にこも、優雅に微笑んだ。彼女は家にいても抜かりなく、シルクのブラウスにフレアスカートという上品な装い。首元には、控えめながら上質な真珠のネックレスが輝いている。
詩音は、嬉しさと同時に不安も感じているようだった。彼女の指先が、招待状の端をくるくると弄んでいる。
「でも、私一人じゃ不安で……」
詩音の声が少し震えた。
「どうしたの?」
澪が優しく尋ねた。
「実は……二人に一緒に来てほしいの。名目上はアシスタントってことで」
詩音の言葆に、澪とにこは顔を見合わせた。
「もちろんよ!」
にこが即座に答えた。
「私も行くわ。詩音、一人で抱え込まないで」
澪も優しく微笑んだ。
「本当に!? ありがとう!」
詩音の目に、涙が光った。
「ただで海外旅行に行けるなんてラッキーだわ! すぐに有給取らないと!」
にこが嬉しそうに言った。
「そうね。でも、準備することはたくさんありそうよ」
澪が、すでに頭の中でToDoリストを作り始めているような表情で言った。
こうして、三人のベルリン行きが決定した。それから数週間、さくらハウスは準備の熱気に包まれた。
リビングのテーブルには、ドイツ語の教科書やガイドブック、そしてベルリンの現代アートシーンに関する資料が山積みになっていた。壁には、ベルリンの地図が貼られ、訪れたい場所にピンが刺されている。
「ねえ、これ見て。ベルリンの壁の跡地にあるイーストサイド・ギャラリーってすごそう」
詩音が、アートブックを指さしながら言った。彼女の目は、写真に映る巨大な壁画に釘付けになっている。そこには、政治的メッセージと芸術性が見事に融合した作品が広がっていた。
「確かに印象的ね。でも、私はこっちも気になるわ」
にこが別のページを開いた。そこには、近代的な建築と古典的な美術館が共存するムゼウムスインゼル(博物館島)の写真が載っていた。
「歴史と現代が交錯する街なのね、ベルリンって」
澪が感心したように言った。
三人は、それぞれの興味に従って、ベルリンについて学んでいった。詩音は現地のアーティストたちの作品を研究し、にこはドイツのファッションやデザインについて調べ、澪はベルリンの歴史や文化背景を学んだ。
準備の日々は、あっという間に過ぎていった。出発の前日、三人は最後の確認をしていた。
「パスポート、チケット、ユーロ……大丈夫ね」
澪が、チェックリストを確認しながら言った。
「化粧品は現地調達? それとも持っていく?」
にこが、自身の豊富なコスメコレクションを眺めながら悩んでいた。
「私は、画材だけはしっかり持っていきたいな」
詩音が、大切そうに自分の画材セットを抱きしめた。
◆
いよいよ出発の朝を迎えた。三人は、それぞれ個性的なスーツケースを引いている。澪のは機能性重視の黒のハードケース、にこのはブランドものの上品なトランク、詩音のはカラフルなステッカーが貼られたバックパックだ。
「さあ、行きましょう」
澪が、少し緊張した面持ちで言った。
「ベルリン、待ってろ?!」
詩音が、はしゃぐように声を上げた。
「素敵な旅になりそうね」
にこが、優雅に微笑んだ。
三人は、さくらハウスを後にした。タクシーに乗り込み、空港へと向かう。車窓から見える東京の街並みが、いつもより特別に感じられた。
空港に到着すると、そこにはいつもと違う空気が流れていた。国際線ターミナルの大きな窓からは、世界各国へ飛び立つ飛行機が見える。三人の胸に、期待と不安が入り混じった感情が湧き上がる。
「あ、あそこが私たちのチェックインカウンターね」
澪が、案内板を確認しながら言った。
チェックインを済ませ、セキュリティチェックを通過すると、そこには免税店が立ち並ぶ華やかな空間が広がっていた。
「わぁ、この香水、ドイツのブランドね」
にこが、ショーウィンドウに飾られたボトルに目を留めた。
「私たちも、ちょっとおしゃれして行く?」
詩音が、化粧品コーナーを指さした。
三人は、それぞれお気に入りのアイテムを選んだ。澪は、長時間のフライトでも崩れにくいファンデーション。にこは、ドイツの老舗ブランドの香水。詩音は、カラフルなアイシャドウパレット。
搭乗時間が近づき、三人はゲートへと向かった。
「あ、私たちの席、どうなってるんだろう」
詩音が、搭乗券を確認しながら言った。
「大丈夫、隣同士よ」
澪が安心させるように答えた。
飛行機に搭乗し、座席に着く。窓際の詩音、中央のにこ、通路側の澪。三人はシートベルトを締め、深呼吸をした。
「これから12時間のフライトね」
にこが、少し緊張した様子で言った。
「うん、でも楽しもう!」
詩音が、明るく答えた。
飛行機が滑走路を走り始め、やがて大きな揺れとともに離陸した。窓から見える東京の街並みが、どんどん小さくなっていく。
「さようなら、日本。また帰ってくるからね」
詩音が、少し寂しそうに呟いた。
「大丈夫よ、詩音。私たちがついているわ」
澪が、優しく彼女の手を握った。
にこも、黙ってうなずいた。
飛行機は雲を突き抜け、青い空へと飛び立っていった。三人の冒険が、今始まろうとしていた。
フライトが安定すると、客室乗務員が飲み物のサービスを始めた。
「何にする?」
澪が二人に尋ねた。
「私は少しだけ白ワインを頂こうかしら」
にこが優雅に答えた。
「私はオレンジジュース!」
詩音が元気よく言った。
澪は微笑んで、自分にはミネラルウォーターを選んだ。
飲み物を受け取った三人は、それぞれの方法でリラックスし始めた。にこは、機内誌を開いてドイツの特集ページを熱心に読んでいる。澪は、ノートパソコンを取り出し、ベルリンでのスケジュールを再確認している。詩音は、窓の外の雲海を眺めながら、スケッチブックに何かを描き始めた。
「ねえ、これ見て」
詩音が、描きかけのスケッチを二人に見せた。そこには、雲の形をした奇妙な生き物たちが描かれていた。
「素敵ね、詩音。もう芸術の旅は始まってるのね」
にこが感心したように言った。
「うん、なんだかインスピレーションが湧いてくるの」
詩音の目が輝いていた。
時間が経つにつれ、三人はそれぞれの方法で長時間フライトを乗り切ろうとしていた。にこは、持参した高級アイマスクを着けて優雅に眠りについた。澪は、ドイツ語の勉強アプリを開いて黙々と単語を覚えている。詩音は、映画を見ながら、時折スケッチブックに何かをメモしていた。
機内食の時間になると、三人は再び会話を交わした。
「どう? 機内食」
澪が、フォークを手に取りながら尋ねた。
「まあまあね。でも、ベルリンに着いたら本場のドイツ料理を楽しみたいわ」
にこが答えた。
「私はシュニッツェルが食べたい!」
詩音が目を輝かせて言った。
食事を終え、再び静かな時間が流れ始めた。窓の外は夜になり、星空が広がっている。
「ねえ、みんな……」
詩音が、少し不安そうな声で言った。
「どうしたの?」
澪が優しく尋ねた。
「私、ちゃんとやれるかな。ベルリンで」
詩音の声が震えていた。
にこは、優しく詩音の手を握った。
「大丈夫よ。あなたの才能は本物だもの」
「そうよ、詩音。私たちがついているわ。一緒に乗り越えましょう」
澪も力強く言った。
詩音の目に、涙が光った。
「ありがとう……二人がいてくれて本当によかった」
三人は、お互いの手を重ね合わせた。その瞬間、彼女たちの絆がより一層深まったように感じられた。
やがて、機内が薄暗くなり、多くの乗客が眠りについた。しかし、三人の心の中では、これから始まる冒険への期待が、静かに、しかし確実に膨らんでいった。
ベルリンまであと数時間。新しい世界が、彼女たちを待っていた。
◆
機内アナウンスが、ベルリン・テーゲル空港への到着を告げた。三人は、長時間のフライトで少し疲れた様子だったが、目には期待の光が宿っていた。
「やっと着くのね」
にこが、コンパクトミラーで髪を整えながら言った。彼女は、12時間のフライトを経てもなお、優雅さを失わなかった。シルクのスカーフを首元に巻き直し、リップグロスを軽く塗り直す姿は、まるで映画のワンシーンのようだった。
「うん、ドキドキする!」
詩音が、窓の外を覗き込みながら興奮気味に言った。彼女の髪は、寝癖でまとまりがなくなっていたが、その乱れた姿が逆に彼女の芸術家としての魅力を引き立てていた。
「さあ、深呼吸して。新しい冒険の始まりよ」
澪が、二人を見守るように言った。彼女は、コンパクトなブラシで髪をさっと整え、リップクリームを塗り直した。ナチュラルメイクが、彼女の知的な雰囲気をより際立たせている。
飛行機が着陸し、三人はゆっくりとタラップを降りた。ベルリンの空気が、彼女たちの肌を優しく撫でる。
「わぁ、ここがベルリンなんだ」
詩音が、目を輝かせながら周囲を見回した。空港の建物には、すでにドイツらしい整然とした美しさが感じられた。
入国審査を済ませ、荷物を受け取ると、三人は空港のロビーに立った。そこには、「WILLKOMMEN IN BERLIN」(ベルリンへようこそ)という大きな看板が掲げられていた。
「さて、ホテルまでどう行く?」
にこが、スマートフォンの地図アプリを確認しながら尋ねた。
「タクシーがいいかしら。疲れているし」
澪が提案した。
三人は同意し、タクシー乗り場へと向かった。運転手に宿泊先のホテル名を告げると、車は街の中心部へと走り出した。
車窓からは、ベルリンの街並みが次々と流れていく。歴史的な建造物と現代的な高層ビルが共存する景色に、三人は目を奪われた。
「あれ、ブランデンブルク門だわ!」
にこが、突然声を上げた。車窓の向こうに、ベルリンのシンボルである巨大な門が見えた。
「すごい……教科書で見たのとは全然違う」
詩音が、感動したように呟いた。
「ベルリンの壁があった場所も、もうすぐよ」
澪が、ガイドブックを確認しながら言った。
タクシーは、ミッテ地区にあるホテルに到着した。三人は、荷物を持ってロビーに入った。
「Guten Tag」(こんにちは)
フロントのスタッフが、笑顔で三人を迎えた。
「Guten Tag」
澪が、少し緊張しながら返した。
チェックインを済ませ、三人は部屋に向かった。ドアを開けると、そこには清潔で落ち着いた雰囲気の部屋が広がっていた。大きな窓からは、ベルリンの街並みが一望できる。
「わぁ、素敵!」
詩音が、窓際に駆け寄った。
「シャワーを浴びて、少し休憩しましょう」
にこが提案した。
三人は順番にシャワーを浴び、ホテルのバスローブに着替えた。長時間のフライトの疲れが、少しずつ癒されていく。
「ねえ、今日の夕食どうする?」
澪が、ベッドに腰掛けながら尋ねた。
「せっかくだから、近くのレストランで本場のドイツ料理を味わいましょう」
にこが提案した。
「いいね! 私、本場のビールも飲んでみたい」
詩音が、はしゃぐように言った。
三人は、それぞれお気に入りの服に着替えた。澪はシンプルな黒のワンピースに、細身のレザージャケットを合わせた。にこは、ベージュのブラウスに花柄のスカートという、優雅な装い。詩音は、カラフルなプリントのワンピースに、赤いブーツを合わせた個性的なスタイルだ。
「よし、行きましょう」
澪が、ホテルの部屋のドアを開けた。
三人は、ベルリンの夜の街へと足を踏み出した。街灯に照らされた石畳の道、レンガ造りの建物、そしてどこからともなく聞こえてくる音楽。すべてが新鮮で、心躍る体験だった。
「あ、あそこのレストラン、いい感じじゃない?」
にこが、角にある古風な建物を指さした。
三人は、その店に入った。店内は、木の温もりが感じられる落ち着いた雰囲気。壁には、ベルリンの古い写真が飾られている。
「Guten Abend」(こんばんは)
ウェイターが、三人を温かく迎えた。
メニューを開くと、ドイツ語と英語で料理名が書かれている。三人は、互いに相談しながら料理を選んだ。
「私はシュニッツェルにするわ」
澪が言った。
「私はアイスバインを試してみようかしら」
にこが、少し冒険的な選択をした。
「私はカリーブルスト! そして、もちろんビールも」
詩音が、目を輝かせながら注文した。
料理が運ばれてくると、テーブルは美味しそうな香りに包まれた。
「Prost!」(乾杯!)
三人は、ビールジョッキを掲げて乾杯した。
「美味しい! ドイツのビールって本当に違うね」
詩音が、感動したように言った。
「このシュニッツェル、柔らかくて香り豊かだわ」
澪も、満足そうに頷いた。
「アイスバインも、予想以上に美味しいわ」
にこが、優雅にナイフとフォークを使いながら言った。
食事をしながら、三人は明日からの予定を確認し合った。
「まず、ギャラリーに行って打ち合わせね」
澪が、手帳を開きながら言った。
「その後、街を散策しましょう。インスピレーションが湧くかもしれないわ」
にこが提案した。
「うん、楽しみ! ベルリンの空気を吸って、たくさんのアイデアを得たいな」
詩音が、期待に胸を膨らませた。
食事を終え、三人はホテルへの帰り道を散歩することにした。夜のベルリンは、昼間とはまた違った魅力を放っていた。シュプレー川に映る街灯の光、遠くで聞こえる音楽、そして行き交う人々の笑い声。
「ねえ、あれ見て」
詩音が、突然立ち止まった。路地の壁に、大きなストリートアートが描かれていた。抽象的な線と鮮やかな色彩が、夜の闇に浮かび上がっている。
「素晴らしいわ。ベルリンは、至る所に芸術があるのね」
にこが、感嘆の声を上げた。
「詩音、あなたの作品も、こんな風にベルリンの街に彩りを添えるのよ」
澪が、詩音の肩に手を置いた。
詩音の目に、決意の色が宿った。
「うん、頑張る。私の作品で、ベルリンにも、見る人の心にも、新しい風景を作り出したい」
三人は、満足げに微笑み合った。ベルリンでの冒険は、まだ始まったばかり。明日からの日々が、どんな発見と感動をもたらすのか、誰にも分からない。しかし、三人の心の中には、確かな期待と希望が芽生えていた。
ホテルに戻り、それぞれのベッドに横たわった三人。部屋の明かりを消すと、窓の外にベルリンの夜景が広がった。
「おやすみなさい」
三人の声が、静かな部屋に響いた。
明日は、新たな朝が訪れる。ベルリンという芸術の街で、彼女たちの物語が、今まさに始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます