「ベルリンへの旅立ち ―ギャラリーでの試練―」

 詩音、澪、にこの三人は、ベルリンに到着してから数日が経過していた。今日は、いよいよギャラリーでの打ち合わせの日だ。朝早くから準備に取り掛かる三人の姿には、期待と不安が入り混じっていた。


 澪は、いつもより丁寧にメイクを施していた。ファンデーションの上からは、ドイツで購入したばかりの高級ブランドのコンシーラーを丁寧に塗り、目の下の隈を完璧にカバー。アイシャドウは、ベルリンの空をイメージした淡いブルーグレーを選び、まぶたに繊細なグラデーションを作り出した。


「やっぱり、ドイツのコスメって違うわね」


 澪は、鏡に映る自分の姿に満足げな表情を浮かべた。


 一方、にこは、ワードローブの前で悩んでいた。


「詩音、この黒のワンピースと白のブラウス、どっちがいいと思う?」


 にこは、ハンガーにかかった二着の服を交互に見比べながら、詩音に意見を求めた。


「う?ん、どっちも素敵だけど……私なら白のブラウスかな。清潔感があって、ドイツ人好みだと思うわ」


 詩音は、自身のファッションセンスに自信を持って答えた。


「そうね。じゃあ、白のブラウスにするわ。ありがとう!」


 にこは、白のブラウスを身に纏い、黒のタイトスカートと合わせた。首元には、ベルリンで購入したシルバーのペンダントを添えて、洗練された雰囲気を演出した。


 三人は、準備を整えると、ギャラリーへと向かった。ベルリンの街並みは、近代的な建物と歴史的な建造物が見事に調和しており、その景色に見とれながら歩を進めた。


 ギャラリーに到着すると、ドイツ人のギャラリストが三人を出迎えた。


「ヴィルコメン! お待ちしておりました」


 ギャラリストの男性は、流暢なドイツ語と英語で三人に挨拶をした。


「はじめまして。私が詩音です。こちらが澪とにこです」


 詩音は、緊張しながらも落ち着いた様子で自己紹介をした。


 打ち合わせが始まると、すぐにドイツ特有の規則や要求に直面することとなった。


「展示作品のサイズに関して、厳格な規定があります。また、作品の説明文は必ずドイツ語と英語の二か国語で用意していただく必要があります」


 ギャラリストの説明に、三人は顔を見合わせた。


「サイズの規定ですか……? 私の作品の中には、それを超えるものがいくつかあります」


 詩音は、困惑した表情を浮かべた。


「そうですね。でも、心配しないで」


 澪が、冷静な声で言った。


「にこ、あなたはドイツ語が得意よね。説明文の翻訳を手伝ってもらえないかしら?」


「もちろん! 私にまかせて」


 にこは、自信に満ちた様子で頷いた。


「詩音、サイズの問題は私が担当するわ。ギャラリーの方と交渉して、何か良い解決策を見つけましょう」


 澪は、リーダーシップを発揮し、問題解決に向けて動き出した。


「ありがとう、二人とも」


 詩音は、感謝の言葉を述べた。


 三人は、それぞれの役割を確認し合い、問題に立ち向かっていった。澪は、ギャラリストとの交渉を始め、にこは翻訳作業に取り掛かった。詩音は、自身の作品について熱心に説明を続けた。


 打ち合わせが進むにつれ、三人の連携が徐々に形になっていった。澪の交渉力、にこの語学力、そして詩音の芸術性が見事に調和し、一つ一つの問題を解決していった。


「素晴らしい! こんなに柔軟に対応していただけるとは思いませんでした」


 ギャラリストは、三人の取り組み方に感心した様子だった。


 打ち合わせが終わり、ギャラリーを後にした三人は、近くのカフェで休憩することにした。


「ふぅ……緊張したわ」


 詩音は、深いため息をついた。


「でも、よくやったわよ、詩音」


 澪は、詩音の肩をそっと叩いた。


「そうよ! 私たち、最高のチームだわ」


 にこは、明るい笑顔で言った。


 三人は、ほっとした表情で互いを見つめ合った。ベルリンの街並みを背景に、カフェのテラス席で寛ぐ彼女たちの姿は、まるで一枚の絵画のようだった。


「ねえ、あれを見て」


 にこが、突然指さした先には、美しい壁画が描かれていた。ベルリンの歴史と現代アートが融合したその作品に、三人は息を呑んだ。


「すごい……ベルリンって、本当に芸術の街ね」


 詩音の目は、輝いていた。


「私たちの展示も、きっと成功するわ」


 澪は、自信に満ちた声で言った。


 三人は、これからの展開に胸を躍らせながら、ベルリンの街に溶け込んでいった。



 カフェでの休憩を終えた三人は、ギャラリー近くの美術用品店に立ち寄ることにした。詩音が展示のために追加で必要な画材があると言い出したのだ。


 店内に入ると、ヨーロッパならではの高品質な画材が所狭しと並んでいた。詩音の目が輝きだす。


「わぁ……こんなに素敵な画材、日本では見たことないわ」


 詩音は、手に取った筆の穂先を指でそっと撫でながら、うっとりとした表情を浮かべた。


「でも、ラベルがドイツ語ばかりで……」


 澪が困惑した様子で言う。


「大丈夫よ、私が翻訳するわ」


 にこが自信満々に言い、さっそくスマートフォンを取り出して翻訳アプリを起動させた。


 三人で協力しながら、詩音の作品制作に必要な画材を選んでいく。にこが翻訳し、澪が予算管理を担当。詩音は芸術的な観点から最適な画材を吟味していった。


「あ、これ面白そう」


 澪が手に取ったのは、ドイツ製の特殊な絵の具だった。パッケージには「Berliner Blau」と書かれている。


「ベルリンブルーね。ベルリン特有の青色なのよ」


 にこが説明する。


「すごい! これ、私の作品にぴったりかも」


 詩音は目を輝かせて言った。


「でも、予算オーバーにならない?」


 澪が心配そうに尋ねる。


「大丈夫よ。これは絶対に必要だわ。他の物を少し減らせば……」


 詩音は真剣な表情で答えた。


「わかったわ。芸術に妥協は禁物ね」


 澪は微笑んで同意した。


 画材選びを終え、レジに向かう途中、にこが立ち止まった。


「あれ……?」


 にこの視線の先には、一人の若い女性がいた。彼女もまた、にこを見つめ返している。


「マリア?」


 にこが声をかけると、女性の顔がパッと明るくなった。


「にこ! まさか、ここであなたに会えるなんて!」


 二人は抱擁を交わし、ドイツ語で会話を始めた。


 詩音と澪は困惑した表情で見守っていたが、やがてにこが二人に向き直った。


「ごめんなさい。この人はマリアっていうの。私が以前オンラインの語学交換で知り合ったドイツ人の友達なの」


 にこは興奮した様子で説明した。


「はじめまして。私は詩音です」


「澪です。よろしくお願いします」


 詩音と澪は英語で自己紹介をした。マリアも流暢な英語で応じる。


「にこから聞いていました。日本人アーティストの友人が個展のためにベルリンに来ると。まさかこんなところで出会えるなんて!」


 マリアは嬉しそうに言った。


「そうなの。私たち、今からギャラリーに戻るところだったの」


 にこが答える。


「そうだったの? もし良ければ、私も一緒に行ってもいいかしら? ベルリンの芸術シーンについて少し案内できるかもしれないわ」


 マリアの申し出に、三人は顔を見合わせた。


「ぜひお願いします!」


 詩音が即座に答えた。澪とにこもうなずく。


 こうして四人は、画材を手に再びギャラリーへと向かった。歩きながら、マリアはベルリンの現代アートシーンについて熱心に語り始めた。


「ベルリンには、世界中からアーティストが集まってくるの。特に東西ドイツ統一後、この街は芸術の実験場のような場所になったわ」


 マリアの話に、詩音は目を輝かせて聞き入っていた。


「私の作品も、ここで新しい解釈を得られるかもしれないわね」


 詩音が呟くように言った。


「きっとそうよ。ベルリンの観客は、新しいアイデアに対してとてもオープンだから」


 マリアは励ますように言った。


 ギャラリーに到着すると、マリアは詩音の作品のためのスペースを熱心に見て回った。


「ここにこの作品を置いて、照明をこう当てれば……素晴らしい効果が得られると思うわ」


 マリアのアドバイスに、詩音は感銘を受けた様子だった。


「本当に助かるわ。ベルリンならではの展示の仕方があるのね」


 詩音は感謝の言葉を述べた。


 その日の夕方、四人はギャラリー近くのビアガーデンで乾杯をした。ドイツビールの泡が夕陽に輝く中、彼女たちの会話は尽きることを知らなかった。


「今日は本当にありがとう、マリア。あなたのおかげで、私たちのベルリンでの挑戦が、もっと楽しく、もっと意味深いものになりそう」


 にこが感謝の言葉を述べた。


「私こそ、素晴らしい出会いに感謝するわ。これからもベルリン滞在中、何かあったら遠慮なく言ってね」


 マリアは優しく微笑んだ。


 夜風が四人の髪をそよがせる。ベルリンの街並みを背景に、彼女たちの笑顔が輝いていた。芸術と友情が深まるこの瞬間、詩音の個展への期待はさらに大きく膨らんでいった。

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