「思わぬ遭遇 ~とあるキャンペーンの舞台裏~」
ある朝、鷹宮澪は緊張した面持ちで子会社のオフィスに足を踏み入れた。彼女は今日から「女性の自立支援キャンペーン」のプロジェクトリーダーを務めることになっていた。
澪は、いつも以上に気合の入った装いだった。クリーム色のシルクブラウスに、濃紺のテーラードジャケット、同系色のタイトスカートというエレガントな姿。首元には、控えめながら上質な真珠のネックレスが輝いている。髪は、普段のポニーテールではなく、きっちりとしたアップスタイルにまとめ上げていた。
「よし、行くわよ」
澪は小さく呟き、会議室のドアを開けた。
しかし、そこで彼女を待っていたのは、思いもよらない光景だった。協力者として集められた10人の女性たちの中に、見覚えのある顔が2つあったのだ。
「え? 詩音? にこ?」
澪は思わず声を上げそうになったが、すぐに表情を取り繕った。確かにそこには、小鳥遊詩音と月城にこの姿があった。
詩音は、いつもの大きめのグラフィックTシャツではなく、淡いピンク色のブラウスにベージュのチノパンというビジネスカジュアルな装い。髪は、普段のまとまりのないウェーブを、丁寧にまとめ上げている。
にこは、さすがに完璧な装いだった。白のブラウスに、淡いグレーのジャケット、同系色のスカートというクールな印象の中に、首元のスカーフが華やかさを添えている。髪は、いつもよりもきっちりとしたアップスタイルで、凛とした雰囲気を醸し出していた。
澪は一瞬の動揺を押し殺し、プロフェッショナルな表情を作り上げた。
「皆さん、おはようございます。本日から『女性の自立支援キャンペーン』のプロジェクトリーダーを務めさせていただきます、鷹宮澪と申します」
澪の声は、いつも以上に張りがあった。彼女は、詩音とにこに視線を向けながらも、特別な反応を示さないよう細心の注意を払った。
会議が進む中、澪は常にプロフェッショナルな態度を保ち続けた。しかし、心の中では様々な感情が渦巻いていた。
(なんで二人がここにいるの? どういうこと?)
詩音とにこも、澪と同じように冷静を装っていた。しかし、三人の間には、言葉にならない空気が流れていた。
「では、まず自己紹介から始めさせていただきます」
澪は一人ずつに目を向けながら、質問を投げかけた。
「如月さん、このプロジェクトに参加された理由を教えていただけますか?」
スーツ姿の30代の女性が答えた。
「はい。私自身、キャリアと家庭の両立に悩んだ経験があります。その経験を活かして、同じような立場の女性たちを支援したいと思いました」
澪は頷きながら、次の人に視線を移した。
「本間さん、あなたが考える『女性の自立』とは何でしょうか?」
20代後半のカジュアルな服装の女性が答えた。
「私にとっての自立とは、経済的な独立だけでなく、自分の意思で人生の選択ができることだと考えています」
澪は満足げに微笑んだ。
「素晴らしい視点ですね。では、遠藤さん。このキャンペーンで、どのような活動を提案されますか?」
40代の落ち着いた雰囲気の女性が答えた。
「女性向けのキャリアセミナーや、メンタリングプログラムの開催はどうでしょうか。経験豊富な女性たちが、若い世代にアドバイスする機会を設けるのは有効だと思います」
澪は熱心にメモを取りながら、「素晴らしいアイデアです。ぜひ具体化していきましょう」と答えた。
そして澪はおもむろに詩音に視線を向けた。
心臓が少し早くなるのを感じながらも、冷静を装う。
「小鳥遊さん、あなたはクリエイティブな職業に就かれていると伺いました。このキャンペーンに、どのような創造的なアプローチを提案されますか?」
詩音は、一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに真剣な顔つきになった。
「はい。私は、ビジュアルを通じて女性たちにメッセージを伝えることができると考えています。例えば、様々な分野で活躍する女性たちのポートレート展を開催するのはどうでしょうか。それぞれの人生や仕事への情熱を、アートを通じて表現することで、多くの女性たちに勇気を与えられると思います」
澪は、詩音の提案に本心から感心した。
「素晴らしいアイデアですね。ビジュアルの力は大きいですから、ぜひ実現させましょう」
詩音は嬉しそうに頷いた。
二人の間に、普段の友人関係とは異なる、プロフェッショナルな緊張感が漂っていた。
最後に、澪はにこに向き合った。
にこの完璧な姿勢と冷静な表情に、澪は内心で感心しつつも、平静を保った。
「月城さん、あなたはファッション業界でのご経験をお持ちと伺いました。女性の自立支援において、ファッションやビューティーの観点からどのようなアプローチが考えられますか?」
にこは、優雅に微笑んでから答えた。
「はい。私は、外見を整えることが自信につながり、それが自立の第一歩になると考えています。例えば、就職活動中の女性や、職場復帰を目指す主婦の方々向けに、パーソナルスタイリングのワークショップを開催するのはいかがでしょうか。自分に似合うスーツの選び方や、メイクアップのコツなどを学ぶことで、面接や仕事の場での自信につながると思います」
澪は、にこの提案に深く頷いた。
「それは素晴らしいプランです。見た目の印象が与える影響は大きいですからね。ぜひ、具体的な計画を立てていただけますか?」
にこは「はい、承知いたしました」と答え、二人は互いに尊敬の眼差しを交わした。
会議が終わる頃には、部屋には熱気が満ちていた。澪は最後に全員を見渡して言った。
「皆様、本日は素晴らしいアイデアをありがとうございました。これらを基に、具体的な計画を立てていきましょう。次回の会議では、それぞれの提案をさらに深めていただきたいと思います」
全員が頷き、会議は成功裏に終了した。澪、詩音、にこの三人は、互いに目を合わせることなく、プロフェッショナルな態度を保ったまま部屋を後にした。
◆
その夜、さくらハウスのリビングでは、珍しく早い時間から三人が揃っていた。
「まさか、あんな形で出逢うなんてね」
にこが、優雅にワイングラスを傾けながら言った。
「本当だよ! 私、澪ちゃんを見た時、思わず声を上げそうになっちゃった。だってあそこ澪ちゃんの会社じゃなかったし! にこちゃんと入口で逢った時もびっくりしたのに!」
詩音が、はしゃぐように言う。
「子会社だからね。でも、他の人たちの前だから、私も平静を装うのに必死だったわ」
澪も、ようやくリラックスした表情を見せた。
「でも、澪のプロフェッショナルな姿、かっこよかったわ」
にこが、感心したように言う。
「そうそう! 普段と全然違う澪ちゃんを見れて、新鮮だった」
詩音も同意した。
「二人こそ、よく平静を保てたわね。特ににこ、さすがだったわ」
澪が、にこを褒めた。
「まあ、ね。でも内心はドキドキだったのよ」
にこが、少し照れくさそうに答えた。
三人は、その日の出来事を振り返りながら、笑い合った。思いがけない再会に驚きつつも、それぞれの立場で最善を尽くした三人の姿に、互いに感心し合う。
「でも、これからどうするの?」
詩音が、少し不安そうに尋ねた。
「そうね。プロジェクトの間は、あくまでビジネスライクに接するしかないわ」
澪が真剣な表情で言った。
「でも、仕事が終わったら、こうしてプライベートでは普通に過ごせるのよね」
にこが付け加えた。
「うん、そうだね。なんだか二重生活みたいで、ちょっとドキドキする」
詩音が、少し興奮気味に言った。
詩音の大きな瞳が輝きを増し、頬が僅かに紅潮していた。彼女は両手でマグカップを包み込むように持ち、その温かさに安心感を得ているようだった。マグカップには、彼女お気に入りのハーブティーが入っており、ラベンダーとカモミールの優しい香りが立ち込めていた。
「私ね、会議室で澪ちゃんの前に座った時、思わず『いつものように話しかけちゃいけない』って自分に言い聞かせてたんだ」
詩音は少し照れくさそうに笑いながら、にこと澪を交互に見た。
「それに、にこちゃんがあんなにビシッとした答え方するの初めて見て、すっごくかっこいいなって思っちゃって」
彼女の声には、驚きと尊敬の念が混ざっていた。
「でも、これからはね、昼間は同僚で、夜はルームメイト。なんだか、スパイ映画に出てくるダブルアイデンティティみたいでさ」
詩音は、子供のような無邪気な笑顔を浮かべながら、身を乗り出すようにして言った。
「ねえ、私たち、秘密を共有する特別な仲間になれたってことだよね?」
彼女の目は好奇心と期待に満ちており、まるでこれから始まる冒険に胸を躍らせる少女のようだった。
三人は、これからの展開に期待と不安を抱きながらも、この予想外の状況を楽しもうという気持ちになっていった。
窓の外では、夜空に星々が輝き始めていた。さくらハウスの中には、三人の若い女性たちの笑い声が響いていた。それは、彼女たちの新たな挑戦の始まりを告げるかのようだった。
(了)
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