「眠れる美女たち」

 さくらハウスの共用リビングは、夕暮れの柔らかな光に包まれていた。ソファの上で、月城にこが優雅な寝顔を見せている。彼女の手からは、読みかけの文庫本が滑り落ち、床に開いたまま置かれていた。


 そこへ、鷹宮澪と小鳥遊詩音が帰宅してきた。


「あれ、にこちゃん寝ちゃってる?」


 詩音が小声で言った。彼女は大きめのグラフィックTシャツにデニムのショートパンツという、いつものカジュアルな格好だ。


「しょうがないなあ、きっと疲れてるんだよ」


 澪が優しく微笑んだ。彼女はスーツ姿のまま、ただジャケットを脱ぎ、ブラウスの袖をまくり上げている。


 二人は静かにリビングに入り、にこの寝顔を見つめた。にこは、いつもの完璧なメイクとファッションのまま眠り込んでいる。シルクのブラウスとタイトスカートという洗練された装いだ。


「毛布、かけてあげようよ」


 詩音が提案し、澪が頷いた。二人で協力して、そっとにこに毛布をかける。


「起こさないように、隣のテーブルで静かに一杯やろうか」


 澪が提案し、詩音も賛成した。二人はテーブルに座り、小さな声で話しながら、ワインを注ぎ合う。


 時間が経つにつれ、二人の会話は少しずつ大きくなっていった。ワインの心地よい酔いが、彼女たちの舌を滑らかにし、思い出話に花を咲かせていく。


「ねえねえ、にこちゃんって寝てる時もきれいだよね」


 詩音が、少し酔った様子で言う。彼女の頬は赤く染まり、目は優しく輝いていた。


「そうね。まるで眠れる森の美女みたい」


 澪も、頬を赤らめながら答えた。彼女の口元には、普段は見せない柔らかな笑みが浮かんでいる。


「にこちゃんの好きな人のタイプって、なんだろうね」


 詩音が、好奇心いっぱいの表情で尋ねる。


「さあ……。でも、きっと上品で知的な人なんじゃないかしら」


 澪が答えながら、にこの寝顔を見つめた。


「そういえば、覚えてる? にこちゃんが初めてさくらハウスに来た日のこと」


 詩音が、懐かしそうに言った。


「ええ、もちろんよ」


 澪が微笑む。


「あの日、にこは完璧なメイクと服装で現れたわ。私たちがTシャツとジーンズだったのに比べて、まるでファッション誌から抜け出してきたみたいだったわね」


「そうそう!」


 詩音が笑う。


「私、最初はちょっと怖かったんだよ。にこちゃん、なんだかお高くとまってる感じがして」

「でも、覚えてる? その日の夜、にこが手作りのクッキーを持ってきてくれたこと」


 澪の目が優しく潤んだ。


「うん! あのクッキー、すごく美味しかった。にこちゃんが『実は料理が趣味なの』って照れながら言ったの、今でも覚えてる」


 詩音が嬉しそうに言った。


「そうね。あの時から、にこの優しさが垣間見えたわ」


 澪がしみじみと言う。


「表面は完璧を求めているように見えて、でも本当は繊細で思いやりのある子なんだって」

「うん、にこちゃんって本当に不思議な子だよね」


 詩音が言葉を続ける。


「いつも私たちをサポートしてくれて、でも自分の弱さはあまり見せない」

「そうね。でも、時々見せる弱さが、逆ににこの魅力なのかもしれないわ」


 澪が静かに言った。


 二人は、眠るにこを見つめながら、静かに微笑んだ。そこには、共に過ごした時間への感謝と、これからも一緒にいられることへの幸せが溢れていた。


「ねえ、にこちゃんが起きたら、もっと甘えていいって言ってあげようよ」


 詩音が提案する。


「そうね。私たちも、もっとにこに甘えてもいいかもしれないわ」


 澪が同意した。


 二人は、にこへの思いを胸に、再びグラスを傾けた。夜は深まり、さくらハウスの中には、三人の絆がより一層強まっていく空気が満ちていた。


 澪と詩音は、眠るにこを肴に、楽しげに会話を続けた。やがて、テーブルの上には空のワインボトルが何本も並ぶようになった。


「あー、もう眠くなってきちゃった」


 詩音が大きなあくびをする。


「私も……。でも、もう少しだけ……ふにゃ……」


 澪も少しずつ滑舌が悪くなってきている。


 そうしているうちに、二人はテーブルに突っ伏す形で眠り込んでしまった。

 しばらくして、にこがゆっくりと目を覚ました。


「あれ、毛布が……?」


 にこは不思議そうに毛布を見つめた。

 そして、テーブルで眠る澪と詩音に気がついた。


「あれ? 澪と詩音?」


 にこは、状況を理解するのに少しだけ時間がかかった。

 そして、優しい笑みを浮かべた。


「もう、しょうがないなあ~ふたりとも。ほら、こんなところで寝てると風邪ひくよ」


 にこは静かに立ち上がり、澪と詩音を優しく揺り起こした。二人は、まだ半分眠ったままの状態で、にこに導かれるままに自室のベッドへと向かった。


 にこは、それぞれの部屋で二人を寝かしつけると、静かにドアを閉めた。

 そして、リビングに戻り、テーブルの上を片付け始めた。


 窓の外では、夜空に星々が輝き始めていた。にこは、満足げな表情で空を見上げた。


「みんな、おやすみなさい」


 にこの優しいつぶやきが、静かな夜のさくらハウスに響いた。


(了)

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