「彩りの哲学」

 ある夜、さくらハウスのリビングでは、鷹宮澪、小鳥遊詩音、月城にこの三人が、それぞれのメイクポーチを広げていた。テーブルの上には、様々な化粧品が並べられ、まるで小さな美容部員の集まりのようだった。


 澪は、シンプルながら洗練されたメイクポーチから、高級ブランドのファンデーションを取り出した。


「私は、肌作りが一番大切だと思うの。このファンデーションは、薄づきなのに、しっかりとカバー力があって、一日中崩れないのよ」


 彼女の指先が、優しくファンデーションの容器を撫でる。


「へえ、すごい!」


 詩音が目を輝かせながら言った。


「私は、アイメイクにこだわってるんだ。特にマスカラね」


 詩音は、カラフルなポーチから、細長いマスカラを取り出した。


「これ、ブラシが特殊な形をしてて、目の形に合わせて塗れるんだよ。ナチュラルにも、ドラマティックにも仕上がるの」


「まあ、素敵ね」


 にこが感心したように言った。


「私は、リップにこだわりがあるわ」


 にこは、エレガントなポーチから、高級感のあるリップスティックを取り出した。


「このリップは、保湿力が高くて、発色も綺麗。それに、香りも上品なの」


 三人は、それぞれの化粧品について熱心に語り合った。ベースメイクの重要性、アイメイクの技術、リップの選び方など、話題は尽きることがなかった。


 しばらくして、詩音が不意に口を開いた。


「でもさ、ふと思ったんだけど……」

「何?」


 澪が尋ねる。


「でもなんで女子だけがお化粧するんだろうね? なんのためなんだろうね?」


 その問いかけに、部屋に静寂が広がった。


「そうね……」


 にこが考え込むように言った。


「社会の期待に応えるため? それとも自己表現?」

「でも、それって本当に私たちの意思なのかな」


 澪が真剣な表情で言う。


「そうだよね。なんだか、女性だけに押し付けられてる気がしない?」


 詩音が少し困ったように首をかしげる。


「確かに、歴史的に見れば、化粧は女性の"たしなみ"とされてきたわ」


 にこが説明する。


「でも、それって今の時代に合ってるのかしら」


 澪が疑問を投げかける。


「私は、化粧を楽しんでるよ」


 詩音が言う。


「でも、それは本当に自分の意思? それとも、社会の期待に応えようとしてるだけ?」


 澪の問いかけに、三人は沈黙した。


「でも、化粧って自信にもつながるよね」


 にこが静かに言った。


「そうだね。でも、なんで化粧をしないと自信が持てないんだろう」


 詩音が首をかしげる。


「そもそも、"美しさ"の基準って誰が決めてるの?」


 澪の問いに、三人は深く考え込んだ。


「もしかしたら、私たちは無意識のうちに、社会の期待に応えようとしてるのかもしれないわね」


 にこが言う。


「でも、それを意識した上で、自分の意思で化粧を楽しむのは、ありじゃない?」


 澪が反論する。ふと詩音が思いついたようにつぶやいた。


「そういえば最近は男子もお化粧ってするよね」


 詩音の言葉に、澪とにこは顔を見合わせた。


「そうね、確かに最近は男性用コスメも増えてきたわ」


 にこが頷きながら言った。


「うん、私の同期の男の子も、BBクリーム使ってるって言ってたよ」


 澪が思い出したように付け加えた。


「へえ、そうなんだ。でも、それってどう思う?」


 詩音が、少し考え込むように言う。


「私は、むしろ歓迎すべきことだと思うわ」


 にこが真剣な表情で答えた。


「そうね。性別に関係なく、自分を表現する手段として化粧を楽しむのは素敵なことよ」


 澪も同意する。


「でも、男性が化粧することに抵抗がある人も多いよね」


 詩音が少し心配そうに言った。


「そうね。でも、それこそが私たちが先ほど話していた社会の固定観念なのかもしれないわ」


 にこが指摘する。


「確かに。そもそも『男らしさ』『女らしさ』って、誰が決めたんだろう」


 澪が深く考え込む。


「そう考えると、男性の化粧って、ある意味革命的かもね」


 詩音が目を輝かせて言った。


「どういうこと?」


 にこが興味深そうに尋ねる。


「だって、長年女性だけに押し付けられてきた『美の基準』を、男性も共有することになるでしょ? それって、ジェンダーの壁を壊すことにつながるんじゃないかな」


 詩音の言葉に、澪とにこは驚いたような表情を見せた。


「なるほど。そう考えると、男性の化粧は単なる美容の問題を超えた、社会的な意味を持つのかもしれないわね」


 にこが感心したように言う。


「そうね。でも、大切なのは強制ではなく、選択肢があることよ」


 澪が付け加えた。


「男性も女性も、化粧をするもしないも、自分で決められる社会。それが理想だと思う」


 三人は、深く頷き合った。


「ねえ、私たちにできることってなんだろう?」


 詩音が突然尋ねた。


「そうねえ……」


 にこが考え込む。


「まずは、周りの人の選択を尊重すること。そして、自分自身の選択に自信を持つこと」


 澪が静かに言った。


「そうだね。それに、こういう話題をもっとオープンにしていくのも大切かも」


 詩音が提案する。


「そうね。化粧を通じて、もっと広い意味での多様性について考えるきっかけにもなるわ」


 にこが同意した。


 三人は、夜更けまで話し合いを続けた。化粧という身近な話題から始まった会話は、ジェンダー、社会規範、個人の自由など、深い問題へと発展していった。


 窓の外では、夜明けが近づいていた。しかし、さくらハウスの中では、三人の若い女性たちの意識が、新たな朝を迎えようとしていた。それは、彼女たちの人生観を変える、大切な一夜となったのだった。


(了)

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