「癒しの指先、乙女たちの温もり」

 さくらハウスのリビングに、詩音のため息が響いた。彼女は大きめのTシャツを着たまま、床に座り込んでいた。その姿勢は普段の彼女らしからぬほど硬く、肩が少し上がっている。


「うぅ……肩こりがひどくて、もう動けない……」


 詩音の声には珍しく弱々しさが混じっていた。


 そんな詩音の様子を見て、澪とにこは顔を見合わせた。


「大丈夫? 締め切りに追われてるの?」


 澪が心配そうに尋ねる。彼女は休日らしく、ゆったりとしたカシミアのカーディガンを羽織っていた。その柔らかな質感は、見ているだけで癒される。


「うん、新しい企画の原稿を描いてて……気づいたら朝まで」


 詩音が申し訳なさそうに答える。


「まあ、また徹夜? 体に良くないわよ」


 にこが軽く叱るように言った。彼女は髪をルーズにまとめ、すっぴんにも関わらず艶やかな肌が印象的だ。


「わかってるんだけど……でも、アイデアが湧いてきちゃって」


 詩音が言い訳するように答える。


「仕方ないわね。ほぐしてあげましょう」


 にこが立ち上がり、自分の部屋に向かった。


「えっ、本当に? ありがとう!」


 詩音の表情が少し明るくなる。


 にこが戻ってくると、彼女の手には高級アロマオイルの小瓶が握られていた。


「これ、友人の紹介で買ってきたのよ。ラベンダーとローズマリーのブレンドで、リラックス効果抜群なの」


 にこが得意げに説明する。


「すごい! それ、雑誌で見たやつだよね?」


 詩音が目を輝かせる。


「そうよ。値段は張るけど、効果は保証付きよ」


 にこがウインクしながら言った。


「じゃあ、私はホットタオルを用意するわ」


 澪が台所に向かう。


 しばらくすると、リビングには温かいタオルの湯気とアロマの香りが漂い始めた。


「さあ、詩音。ソファに座って」


 にこが優しく促す。


 詩音がソファに座ると、にこが後ろに回り、そっと肩に手を置いた。


「うわっ、すごい凝ってる! 岩みたい」


 にこが驚いた声を上げる。


「ごめん……普段からストレッチとかしないから」


 詩音が恥ずかしそうに言う。


「いいのよ。これから少しずつほぐしていきましょう」


 にこが優しく言いながら、アロマオイルを手のひらに垂らし始めた。


 澪も詩音の隣に座り、ホットタオルを首筋に当てた。


「あぁ……気持ちいい」


 詩音が思わず声を漏らす。


 にこの指先が、詩音の肩をゆっくりと揉み始めた。最初は優しく、徐々に力強くなっていく。


「ここ、すごくこってるわね」


 にこが言いながら、親指で肩甲骨の周りをぐるぐると押していく。


「痛っ! でも、気持ちいい……」


 詩音が少し苦しそうな声を上げる。


「我慢できる? もう少し頑張りましょう」


 にこが励ますように言う。


 澪は黙々とホットタオルを取り替えながら、時折詩音の表情を確認していた。


「大丈夫? 顔色良くなってきたわよ」


 澪が優しく声をかける。


「うん、なんだか体が軽くなってきた気がする」


 詩音が少しリラックスした表情で答える。


 にこの手が首筋に移動し、丁寧にほぐしていく。


「ねえ、詩音。普段からこまめにストレッチするといいわよ」


 にこがアドバイスする。


「うん、そうする。でも、忙しくて……」


 詩音が言いかけると、澪が口を挟んだ。


「忙しいからこそ、自分の体をケアすることが大切なのよ。私も最近、朝のヨガを始めたの」


「へえ、澪がヨガ? 意外」


 詩音が少し驚いた様子で言う。


「そうなの。最初は続くか不安だったけど、今では欠かせない日課になってるわ」


 澪が嬉しそうに答える。


「私も何かしなきゃな……」


 詩音が少し反省するように呟いた。


「そうね。例えば、描いてる最中に5分だけ休憩を入れて、簡単なストレッチをするのはどう?」


 にこが提案する。


「それなら、できそう」


 詩音が少し希望を持った表情で答えた。


 マッサージが進むにつれ、詩音の体がどんどんリラックスしていく。硬かった肩が少しずつ柔らかくなり、表情も和らいでいった。


「ねえ、これ本当に効くね。体が軽くなってきた」


 詩音が嬉しそうに言う。


「でしょう? このオイル、本当にいいのよ」


 にこが満足げに答えた。


「そろそろ私の番かしら」


 澪が少しはにかんだように言う。


「そうね。詩音、少し休憩して。次は澪の番よ」


 にこが言いながら、手を止めた。


 詩音がゆっくりと体を起こすと、今度は澪がソファに座った。


「私の肩は、そんなに凝ってないと思うけど……」


 澪が少し照れくさそうに言う。


「そうね。でも、仕事のストレスで知らず知らずのうちに力が入ってるものよ」


 にこが優しく諭すように言った。


 今度は詩音が澪の隣に座り、ホットタオルを用意する。


「私もやってみていい?」


 詩音が少し不安そうに尋ねる。


「もちろんよ。でも、最初は優しくね」


 にこが笑顔で答えた。


 こうして、三人でのマッサージタイムが始まった。にこが澪の肩を、詩音が首筋をそれぞれ担当する。


「澪の肩、意外とこってるわね」


 にこが驚いたように言う。


「そう? 気づかなかったわ」


 澪が少し困惑した様子で答える。


「うん、ここがすごく硬いよ」


 詩音が首の付け根を指さす。


 にこと詩音の指が、澪の肩や首筋を丁寧にほぐしていく。アロマの香りが部屋中に広がり、三人の間に穏やかな空気が流れる。


「ねえ、こうしてると私たち、まるでエステサロンにいるみたいね」


 にこが楽しそうに言う。


「本当だね。たまにはお互いをケアする時間も必要かも」


 詩音が同意する。


「そうね。忙しい日々の中で、こういう時間を作るのって大切だわ」


 澪もリラックスした表情で答えた。


 マッサージが終わると、三人は気分良く体を伸ばした。


「さて、最後は私の番ね」


 にこが言いながら、ソファに座る。


「えっ、にこもやるの?」


 詩音が少し驚いた様子で尋ねる。


「もちろんよ。私だって疲れてるのよ」


 にこが少しふくれっ面をしながら答える。


「そうよね。ごめんね、にこ」


 澪が謝るように言った。


 今度は澪と詩音が協力して、にこの肩をマッサージし始めた。


「わぁ、にこの肌すべすべ」


 詩音が驚いた声を上げる。


「ふふ、毎日のスキンケアの賜物よ」


 にこが得意げに答える。


「どんなケアしてるの?」


 澪が興味深そうに尋ねる。


「まず、ダブルクレンジングでしっかり汚れを落とすの。それから、化粧水、美容液、クリームの3ステップ。週に3回はパックもするわ」


 にこが丁寧に説明する。


「すごい……私なんて、洗顔と乳液だけだよ」


 詩音が少し恥ずかしそうに言う。


「そんなんじゃ足りないわよ。今度、私のおすすめアイテムを教えてあげる」


 にこが真剣な表情で言った。


 三人は、にこのスキンケア講座に花を咲かせながら、マッサージを続けた。部屋には、アロマの香りと少女たちの笑い声が満ちていた。


 マッサージが終わると、三人はソファに横たわった。


「ねえ、こういう時間って大切だね」


 詩音が満足そうに言う。


「そうね。忙しい日々の中で、こうして自分たちをケアする時間を作るの、いいわ」


 にこが同意する。


「うん、これからは定期的にやりましょう」


 澪も笑顔で答えた。


 窓の外では、夕暮れの柔らかな光が差し込んでいた。さくらハウスのリビングには、三人の若い女性たちの温かな絆と、穏やかな時間が流れていた。彼女たちは、互いを思いやり、支え合うことの大切さを、身をもって感じていたのだった。


(了)

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